昨日会社を辞めました。
こんな書き出しができるレポートなど一生に数回あるかないか。ともあれ3年勤めた会社を昨日辞めてきたんです。一応転職は決まっており、入社までの約1ヶ月間、国民保険に入らなければならない完全無業者になった。清々する。賞与も無く連休も取れない鬱屈した毎日。何を糧に生きているんだろう?「貧乏暇無し」という言葉はオレのためにあるんだろうか?確かに仕事は残業も無くお気楽だったがノーリスクノーリターンではやっていられない。思い起こせば1年前のある日曜の早朝。全従業員が社長に呼び出されて聞いた、「本年よりボーナスはお支払いできなくなりました」という言葉に転職の決意を固くし、その後地道な努力の甲斐あって転職が決定した。そして晴れて無職になった今日から1ヶ月、3年間の鬱憤を爆発させよう。なんだこの高揚感は。そして最後の勤務の前日。A4の白紙を一枚用意して適当に日本地図をフリーハンドで描き、行きたいポイントを書き落としていった。九州から北海道まで・・。今まで休みを取れなかった反動も加わってそれはもう遠慮なく書き込んでいき、その全てを1ヶ月に達成するという目標を掲げた。
無職1日目。壮大な計画(?)はひとまず置いといて、近場の鶴見線でも訪れて開放感に浸ろう。103系ももうすぐ鶴見線から撤退することだし気ままにスナップしていきたい。バイクで首都高に乗り自宅から30分ほどで鶴見線浅野駅到着。忌まわしき前職の本社が徒歩圏内にあるがもうどうでもいいし関係ない。今日は快晴だし、まるで自分の今の心のようだ。気を取り直して撮影に没頭した。
やがて風変わりな駅として有名な国道駅に移動。ドーム型の古い高架橋下の造形美を記録したりホームに出て日向ぼっこをしたり無職の醍醐味を満喫した。
高架下の国道15号線の交通逼迫ぶりに反して、時が止まった国道駅ホーム。日差しが眠気を誘う
2004,10/1 鶴見線 国道 EOS10D 24-85mm
戦前の面影を感じる国道駅コンコース。最盛期に賑わいはいかばかりだったのだろう。
2004,10/1 鶴見線 国道 EOS10D 17-55mm
さて次は隣駅の鶴見に電車移動。鶴見臨港鉄道時代のターミナル駅の風情が色濃く残る頭端式ホームで電車を何本か撮影して、バイクを置いておいた国道駅に戻り、そこからバイクで浅野駅に移動して、また電車に乗って海芝浦まで往復した。海芝浦は一般人が乗降できない駅、または都会の秘境駅として有名で、改札の外が東芝の敷地内であり、列車から降りて改札を抜けることはおろか、乗車券を買って改札を通り電車に乗る行為は、東芝社員にならない限りできないという不思議な駅だ。駅に着きドアが開くと目の前は海、というか京浜運河だが日本屈指の海にもっとも近い駅であることに変わりは無い。現在時刻は14時。駅周辺に住民は皆無である上に東芝の通勤時間でもないので、この駅にいるのは自分と乗務員と詰所の警備員のみ。穏やかな晴れの午後。103系の奏でるMGの音をバックに、折返しまでの数分間、贅沢な時間を堪能した。
リベット打ちの鉄骨アーケード。戦前の私鉄のターミナル駅を彷彿させる光景。
2004,10/1 鶴見線 鶴見 EOS10D 17-55mm
3つの行き先が存在する鶴見線は乗入れ支線で幕のカラーを分けていた。海芝浦:青 大川:黄 扇町:赤のように。
2004,10/1 鶴見線 鶴見 EOS10D 75-300mm
何時間でもいたくなるような海芝浦駅。10月の風が心地よかった。
2004,10/1 鶴見線 海芝浦 EOS10D 17-55mm
次の新芝浦も運河に面している。ここは一般人利用可能駅で、時折東芝の工場から出荷する大型トランスを運搬するためシキが通る。
2004,10/1 鶴見線 新芝浦 EOS10D 17-55mm
その後、クモハ12が引退する1996年によく通った大川や、貨車溜りのある扇町をブラついたあと、夕陽がキレイになりそうだったのでラッシュで混雑し始めた鶴見線の夕刻の情景を撮影するため浅野に向かった。
記録にと編成写真も撮っておく。廃止されたオーバークロスの線路跡から。
2004,10/1 鶴見線 浜川崎〜武蔵白石 EOS10D 75-300mm
西日を追うように家路に急ぐ通勤客を乗せて鶴見に向かう103系。弁天橋ホームから。
2004,10/1 鶴見線 弁天橋〜鶴見小野 EOS10D 75-300mm
夕方のラッシュ時になると、当時まだ1編成しかなかった205系が運用に入りだし、いよいよ鶴見線に世代交代の時期が押し迫っていることを感じた。今度いつか103系をじっくり撮ってみようと再来を誓ったが、近場だからという安心感から1度も再訪を果たせず、この2年後103系はすべて撤退し205系に統一されてしまった。
太陽が沈み、ラッシュが激しくなりだした頃、すぐに自宅へと帰った。今日の装備に寝袋、着替え、ツーリングマップル、印刷しておいた国土地理院地形図などを追加して、すぐに出発した。今までテツツーリングではほとんど利用したことのない横浜横須賀道路を南下して一路、佐原ICへ。さてどこへ行くのか・・? 無職の旅は続く。