近年の国鉄色復活ブームの先駆けとなった盛岡車両センターのキハ58、52。日本の情景にしっくりとマッチする、その落ち着いたカラーリングと産業機械としての優れた機能美で、往時を知る者はもちろん、21世紀の鉄道しか知らない多くの者たちまでも魅了してきた。開発した遥か昔の技術者、デザイナーの先見の目にただただ脱帽するばかりである。いつまでもこのまま活躍して欲しい。と誰もが願っていた2006年。その望みは突如として打ち砕かれた。「アスベスト問題」。昭和の高度経済成長期に大量に生産された国鉄型の車両には、車体の断熱材として安価なアスベストが使用されている。40年以上も現役で活躍してきた車両であるし、いままで列車に乗っていたから健康被害を被ったと言う話を聞いたことはないが、一民間企業になったJRとしては放置できる問題ではなくなったのだろう。
前置きが長くなったが、花輪線、山田線、岩泉線、遠くは奥羽本線弘前まで幅広く運用される盛岡のキハ58、52は、車両の老齢化と、件のアスベストを理由のひとつに、2007年の3月改正で、まず花輪線、奥羽本線から運用が外されることになってしまった。いままで過去何回も山田、岩泉線には撮影に出かけたことはあったが、花輪線を被写体として訪れたことは1回しかない。ならば最後の花輪線詣。ついでに雪中の国鉄色もいただこうではないか。
22時、横浜の自宅を車で出発。近くのGSで満タンにしてから首都高に乗り東北道に入り北上を続ける。宮城県に入った頃、ある小さなPAで仮眠の後、昼前に花巻ICで降りた。盛岡ではなく手前の花巻で降りたのは・・・理由は忘れた。冷麺を食いたかったのか、時間があったので高速代をケチりたかったのか?ともかく盛岡市内を通過し東大更〜大更の撮影地に着くと、見事な青空と雄大な山容の岩手山がそびえる絶景だった。空気は冷たいが風も無く日差しも強くポカポカしてくる。間もなくここを国鉄色3連の快速「八幡平」がやってくる。幸福っていう言葉はこういう時のためにあるんだろうなと思いながら車のエンジンを切り、撮影の準備を始めた。
岩手山、飛行機雲、杉木立。今ここに来れて良かったと噛み締めながらレリーズを切った快速「八幡平」
2007,2/20 花輪線 大更〜東大更 EOS5D 24-105mm
うん、最高!目の前を俊足で近づいてきたキハ58+52は、トルコンを直結から中立にしたため負荷から開放されたディーゼルエンジンの、カラカラと軽い音と共に過ぎ去っていった。初っ端から最高のロケーションに遭遇しテンションが上がった。盛岡支社の公式HPで本日の運用を確認すると、本日は58(国)の1933Dと、52(国)1932Dが松尾八幡平で離合する。撮りたい! ただし増解結が多い花輪線運用。国鉄色が入るとしても相方が盛岡色(赤鬼、白鬼)で、しかもどちら側に連結されているか分からないため、正面から国鉄色同士が並ぶことは運任せになってしまう。数年前の夏に挑戦し、足場が無く失敗した、松尾八幡平から始まる33.3パーミルの坂上アウトカーブに挑戦。踏切近くに車を止め、線路沿いの犬走りを不法侵入。33.3‰の鉄路を歩いて下る。実感すると勾配は結構きつい。ママチャリだと立ちコギになるくらいかな? 松尾八幡平を見下ろせるアウトカーブに到着し足場を探すと、ちょうど築堤下が吹き溜まりになっていて良い感じのお立ち台が出来ている。その冬季限定お立ち台に立つべく雪庇(せっぴ)に注意しながら慎重に雪山の上に立つと、見事、駅からの登り勾配ストレートの真正面だった。
急勾配を下ってきた1932D。国52は最後尾!よっしゃ!
2007,2/20 花輪線 松尾八幡平〜安比高原 EOS5D 100-400mm
キハ52国鉄色は最後尾にぶら下がっている。振り返って松尾八幡平駅方にレンズを向けて、間もなく入線する国鉄色1933Dを待つ。
やった!国鉄色同士の離合撮影成功。 (;´Д`)…ハァハァ タマラン・・・。
2007,2/20 花輪線 松尾八幡平〜安比高原 EOS5D 100-400mm
満足。大変満足。傾き始めた西陽もきれいだし、今日はこれから国鉄色は来ないので、構えた写真よりラフに遊んでみようと、線路沿いの畦道に車を進め撮影場所を探す。やがて岩手山山頂の雲が切れ、山容が露わになっきた。
唯一の松尾八幡平折り返し2935Dが夕陽の中を駆け抜ける。
2007,2/20 花輪線 大更〜東大更 EOS5D 24-105mm
日が沈むとやることもなくなるので、温泉にでも行こうか。しかし仮眠のみで一晩中高速を走ってきたため睡魔には勝てず、少し昼寝の後、今夜の寝場所に決めていた安比高原駅へ移動。駅周辺は完全な無人地帯なので、駅前の誰もいない雪に覆われたロータリーでドリフトの練習(?) ダァーッと走ってきてハンドルを切りながらサイドブレーキを引くと車は面白いほどにスピン。それも10回ほどやってると飽きてきたので買っておいたアルコールに手をつける。なんだか一人テンションが上がっていたので、ビールと焼酎でわざと深酒をし、さらに盛り上がって(?)きた頃に国鉄色58の最終列車がやってくるので、ヘベレケになりながら氷点下のホームで、峠を上がってくるディーゼルの音を待った。
家族連れのスキー客が降りた。迎えのマイクロバスと列車が行くと、ふたたび静寂に包まれるサミットの駅。
2007,2/20 花輪線 安比高原 EOS5D 24-105mm
6時半ころ起床。本日の第一発目は鹿角花輪発秋田行きの923Dだ。この列車は花輪線内では唯一、秋田のキハ58で運用される。この列車はもともと秋田から花輪線に直通する急行「よねしろ」をルーツとするもので、急行用にアコモ改造されたキハ58が使用される。またこの秋田のキハ58、塗り分けは通常の国鉄色のパターンでグリーンを基調にしており、これがなかなか渋くて似合っている。安代から東北道で十和田ICへ。米代川の橋梁で陣を構える。
似合ってます。国鉄色じゃないけど違和感ナシ。この923Dのみキハ110置き換え後でも暫定的に残る予定。
2007,2/21 花輪線 十和田南〜末広 EOS5D 24-105mm
この923Dと十和田南で交換した1926Dは後ろ2両が国鉄色だった。花輪線は十和田南で全列車スイッチバックのため、追っかければ今度は国鉄色が先頭になる。とすれば追っかけ。幸い東北道が併走しているので、それを使えば楽勝でもう一発頂ける。今朝と逆行程で安代ICで降り、昨日も撮影した松尾八幡平の、今度は下り側へ。
峠を恐る恐る下って松尾八幡平到着。数年前は非自動だったので駅員もいてタブレット授受もやっていたが、現在は無人になり渋い木造駅舎も壊された。
2007,2/21 花輪線 松尾八幡平 EOS5D 100-400mm
さてこの後はどうしようかとしばし一考。車の中で運用表と自作のダイアグラムを見比べながらタバコをふかしていると雪がちらつき始めた。こうなれば松の木俯瞰に挑戦しよう。湯瀬温泉〜八幡平の国道沿いの一本松が目印とは知っていたので、そこを目指して再びUターン。国道282号で湯瀬温泉を過ぎ、スピードを落とし右手の崖上に目を凝らす。やがて一本の古い老木の松が断崖の上にそびえていた。あれか・・・。雪でぬかるむ土手で何度も足を滑らせながらよじ登ると、眼下には渓谷沿いにSカーブを描く線路が見渡せた。
快速「八幡平」。今日は58×4連で降り止まぬ雪の中やってきた
2007,2/21 花輪線 八幡平〜湯瀬温泉 EOS5D 100-400mm
この後、このまま快速「八幡平」を追っかけようかと思ったが、快速であるがゆえ、高速を使っても追っかけは時間ギリギリで、間に合ったとしても昨日撮った大更や松尾八幡平が関の山。ならいっそ小坂鉄道でも行ってみようとまたまたUターン。確か8年前、日本縦断ツーリングで立ち寄った小坂鉄道の大館駅構内の腕木信号の連立が見事だったことを思い出し、それを見ようと大館市内へ。到着すると残念ながら腕木は撤去されており、午後の列車まで時間があるので市内の吉野家でランチタイム。腹を満たした後、茂内を目指し樹海ロードを走る。小坂鉄道は終着小坂で産出される濃硫酸を運ぶ貨物専用鉄道である。貨物主体で建設された鉄道で、旅客輸送も行っていたが94年に旅客輸送は廃止。その後貨物専用線として今に至る。その貨物列車は日に2往復。小坂から途中茂内までは登り勾配が続くため機関車は3重連で運転され、大館行きの場合、茂内で補機は開放され単機で小坂に帰る。しかし返しの小坂行きは下り勾配の上、荷も軽いことから茂内には停車せず、そのまま小坂に下る。ここで特記すべきは茂内を境界とした2閉塞であるがため、非自動の小坂鉄道は茂内でタブレット通過授受をやっているのである。全国でもここと水島臨海鉄道だけとなった通過授受。それを収めるために茂内に向かった。茂内はかつての旅客時代の名残で駅本屋やプラットホームが残り、通票扱いのため駅員も常駐するので、撮影の許可をもらいホームに三脚を立てた。
53レ通過。大館からのタマをスパイラルに投げ込む。
2007,2/21 小坂鉄道 茂内 EOS5D 100-400mm
急行「砂丘」では腕に引っ掛ける取り方が多かったが、ここは速度も遅いので手のひらで掴んでかっさらっていった。
2007,2/21 小坂鉄道 茂内 EOS5D 100-400mm
駅員氏に礼を言い、大館市内に戻る。空はだんだん茜色に染まり始めていたので、最初撮るつもりは無かった、国鉄色58が入る1938Dを狙いに市街外れの米代川の橋梁のたもとへ出てみた。
夕刻を急ぐキハ58×2。換装されたエンジンで高速から登坂もなんなくこなす。
2007,2/21 花輪線 大館〜東大館 EOS5D 24-105mm
後追い。一日が終わり、また夜を迎える。
2007,2/21 花輪線 大館〜東大館 EOS5D 24-105mm
この1938Dを河川敷で見送っていると、何故かムラムラとバルブ願望が沸いてきた。この先、荒屋新町の駅本屋のトンガリ屋根を思い出し、これと今行った国58をバルブしてみよう。十和田インターまで走り高速に1区間乗る。荒屋新町に着くと、誰も居ない静かな駅前広場はささやかな電飾で飾られており、幾枚かロータリーの様子をバルブ撮影した後、入場券を買い駅構内へ。しばらく列車を待つ。とても静かな夜だった。
国52が先頭の1939Dと交換。三角屋根に見守られながら、いつものように夜は更けてゆく。
2007,2/21 花輪線 荒屋新町 EOS5D 24-105mm
この夜は翌日の朝イチの撮影を考慮して、また東北道へ。寝場所確保のため田山PAで車を止め、後部座席を倒して寝袋に入った。
午前5時起床。昨日荒屋新町で見送った国52が、一番列車の1926Dとしてやってくる。10年前に駅寝した土深井駅の周辺の踏み切りに三脚を立て一番列車を待つ。
ちょうど正面に陽が差し、面が輝いた。清々しい朝の光景。
2007,2/22 花輪線 土深井〜沢尻 EOS5D 100-400mm
どうやら今日も天気は良さそうだ。土深井で撮影した1926Dは国52+国58×2のオール国鉄色。この先の十和田南ではスイッチバックするため、追っかければ今度は58先頭の3連がいただける。時間的に非常に厳しかったが、ダメモトで昨日の松の木俯瞰に挑戦してみることにした。
いと美し。通過2分前に到着した松の木俯瞰。チャレンジした甲斐がありました。
2007,2/22 花輪線 八幡平〜湯瀬温泉 EOS5D 100-400mm
美しい弧を描きながら通過していった国鉄色×3連に、今更ながら完全魅了されてしまい、出来栄えの余韻に浸る間もなく気がつくと盛岡方へアクセル全開で追っかけていた。またもや東北道に1区間だけ乗り、今回の旅で最初に訪れた大更〜東大更の岩手山バックへ。すばらしい天気とロケーションで腹は十分に満たされたので、帰ることにした。
もう何も言うことは無い。ありがとう花輪線の国鉄色。
2007,2/22 花輪線 大更〜東大更 EOS5D 24-105mm
今回の撮影行は3日間とはいえ、かなり内容は濃密だった。次回来るときは国鉄色は走っていないが、何十年後かに思い出の地として再訪することを誓った。まだ午前中であったので、のんびり一般道で帰ることにしよう。岩手県から栃木の那須野インターまで国道4号線を南下し、ほぼ一日がかりで帰路に就いた。