自動車駅 第二弾 奥飛騨に残る「牧戸駅」

2017.4/11

 おととし、本館である1号車「写真館」にて、千葉県は南房総にある自動車駅について紹介した。それから2年。自身の転勤などもあり、新たな趣味の対象になろうかというところですっかりその存在は忘れ去ってしまっていた、ふとある日のこと。たまたま休みの日、ドライブで走った山中の集落の中心地に、かの「自動車駅」を偶然発見してしまった。その時は夕暮れも押し迫っている時間だったこともあり、近々再訪しようと決め素通りしたのだが、いつしか半年以上も経ってしまっていた。

 そんな2017年4月。何かの拍子に思い出してその自動車駅を訪問することにした。場所は岐阜県高山市、国道156号線沿いに存在し、旧荘川村中心部にある「牧戸駅」だ。かつては名古屋と金沢を一般道で結ぶ、高速バスを除く国内最長距離を誇った国鉄バス「名金線」のターミナルだ。小学生の頃に、国語の教科書で見た、名金線の国鉄バスの車掌が御母衣湖完成による水没で桜の古木を移植し、当地のシンボルとなった荘川桜の話が思い出される。

 とある休みの日、出かけることにした。外は本降りの雨。北陸地方でも桜が見ごろを迎えていたのだが、越美北線沿いに標高を稼ぐと残雪も所々に残り、まだ春遠からじといった風情だった。ダイナミックな線形で県境を越える油坂道路で岐阜県側に降り、北上。太平洋と日本海側の分水嶺のひるがの高原を越えると旧荘川村の中心地だ。牧戸駅は国道156号と158号が分岐する三叉路にポツンと雨の中佇んでいた。



 南房総の安房白浜駅と同様、いかにも鉄道駅の佇まいを色濃く残しており、待合室の左右脇には乗降所のようなものも見て取れる。この時間、バス便は無いのだろうか人気は全く感じられず、うら寂しい雰囲気が漂っている。早速観察開始だ。





 旧国鉄バス=現JRバスはこの路線から撤退して久しいことは事前に調べていて承知していたが、待合室前の時刻表を見ると、町内の周遊バスと一日数本が高山市内へ乗り入れているだけとのことで、かつて他都市と結んでいたころの、地域の顔としての役割はもう完全に終わっているようだった。ホームには雨水を吸ってグチョグチョになっている絶対に座りたくないソファーがもてなしのつもりなのか3つ。きっと最盛期にはこの乗降ホームから多くのバス便が乗客を乗せ、この山間のターミナル駅を中心に名古屋、金沢方面へと次々と発車していったのだろう。そんな賑やかな時代を想像しながら駅舎裏手へと回ってみると、そこはバス数台が駐車でき、なおかつ転回できるような広いスペースがあったが、今は雨が地面を叩くのみ。閑散としていた。




お手洗いは閉鎖中。



公衆電話が置かれていたであろうスタンド。「電報」ね・・。かろうじて自分の世代でも知っている懐かしい通信手段(文化)だ。


 外観をひとしきり観察の後、待合室内へ。かつては有人で改札、出札も人の手で行っていたのであろう。また中の様子は窺いしれないもののそれなりの設備はあるようで、恐らくここで滞泊の運用の際など乗務員の仮眠室も兼ねていたようだ。往時はいったいどんな賑わいを見せていたのだろうか。そう想像しながら思いを馳せるのも楽しい。





 止まったままの時計、ホコリが積もった窓口内。まさに時代に取り残された感があるのだが、室内に掲示されていた沿革史や、建物正面に掲げられた文言から、どうやら地域はこのバス駅を産業遺産として後世に伝えようと保存活動を始めたばかりらしい。鉄道などは廃線も含めてそのような活動は見られるのだが、「自動車駅」というあまりにもマイナーな産業交通の文化に目を留めるなど、なかなか良いセンスをお持ちなようだ。



結局、この牧戸駅には20分ほどしか滞在しなかったが、いい経験になった。いつかは路線バスに乗ってここで降りて、付近を少し散策して、またバスに乗って帰る、そんな経験もしてみようと決めてこの牧戸駅を後にした。帰りすがらの東海北陸道のインター近くに小洒落た温泉があったので迷わず入湯。少し高い700円を支払って施設に入ると嬉しいことにたった独りの貸切状態。設備もそれなりに新しく、また雰囲気も最高で、雨の止まぬ露天風呂に入りながら今日の成果に満足するのであった。