【国鉄色番外編】  国鉄時代の忘れ形見。「自動車駅」について

 1998年の2月、当時、その年の3月で発売終了となるワイド周遊券で東北を旅していた。目的は撮影ではなく、ワイド周遊券の恩恵を存分に受けるため、特急から初乗りのローカル線までひたすら乗りとおしていた。そんな中、太平洋沿岸の久慈から平庭高原経由、盛岡行きのJRバス「特急白樺号」に乗車した。鉄道全線はもちろんJRバスにも周遊券で乗れたのだが、なぜわざわざバスを使った理由が思い出せない。久慈から乗ったのは夕方。恐らく当日中に盛岡に行かなければならなかったこと、久慈から三陸鉄道の高い運賃まで払うのが惜しかったということ、そして三陸鉄道で宮古まで出ても山田線の接続が悪かった、ことからだと思う。そんな訳で高速道路を一切通行しない特急バスの前展席に座って、ミゾレの降る中バスは山間部へ向けて出発した。所要時間は3時間半。まあまあ長い行程だったので途中、トイレ休憩があるとの放送で山深い集落の一角のバス停で停まった。葛巻というところだった。降りてみるとそこは集落の中心部のような場所で、小さいバスターミナルであった。ところがバスターミナルといっても自分の知っているバスターミナルとは少し趣を異にしていた。待合室を兼ねた建物の造りはなぜか古い国鉄駅の駅舎とよく似ていて、内部は出札窓口があったり、バスに乗るだけであるにも関わらずホームらしきものがあったり、そして何より「駅」と称していることが一般的なバスターミナルと比べて、鉄道の駅、それも国鉄の地方駅の雰囲気によく似ていることを感じ取った。建物、備品から何まで国鉄臭がプンプン漂う空間にカルチャーショックを覚えたのだが、写真を撮るヒマもなく、すぐに発車時刻となりまた前展席に戻ることになった。そしてその夕方の葛巻「駅」のことを忘れたまま月日が流れた。

 それから20年近く、あれが「自動車駅」と呼ばれるものであったと知ったのはつい最近のことであった。気になって気になっていろいろ調べていくと、この歳になるまで漠然としか知らなかった国鉄の「文化」? いやいや「概念」というものに触れてますます興味を持った。 自動車駅とは・・・


・国鉄バスのバス停の一種である。国鉄ではバスは鉄道の補助機関との考え方であった。
・国鉄線、および国鉄バス線は連絡輸送を行っており、当然、鉄道-バスの通しの乗車券を購入できた。
・なので自動車駅には出札窓口がある所もあった。
・国鉄バスは国鉄線の一部であるので、営業所とかターミナルではなく、あくまでも「駅」なのである。
・鉄道と同様、小荷物の輸送を受け付けていた自動車駅もあった。また貨物専用の自動車駅も存在した。
・民営のバス会社でも「駅」と名乗る拠点が存在するが、国鉄の自動車駅は法律上、「駅」そのものであり、民営では正式には自動車駅ではない。



 まぁこんな感じなので、鉄道屋さんがバスをのために施設の設置、運営を行うのだから、当然、自動車駅は本家の鉄道と似通った趣になるのが分かる。しかし国鉄からJRバスへ経営が移管すると、鉄道線と一本化した考えであった国鉄バスの概念は昔のものになってしまった。しかしその名残は少なくなったものの、現在でも何箇所か各地で残存しているところもあるようなのだが、いろいろと自動車駅についてサイトで調べてみるものの、この「自動車駅」について取り上げている極めて偏った趣向のマニアの方はあまりにも絶対数が少ないらしく、なかなか満足の行く情報を得ることが出来なかった。そしてその調査の過程で、2015年の現在でも千葉県房総半島の先端にいまでも「駅」の風情を色濃く残している自動車駅があるとのことで早速訪問することにした。

2015.5/26

 元はと言えば、今日はこの自動車駅訪問のためではなかった。たまたま房総半島をツーリング中に思い出し、ふらっと立ち寄ったのが正解である。もしこのテーマで訪れるのであれば当然JRバスを利用してたどり着くのがセオリーであると考えるが、こういった経緯で来てしまったため、今日は一眼はあいにく所持していない。よってスマホの頼りないカメラが本日唯一の「眼」である。

 その自動車駅、「安房白浜駅」に到着したのは16時を少し過ぎていた。今日は一日快晴のツーリング日和で、アクアライン〜久留里線沿線、小湊鉄道、いすみ鉄道沿いに太平洋岸へ出てぐるっと時計回りに房総半島を周遊してきた。そしてその旅の後半、房総半島最南端、野島崎の少し手前の旧白浜町(現:南房総市)の市街中心部の安房白浜駅には存在した。






県道側から見た安房白浜駅舎正面。1960年代の国鉄駅雰囲気そのまんまである。ちゃんと「駅」と名乗っているのがイイですね。

 もうその駅としての構えは雰囲気プンプンというレベルではなく、鉄道駅そのものだった。背後にバスの転回所のような場所が見えるが、もしそこが線路だったら地方の街の中核駅だったと想像してしまう。1日に3.4本特急が止って、その度に何人かの観光客が降りて駅前のタクシー乗り場が賑わって・・・、んで夕方になると下校する通学の高校生でもう一度活気が蘇って、という毎日を繰り返すどこにでもあるような地方駅の風情だった。現にこの白浜一帯は南房総の観光の拠点でもあり、日に何本か東京からの直通バスも到着している。それでは早速駅構内を観察だ。





 どこかで見たことのある古いベンチ、どこかでみたことのある無骨な屋根の支え。昭和のノスタルジーを感じさせる空間に、一瞬タイムスリップしたかのような錯覚に陥った。ちょうど訪問時発着するバス便は無く、とにかく明るい夕方の日差しが、誰もいないこの安房白浜駅を包み込んでいた。バスに乗ってここに到着してみたいものだ・・・。しばらくベンチに座りながら構内の自販機で買った缶コーヒーを飲みながら一服した。



 どーですか!! この御影石でできた出札口。かつてどこでも見られた駅窓口の雰囲気そのまんまだった。これだけ鉄道駅の風情を色濃く反映しているならば、もしかしてこの施設のボスが存在すると思うし、多分あの肩書きじゃないの? と周囲を探してみると・・・



 やっぱ駅長がいるんだ。
 その後、30分ほど滞在していたがちょうどこの時間に発着する便は無いようで、一台だけ待機しているJR車の他、走っているバスを見ることは無かった。閑散とした駅前通に停めたておいたバイクに跨り、夕陽を浴びながら館山市内を経由して、館山道、アクアラインを経由して、この小さな旅は終了となった。