四季を往く 久留里線 

「春」

 久留里線に再び着目するようになったのは、あの原付で通っていた頃から10年以上経った2009年のことだった。所属するキハ30の3両が一般色にリバイバルされたとの報を受け、早速房総半島へ飛んだ。初めて紙面で見る一般色のキハ30は、首都圏色しか馴染みのなかった自分世代からすると、いささか現実離れしている光景のように思えたが、武骨なキハ30のマスクに懐かしい一般色を纏う気動車は、まさに古い画像でしか見たことの無い斬新さを感じさせるインパクトがあった。一方、かつては気づかなかった沿線に残る美しい里山の情景にも心を動かされた。10年の間にアクアラインも開通し、気軽に房総半島に上陸することもできるようになり、時間の許す限り久留里線詣でを自分のライフワークにしようと思ったのであった。


 4月、桜の季節。ここから小さな山を一つ越えた小湊鉄道では、沿線に咲き誇る桜と気動車を求め、連日撮影者が絶えないお花見+鉄道撮影スポットとして有名だが、我らが久留里線も負けていない。観光客目的かは知らないが、あちらは「ここぞ!」というベストポジションに桜が狂ったように咲き誇っているが、こちら久留里線はそんなことはお構いなし。自然体に生えたいところに生えている桜たちを、キハ30狙いで絡めてみようと出発した。

 訪問したその日はまさに満開最ピーク。天気も絶好調だし、今日を逃すような失敗はできないと緊張で身震いする。まずは桜の調査のため沿線を流す。規模は小湊鉄道には及ばないが、ところどころ線路際で咲き誇っており、いくつか目星をつけておく。しかしこれほど最高の条件なのに、撮影者は数える程度である。自分にとっては好都合で「どうぞどうぞ、小湊鉄道に行っちゃってください」とつぶやいてしまう。そしてある駅近くの見事な桜の古木に注目した。




久留里線  上総松丘〜平山




久留里線  上総松丘〜平山




久留里線  上総松丘〜平山

 もともと久留里線は、太平洋側の木原線(現:いすみ鉄道)と接続し、房総半島横断を目的として建設された路線だ。現:いすみ鉄道となる国鉄木原線の「原」は大原、「木」は木更津を表していることからも分かる通り、木更津〜大原を結ぶ房総半島横断路線の計画の一部だった。そして久留里線の終着、上総亀山と木原線の上総中野間は着工されないまま計画は断念となったが、もし開通していたら久留里線は木原線という名称に吸収されていただろう。また時代が時代なら久留里線は「木原北線」と呼ばれていたかもしれない。この未開通区間は確かに内房と外房を隔てる丘陵地帯が広がっているが、日本各地にみられるような急峻な山岳が峠とか国界となるものではなく、地理の授業に出てくる千葉県と北海道に多いとされる「平地林」であるので、サミットの工事は幾分容易いものになっていたと感じる。

 その久留里線の終着上総亀山も、毎年この季節はまばゆい桃源郷のような美しさだった。久留里線は山越えの準備をするべく久留里から徐々に勾配を登り、上総亀山は千葉県内で最も標高の高い駅となるが、それでも海抜100m程度なので、房総半島のなだらかっぷりがよく分かるだろう。




久留里線  上総亀山

 春になると毎年、桜と国鉄型気動車を絡めるべく探索に精を出すのだが、どうしても「生えたいところに生えている桜」は線路際に咲いていることが少なく、特に平野部である久留里から木更津寄りでの撮影はほぼ諦めていたが、ふと国道を逸れた脇道を入った高校の裏に小ぶりなそれがあったので撮影してみるも、時間的に正面に陽が当たらなかったので、翌年同じ地点でリベンジを果たしたものの、背後の送電線の鉄塔まで意識が行っておらず、再々リベンジにチャレンジすることなく、国鉄型気動車は姿を消してしまった。






久留里線  久留里〜俵田

 久留里線撮影では、3両しかいない国鉄色をメインに、情報を得て運用を調べ、ほとんどそれ目当てで訪問していた。予測もしやすいよう自前でダイヤグラムも作成し活用していたのだが、当然ながら国鉄色以外の気動車が大半を占めていた。久留里色ではあるものの、同系列のキハ30、八高線から転属してきたキハ38、遠く加古川線からやって来たキハ37も在籍していた。キハ38、37は当時全国で唯一ここ久留里線に残った国鉄型。撮影の合間に記録もしていた。




久留里線  上総松丘〜平山

 国鉄末期に誕生したキハ37は、当時の国鉄の財政状況から廃車発生部品やバス用の部品を用いることによってコストを削減して製作されたとされている。80年代のデビューらしく窓枠の黒いアクセントが時代を感じさせる。ここの撮影場所はお気に入りで、農道にバイクを置いてしばらく草むらを進んでいくと線路を見渡せるよう視界が開ける。何度かここで国鉄色の撮影を試みたことはあったのだが、どういう訳かこの場所での「春」のキハ30の画像は残っていなかった。おそらくここは光線状態の良好な時間が限られており、そんな日に限ってキハ30の運用がいい時間に回ってなかったり、というのが理由であったと思われる。




久留里線  平山

 春の房総半島は、走っていて本当に単車乗りの幸せを感じられるところだった。もともと温暖な土地であることから、北国の春の到来の嬉しさ、というよりも、いつでも訪れる人を「ぬくぬく」と迎え入れるような春の優しさだったと感じている。派手な観光地や、旅人を楽しませる仕掛けは少ないものの、ほどよく暖かく、ほどよく桜が咲き、ほどよくユルい感じの久留里線沿線。個人的には世間にあまり注目されないようにと、密かに願っていたりもしていた。