デビュー前の国鉄色を「見に行く」手ぶら旅 流鉄流山線
とある連休の前日の深夜、仕事終わりで北陸方面へテツ活動に向かうべく一般道を走行していた。しかし今日に限っていつものように「たぎるモチベーション」でクルマを進めているのではなく、少しばかり気がかりなことがあった。というのも今朝出勤前、若干喉の痛みを感じ、鼻水も出、風邪をひく前兆を感じていたからだ。熱を測っても平熱。そのまま仕事に向かい今に至るのだが、やはり朝の症状は変わっていない。撤退の決断を付けられないまま、とうとう山梨県へ突入。ここを通るときほとんどの確率で寄っている山岡屋でラーメンを喰って、風邪の時の味覚症状で決断することにした。いざ入店。
・・・やっぱりいつものあの中毒性のある山岡屋の味ではなかった。と言う訳で戦略的撤退を決断。そうしてこの日はただの深夜の200kmのドライブを終えて帰宅したのだった。
2025.10月某日
翌日体温も平熱であるものの症状に変化はなく、タバコも不味い。でもせっかくの休日だったので最近気になるとある場所に出向いてみることにした。最寄りの駅から乗り継ぎ京急快特に。そのまま浅草線、東西線と乗り継ぎ千葉県内の某駅に降り立った。ここは本来の目的地ではなく、ただのランチのためだ。自身日本一旨いと信じてやまない久留里線沿線にある味噌ラーメン専門店の系列店の一つがこの地にあるのだ。過去より撮影やツーリングで全国各地へ遠出した際、その店が近くにある際は必ず立ち寄るのだが、見た目とコンセプトは似ているものの味は全店千差万別で、その中でも久留里線の店は特筆すべき作品である。ここ船橋は如何に?
渾身の一杯が体調不良により味覚を狂わせているのか分からないが、訪問を後悔したところで改めて列車に乗り継ぎ、武蔵野線新松戸駅へ降り立った。武蔵野線と常磐線が交差し、人の流れも多い非常に活気のある街。駅前のロータリー周辺にはまさに郊外都市の典型といったチェーン店が軒を連ねている。そんなロータリーを通り過ぎ、近接しているというもう一つの「駅」を探すが見当たらない。案内など一切なく車内アナウンスでも乗り換えの知らせも全く無かった。しばらくウロウロしていると潰れたロッテリアの脇の路地奥にひっそりとその目的の駅はあった。
「流鉄流山線幸谷駅」
常磐線馬橋駅と流山を結ぶ全長5.7kmの短い私鉄路線の途中駅だ。新松戸とこの幸谷駅は向かい合って接しているのだが、駅名が異なるのは元々あった流鉄の幸谷駅近くに、後になって開通した武蔵野線が、交差する常磐線のための乗り換え駅として新松戸駅が開設されたものの、流鉄は駅名改称を行わず今の状態になっているの。
マンションの一階部分に寄生する幸谷駅。一瞬姫路モノレールの大将軍駅が頭をよぎった
簡素な待合室と切符自販機。それと活きている出札口。有人駅のようだ。
そういえば今回の目的を話してなかった。ご存知の方も多いと思うが、流鉄では主力車両として活躍してきた元西武の車両の老朽化により、JR東海から廃車になった211系電車を2両×4本を譲渡され、置き換えを図るとのこと。JRと流鉄は馬橋で線路が繋がっているため、静岡から甲種輸送で運ばれてきた211を流鉄線内に搬入する様子が動画サイトなどで話題となった。搬入された211系は現在終点流山駅構内の車庫で改造を待っている状態であるらしく、それを撮影、いや見学に訪れたのだ。嘆かわしいことに日本各地の中小私鉄は、昭和から続く歴史ある自社のアイデンティティであるオリジナルカラーに早々に見切りをつけ、奇抜な塗色で心機一転出直しを図る傾向が散見され、ここ流鉄もすでに平成初期には統一感のまるでないド派手な塗色に変更している。今回譲渡された211系はステンレス車なので塗色変更は無くとも、湘南色の帯は取り換えられると思われる。そう、搬入されたままの流鉄211系は現在、
国鉄色なのである。
それだけを見に来たのだ。早速今や貴重となった地方私鉄の出札窓口で1日乗車券(¥500)を購入。この路線は途中小金城趾駅のみに交換設備があり、早朝から深夜まで2編成が行き交うという超単純運用。日中は20分、ラッシュ時は15分ヘッドらしく両終端駅での折り返し時間の調整で事足りているんだろう。やがて馬橋方から列車が入線。思わず目をそむけたくなるようなピンクに塗りたくられた「さくら号」だった。日中のこの時間にしては乗車率は高く、1両に20人ほどおり、その他にも短い路線であるものの区間利用なども目立つ。また高齢者だけでなく様々な世代の方々が利用しており、高齢者と朝夕の通学客だけが利用し年々衰退していく地方路線を想像していたが、それとは大きく異なっていた。さて幸谷駅から10分ほど揺られ終点、流山駅に到着した。するとすでにいるいる! 静岡からやって来た211系がそのまんまの状態で構内の至る所に留め置かれていた。
右の側線には2編成が縦列駐車。奥の庫内にももう1本いる。
連結はされていないようだ。さすがステンレス車。塗装部は一部劣化が目立つが、車体はこの輝きよ。
いいねー。現役でもなく廃車というわけでもなく、第二の人生をこれから送るべく静かに準備している国鉄色車両たち。1本だけでなく多くの仲間に囲まれているのも心強く思っているのだろう。211は4本来たのだがもう一本はどこに? と振り返ると馬橋方の引き上げ線に、すでに引退した赤い編成に塞がれ留置されている。駅外れの踏切から撮影できるかもしれない。早速向かってみよう。
跨線橋より流山駅構内全景。行き止まりの2番線と奥の車庫へと繋がる1番線。コンパクトながら機回しもできる合理的配線。
かつては日本を代表する大幹線、東海道本線を駆け抜けた211系。「通勤快速」の表示も誇らしげだ。
ここ流山に到着してから同業者の姿をチラホラ見かける。この踏切もそうだった。皆さんさすがに三脚は使用してはいないものの一眼レフで撮影されていたが、自分はというと今日の持ち物は家の鍵、財布、タバコ、そして今回の眼となるスマホだけの「手ぶらテツ」である。フリーパスもあるし気ままに乗ったり撮ったり呑んだり、を愉しんで行きたいところだが、やはり体調が良くない。いつものテンションならコンビニ探して麦茶をしばいて一服、になるところだが体がまだそれを欲していない。まぁ辛いほどではないので、もう少しこの駅周辺と211系を観察してみよう。
引き上げ線の車止めにビタビタに留置されている。これには理由があって・・・
反対の赤の編成が側線の邪魔をしてしまうからだ。ていうか渡り線塞いでね?
211に貼られていたステッカー。流鉄側から211へご挨拶。もふもふ!
流鉄流山線は常磐線が開通した際、古くから舟運で栄えた流山の中心部を通らなかったことから、地元の人々の力で国鉄線の駅に接続する鉄道を開通させたという、紀州鉄道や関東鉄道竜ケ崎線など全国でよく見られた創業理由だ。市街地も終点の流山駅周辺が賑わっており、駅の真裏には立派な市役所もある。その市役所側から車庫で休んでいる211を見ることはできないだろうか、と行ってみると、
木造平屋の流山駅舎。本社機能もここにある。
さらにその奥。
現在流山線で活躍する車両は4編成。夏まではあの赤い編成も現役だったため全5編成がこの路線を支えていた。しかし211系が4編成も搬入されてしまったため、この狭い構内で検査などで入替をする場合、現役の編成で牽引して211系をわざわざ移動させているそうだ。小規模な路線だしここ流山の構内は手狭なので、常に1編成は普段使用されていない馬橋駅の2番線に留め置かれているとのこと。
さて駅周辺を歩き回っているうち、いよいよ大人のお散歩には欠かせないアイツを体が欲してきた。流山駅周辺にはコンビニは無いし、一日乗車券を持っているので少し移動してみよう。、と、その前に駅舎の写真を撮っておかなければならなかった。
存在感抜群の木造駅舎。奥に止まっている211によって、まるでJRの地方幹線の途中駅を彷彿させる。
賑やかな出札口周辺。まさに活きている地方鉄道そのものだ
奥のさらにその先の奥。流山線本当の末端部にまでビチビチに車両が留め置かれていた。
さらば流山駅。酒を求めてなのはな号にライドオン!
入線してきた馬橋行きに乗車。出発を待っていると検査庫の方でなにやら動きが。係員2人が手旗を持ってなにやらやっている。すぐに座っていた電車を見送って観察してみよう。すると検査庫の中線に止まっていた電車が手旗の合図で出庫。編成全体が引き出されると一旦停止し、ポイントが切り替わり今度は逆方向へ進み、隣りへと転戦した。すると今度は誘導係は馬橋方に止まっていた赤い電車に向かって青旗を振る。赤の編成は除籍された上、パンタが下ろされているのでどうするのかと不思議に思っていると、なんと前進し始めた。そう、後ろにいた211系が押しているのである。211が制動を掛けそのまま赤の編成を突放して転線させると面白かったのだが、さすがにそれはあり得なく、動いている211を撮影できただけでも来た甲斐があったというもんだ。
謎の塗色センスの電車が隣りの線路へ。
空いたところに通勤快速がやって来て、並びが見られた。
よかったよかった1本見送って。次の電車に乗って2駅進み、鰭ヶ崎(ひれがさき)というイカつい名前の駅で降りた。一面一線の駅だが、ちゃんと駅員さんがいて着発時の安全確認を毎回行っている。撮影は後にしてひとまずオアシスに移動しよう。駅からすぐのところのコンビニで500mlと一本摂取。力がみなぎって来たところで、もう一つの駅に行ってみよう。
人にやさしい完全バリアフリーの鰭ヶ崎駅。
まーたお前か、気持ち悪りぃったらありゃしない。この折り返しに乗車する。
次に降りたのは線内唯一の交換可能駅である小金城趾。島式二線、唯一の橋上駅舎だ。小っちゃい改札と小っちゃい出札口。こんな駅でも有人だ。利用者にとっては安心感があるだろう。橋上駅舎から住宅地へつながる跨線橋で上下の列車を待ってみた。気持ち悪いとか呼んでいた電車たちも211系がここでデビューすれば引退する運命なのだろうから記念に撮影しておこうと思う。
流鉄はIC非対応。すべての改札を人の手で行う。
流山行き。ピンクの素敵な電車は車両交換したのか違う編成がやって来た。
馬橋行き上りが到着。
将来の高速化を見据え1線スルー方式を採用。・・・ではなくおそらく棒線駅から増設されたものと思う。
人にやさしい鰭ヶ崎とは正反対の小金城趾。エレベーターなんてものは無い無い。
流鉄の仲間達が勢ぞろいの乗車位置目標。211になったらどんな光景になるのだろう。
なかなか良い旅だった。幸谷で下車し関東近郊の駅前なら大体どこにでもある熱烈中華食堂へ。ビールと砂肝と唐揚げを注文。タブレットで現段階の値段を確認するとたったの900円台。嬉しくなってしまい、ついつい調子に乗って次々に大量の酒とつまみを追加注文し、わずか2500円ほどで酒池肉林を堪能し気持ちよくなることができた。さぁ帰らねば。このまま首都圏経由で帰還するのはなんだかセンスが無いような気がしてしまい、酔って気が大きくなったこともあって内房線下りで南下する。途中木更津で乗り換え完全に暗くなったころ浜金谷駅で下車。東京湾フェリー最終便に乗り込んだ。東京湾フェリーといえば自分的には船内売店で売っている唐揚げ。多分冷凍ものだし格別に旨いというわけではないが、船という非日常に味わう鶏の唐揚げは格別だ。そのあとはいつものルート。バスと京急を乗り継いで、東京湾一周の手ぶら旅はフィナーレを迎えたのだった。
さすがに千ベロはできないが、日高屋呑みはコスパサイコー。
浜金谷駅で下車。夜の無人駅に降りる時の放っぽり出される感が好きだ。