祝!烏山線タラコ復活祭
2003年春、当時首都圏では唯一のキハ40運行線区であった烏山線に、全通80周年を記念して、期間限定でキハ401004の1両にタラコ色が復元された。1年間という限定措置であったが、往時の国鉄色が帰って来たのであった! 2003年当時、まだ国鉄色リバイバルカラーはまだまだマイナーで、2000年、九州にて大反響を呼んだミレニアムイベントと、盛岡キハ52、58の国鉄色復元ぐらいしかなく、その後全国に大ブームを起こした国鉄色リバイバルカラー祭りまではあと数年待たなければならなかった。そんな中、地味な北関東のローカル線に懐かしいあの塗装がよみがえったのであった。
2003年4月、まだ早朝の凍てつく寒さの東北道を栃木県を目指してバイクで攻め烏山線沿線に到着すると、線路脇のそこかしこに桜が乱れ咲き、菜の花が彩りを添えておりまさに春一色。しかししばらく仁井田駅で2本ほど列車を待ってみたがいずれもやって来るのは緑のストライプの烏山色ばかり。どうやら今日はタラコのキハ401004は運用に入っていないようだ。諦めて帰ろうと思ったが、この春の陽気、桜と菜の花のコラボレーション。素晴らしい極彩色の沿線風景を画像に収めようと、烏山色だが撮影を存分に楽しんだ。
でもやはり頂きたいのは国鉄色。日を改めて再訪しようとチャンスをうかがっているうちに半年が経ってしまい、結局、次に烏山線を訪れることが出来たのは秋もすっかり深まった10月末になってしまった。
2003.10/30
前回と同様、早朝の東北道を小1時間ほど走り、仁井田駅に到着した。この駅はかつて交換が行われていたようで、当時すでに棒線化されてはいたが、好ましい郊外の駅舎がのんびりとした佇まいを見せていた。しばらく駅前のベンチで日向ぼっこをしていると、次にやって来た列車の宝積寺方にタラコが連結されていた。烏山線は中間の大金で交換するため日中は2本の列車が線内を往復している。よって1時間おきにタラコがやって来るわけで、なんともお手頃な撮影ができそうだ。
かつてはどこにでもあったようなローカル線の中間駅。ゆっくりとした時間が流れる。
2003.10/30 烏山線 仁井田 EOS10D 24-85mm
懐かしいホーローの便所看板も健在だった。(仁井田)
沿線は秋真っ盛り。同じ色をした柿とキハ401004。
2003.10/30 烏山線 大金〜鴻野山 EOS10D 24-85mm
25‰の勾配も存在する。駆け上がるキハ40の紫煙が逞しい。
2003.10/30 烏山線 小塙〜大金 EOS10D 75-300mm
2003.10/30 烏山線 烏山〜滝 EOS10D 75-300mm
2003.10/30 烏山線 鴻野山〜仁井田 EOS10D 24-85mm
2往復ほどしか撮影できなかったが、近いうち秋の彩りに染まる烏山線を再訪しようとしていたが、いつしかそのことも忘れ、翌年、1年という短い間のタラコの装いだったキハ401004も従来の烏山色に塗り戻され、この日が烏山線でタラコ色に出会った最初で最後の日になってしまった。
あれから7年が経った・・・
タラコ=首都圏色で一時期脚光を浴びた烏山線だったが、その後特に目立った動きがあるわけでもなく、日々平平凡凡、地域交通を担う重要な足として地味に走り続けてきた。そんな2010年12月。突如として烏山線が注目される存在になった。再びのキハ40国鉄色リバイバル化である。今度はキハ401003。しかもその塗色は朱色+クリームの一般型気動車標準色! 何かの本で見て、大昔キハ40がデビューしたてのころ、どこぞの線区でその塗り分けが存在していたということは知っていた。しかしわずか数年でキハ40の一般色は消滅。キハ40といえばタラコ=首都圏色というイメージが一般的だと思う。各地のキハ40リバイバルカラーも全てタラコだし・・・。そして前回は80周年記念としてのイベントだったのに、今回はキリの悪い88周年。米寿か?末広がりだからか?はたまた90周年にはキハ40が存在しないということか? そんなことはさておいて気になる郡山工場出場後の写真をまずは拝見する。
まるでウソ電だ・・・!?
自分にとっては馴染みの薄い装いであるしどこかよそよそしい雰囲気すらある。オレよりもうちょい上の世代の人だったら懐かしくてたまらないのだろうが、最初は「ん〜ちょっとなぁ・・・」と思っていた。しかし2003年春の初訪問を思い出した。あの風光明美な烏山線に国鉄一般色。そうだ!! 春になったら行ってみよう! 聞く話だともう一両、来春に国鉄色に塗色変更予定だという。そのもう一両が首都圏色か一般色かは未だ定かではないが、どちらにせよ楽しみだ。これを書きながら少し長生きしてみようと思った、真冬のとある日でした。