冬の立山バックで489能登編成を撮る贅沢な旅

2004,2/24

 なんとなくダイヤ情報を見ていたら、なんでもない普通の平日に、ボンネット489能登編成を使用する臨時特急「はくたか83・84号」が設定されているのを見逃さなかった。通常なら多客臨であるボンはくたかは、お盆やGW、年末年始、秋の行楽シーズンに設定されるというパターンで、我々平日休みのサービス業では、なかなか巡り合わせの悪い列車だった。それが何故に2月24日、しかもただの火曜に設定されているのかは大いなる謎だったが、ともかく当時勤めていた会社が月火休みだったので、迷わず北陸に赴くことにした。今なら車でパァ〜っと深夜の上信越道を飛ばして北陸入りするのだが、当時、普通免許を持っていなく、真冬の日本海側の撮影だったのでたまには珍しく列車で行くことにした。18きっぷシーズンでもないので地元の駅で金沢までの片道の乗車券を購入。上野駅から明日撮影する489能登編成の急行「能登」に乗車した。ホームライナーの回送で上野の頭端ホームに入線してきた閑散期の「能登」の乗車率は30%ほど。ちなみに上野に着いてからキオスクで買ったビールをすでに1本空けていたので、上機嫌で発車まで駅撮りを楽しんだ。







夜行列車の発車前の雰囲気・・いとをかし。
2004,2/23   東北本線   上野   EOS10D  24-85mm


列車が動き出すと同時に、2本目のビアーを開けて独りでカンパイ。高崎でバルブする予定だったが、列車の心地よい揺れに身を任せていると大宮を待たずして眠りに就いてしまった。
 目が覚めると列車の進行方向が変わっており、後ろ向きで勾配を下っていた。倶利伽羅を通過したようで、もうすぐ終着の金沢だ。金沢に着くと一旦改札を出て、すぐに帰路の切符で入場し、普通列車で倶利伽羅へ。駅に到着し金沢方へ歩くと簡単に撮影地に着いた。



ローピンのパーイチ。コイツを見ると北陸に来たことを実感する。
2004,2/24   北陸本線   津幡〜倶利伽羅   EOS10D  75-300mm



はくたか83号。真紅をバックに飛翔する白鷹のHM。自分はHMヲタではないけど、あまりのカッコ良さに武者震いした。
2004,2/24   北陸本線   津幡〜倶利伽羅   EOS10D  75-300mm


 この83号は越後湯沢で折り返し、数時間後には金沢へ戻ってくる。今回はこの行きの83号と帰りの84号のみ2本だけを撮りに、列車で来てしまったという何とも贅沢な旅だ。倶利伽羅から富山へ普電移動。富山駅前で軽く飯を食い、それでも時間があったので富山港線に乗り岩瀬浜まで1往復することにした。取り立てて印象に残るほどではない住宅地の路線をキハ120はゆっくりと岩瀬浜を目指し、すぐに折り返す。これから2年後、国鉄色に復元された475がここを走り、さらにJR線から路面電車に化けるという大変貌を遂げるなど、この時は想像だにしなかった。時間もそろそろなので列車で富山から1駅乗り、次の東富山で下車。雄大な立山バックで知られる有名ポイントに向かう。午前中は晴れていたのに午後になってから急速に曇り、駅からはかろうじて立山連峰が見える程度。雨が降り出しそうな線路沿いを歩くこと40分。ようやく撮影地に到着した。目の前の常願寺川のすぐ向こうは水橋駅で、距離も今来た道の1/3程度だが、川を渡る橋が無くてここまで歩いてやって来た。通過時間は恐らく16時40分頃。曇り空に加えて冬の短い日照時間では、厳しい撮影である。幾度もシャッターを切ってプレビューで確認しては、立山の冠雪がもっとも輝いて見えるように感度と絞りとシャッター速度を微調整した。しかし狙うべき獲物は100km/h以上で走ってくるだろうから手持ち撮影は断念。唯一の三脚をEOSに譲り、ビデオを手持ち。またEOS10Dのビミョーに遅い連写ではベストなタイミングを外しそうだったので、連写無しの一発にトライすることにした。撮影地到着から一時間後、橋梁の向こうから3灯のヘッドライトが近づいてきた。意外と速い! 1/500秒では止まってくれるか不安になり電子ダイヤルに指がかかりそうになったが、焦りは禁物。己の勘に全てを委ねた。




はくたか84号。晴れたら最高なんだろうな!? リベンジは今も果たせず、ボンネット「はくたか」は神出鬼没の代走運用のみになってしまった。
2004,2/24   北陸本線   津幡〜倶利伽羅   EOS10D  75-300mm


 この神社裏の撮影地のテツたち約20名は全員ため息・・。また重い機材をリュックにしまい、東富山まで歩き普電で富山へ。681のはくたかに乗り、160km/hで単線トンネルに突入の際の、歪む列車のガラス窓を見て楽しみながら越後湯沢で新幹線に乗り換え、帰還した。