(国鉄色番外編) さよなら野上電鉄

1994,3/30

和歌山県、紀勢本線海南駅に隣接する日方から登山口までを結んでいた11.4kmの地方鉄道である。特に思い入れがある路線ではなかったが、春休みでヒマだったため、3月31日で廃止になる野上電鉄の最終列車と撮影のため訪れることにした。当然金もないので18きっぷ使用である。品川から大垣夜行に乗り、大垣、米原、姫路と乗り換え、最初の目的地である津山に着く頃には正午になっていた。今回は野上電鉄がメインであったが、せっかく5日使用できる18きっぷを無駄にするのは惜しいと思い、最後のタブレット通過授受が現役だった、急行「砂丘」の撮影も旅程に組み込んでいた。津山から気動車に乗り換え山深い美作河井で下車。「砂丘」の通授受を2本ほど撮ってから津山へ戻り、津山線で岡山に向かった。津山から岡山まで1時間ちょっと。キハ40、2両のどうってことのない普通列車だった。車内は下校の高校生と18きっぱーで混雑する車内の通路側、しかも後ろ向きという乗りテツにとっては最悪な着座位置ではあったが、夕陽で真っ赤に照らされる津山盆地と、列車のカーブに合わせて左右の窓から交互に差し込む西陽を眺めながら聞いた「ZARD」の曲が、絶妙にその情景にマッチしていてなぜか今でも印象に残っている。すっかり日没した岡山に到着。マリンライナーで四国に渡り、高徳線、牟岐線で南小松島で下車。人もまばらな駅前通りを15分ほど歩いて小松島港に到着した。ここからフェリーで和歌山港に渡る。この南海フェリーは24時間運行で手ごろな値段と夜行便もあったことから、幾度となく寝場所確保のために乗ったことがある。午前2時過ぎに和歌山港到着。当然真夜中も発着しているフェリーのため待合室は長居し放題で、JRに連絡する南海電車の始発を待つ。少し仮眠して一番電車に乗り海南で下車。いよいよ今日は野上電鉄最終日。早朝だというのに元気な撮りテツ乗りテツたちはすでに活動を開始しており、駅周辺は賑やかだ。





1994,3/31

 ここで野上電鉄について少し解説しておく。野上電鉄はもともと内陸部の特産品を、港のある海南まで運ぶ目的で建設された鉄道である。野上電鉄開業時、まだ紀勢本線は開通しておらず、先に開業していた野上電鉄の起点である日方よりすこし外れた場所に、後に開通した紀勢本線の海南駅ができてしまった。そこで紀勢本線からの乗り換えの便をはかるため、野上電鉄は海南駅の裏手に乗り換え専用の乗降所を設けた。一応ホームや簡易な駅舎はあるのものの、日方駅の構内扱いで便宜上「連絡口」という名称がついていたが、この連絡口と日方はおよそ200mほどしか離れておらず、隣の駅がすぐに見える位置関係だった。そんなわけで海南で降りた自分は駅舎と反対方向へプラットホームを歩き、ホーム終端に設けられた構内踏切を渡って連絡口へたどり着いた。遠目にみえる日方駅や留置線に停まっている電車は、元阪神電鉄や阪急電鉄の超古豪ばかり。まるで博物館状態であったことに感激した覚えがある。この連絡口から起点の日方までは同一構内扱いであるため乗車はできず、日方駅に行くため一旦JRの改札を出場して街中を迂回し、歩いて日方に向かった。やってきた非常に古い電車の吊り掛けモーターの音に付き合うこと30分。終点の登山口に到着。ここから徒歩で戻りながら沿線を撮影したり、区間乗車して移動を繰り返しながら次々とやって来る電車をフィルムに焼き付けた。

当時の記憶も曖昧で撮影場所や使用レンズも分からないため、ここから当日の撮影記録をスライドショーで紹介します。BGMが大音量で流れる恐れがありますので、ボリュームを下げるかミュートにしてお入りください。(すべてEOS1000 35−105mm、100−200mmで撮影。)


「ギャラリー  野上電鉄最終日」


 この野上電鉄はバス営業もしていたが、業績悪化による膨大な赤字経営だったため、バス事業も含む会社解散という悲惨な結末を迎えた。よって路線廃止などでよくありがちな、乗務員、駅係員などの「いままで○○年間支えてくれてありがとう」というような晴れやかなものではなく、ここのスタッフたちの表情は非常に険しく、この廃止フィーバーを苦々しく思っているようで、我々遠来のファンに対しての敵意を非常に感じたのが印象的だった。ともあれ登山口から最終列車に乗り込んだ。上記のようなことから特にお別れ式典なども行われず、満員の乗客を乗せた最終列車は日方に到着した。実を言うと本当の最終列車は日方発登山口行きが最終で、これに乗ってしまうと今夜の寝床確保ができなくなり、已む無く登山口に向かって出発する本当の最終列車を見送って海南駅に急いだ。和歌山から阪和線に乗り天王寺へ。ここから当時現役だった新宮夜行の165系に乗り紀伊半島をぐるっと回り、疲れたので名古屋から東名高速バスに乗って横浜へ帰ってきた。






新宮から乗り継いだ普通列車が鵜殿貨物と交換した。原色DD51重連とワムハチ。
1994,4/1   紀勢本線  場所失念   EOS1000   35-105mm