思い付きの旅で在りし日に想いを馳せよう (本編)

 大井川本流、長島ダム完成による接阻湖の誕生で、大井川鉄道井川線の一部区間が水没することになり、新線へ付け替えることを知ったのはこの年の初め頃のことだった。鉄道のダム湖水没による新線付け替えは全国どこでも見られることで、通常であれば長いトンネルを掘削してダムサイトを迂回するルートを取るのが普通であるが、ここ井川線では前代未聞のアプト式を採用するという。個人的にはアプト式には興味がなかったが、注目したのは、井川線はダム建設のための専用軌道をルーツとした鉄道であることで、かつての森林鉄道を彷彿させるような独特の低規格な車両と鉄道施設。それが沿線の僅かな住民の足も担っているという生活路線という組み合わせが、この現代に残っているということで、その点が非常に興味深かった。早速、水没する区間の情景を撮影しようと選んだのは、ゴールデンウィーク真っただ中のある日のことだった。

1990.5/4

 今回の舞台である井川線は、居住地からの距離はそれほどでないにしろ、アクセスが悪すぎて一番列車の乗り継ぎでも現地入りできるのは昼過ぎになりそうだ。そこで当時現役で、まだ毎日運行されていた定期列車、375Mこと大垣夜行で向かうことにする。これなら静岡には未明に到着することができるが、大井川鉄道の始発である金谷駅は深夜帯であるため通過してしまうので、未明の静岡で下車。東海道線下りの一番電車を数時間待って金谷に乗り込めば、大井川本線の一番列車に間に合うことができる。着座を目的として東京駅から165系大垣夜行に乗車。当時も青春18きっぱー愛用の列車だったが、この時期ではそれも使えず、仕方なく敢えて高い普通乗車券を購入した。シーズンとだけあって18きっぷが使えないものの満員で、始発から乗って正解だった。3時間ほど165系に揺られ2:43静岡駅着。上りの大垣夜行もこの時間あったので、駅構内の待合室は深夜も解放されていて朝まで過ごすことができた。コンコースのベンチに荷を下ろし、しばらく経った頃トイレに行きたくなったので、荷物をそのままにしトイレから戻ると、カバンが開けられていて中が荒らされた形跡があった。慌てて確認すると、大型時刻表、図書館で借りた静岡県の道路地図、筆記用具類が盗まれていた。幸運なことにカメラは盗まれていなかったので、時刻表と地図程度ならだいたい頭に記憶しているし、そこまで旅に支障はないと判断し、あきらめて始発の普通電車を待った。やって来た一番列車に乗り換え5:30金谷駅到着。駅横の大井川鉄道の駅舎の扉を開けようとするが鍵が掛かっており入ることができない。出発までもう10分を切っているのにどういうことかと思っていると、車庫や本社のある新金谷方からやって来た回送列車に係員が添乗して、中から鍵を開けてくれた。元北陸鉄道の電車「しらさぎ」に乗ったのは自分含めて5.6人だったと思う。




金谷で出発を待つ「しらさぎ号」 雨が降ってきてしまった。(金谷駅)

 大井川鉄道井川線は、場所柄かつて全国に存在した森林鉄道が発祥のように思えるが、本来の建設目的は上流の井川ダム建設のための資材運搬用の専用線として開業した。そしてダム完成後は沿線の要望もあって旅客営業を開始。そのため訪問当時でも観光路線というよりは生活路線としての雰囲気も色濃く残していた。そして今回、井川線川根市代〜川根長島(現:接阻峡温泉)の区間がダム湖に水没するため、迂回線への切り替えを待っている時期の訪問だった。現在では新線分岐駅である川根市代(現:アプトいちしろ)から長島ダム駅まで一気にダムサイトへ駆けあがるため、標高差90mを90‰で克服するためにこの区間だけを電化してアプト式電気機関車で勾配を上るのは有名で、また奥大井湖上駅やレインボーブリッジ、日本一高い関の沢橋梁など観光目玉に事欠かない路線になっている。



 7:01 千頭着。いよいよ接続する井川線一番列車に乗車する。現在この時間の列車は無く、千頭発の一番列車は9:13で、当時は通学需要にも応えていた列車ダイヤであったようだ。乗り込むと意外と観光客が多く、編成最後尾にはすでに賑やかなオバさま団体が乗車されており、仕方なく他の席に移った。7:15出発。小さな客車に揺られながら新線分岐の川根市代に到着。新線方向を見るとすでにアプト式機関車が納入されており恐らく試運転も始まっているのだろう。川根市代を出発すると長いトンネルに突入。大井川をトラス橋で渡り左岸へ移るようになってすぐ、長島ダム本体の現場を通り過ぎる。山の斜面の木々は伐採され河原はすでに整地が終わっているように見える。これからいよいよ水没区間に突中する。トンネルをいくつか潜って最初の停車駅、川根唐沢で下車してみた。以前この井川線を訪れた際に購入した絵葉書にこの駅の俯瞰写真があり、茶畑に覆われた谷底にひっそり佇む駅を見てみようと降りたのだった。ホームの待合所や詰所などは絵葉書そのままであったが、ホームから斜面を見上げると整地のためすでに茶畑は跡形もなく、赤い土肌をさらけ出しているのだった。残念に思いながらも今乗ってきた列車が次の川根長島で交換する上り列車を撮影しようと残土の山に登ると、いよいよ雨脚が本格的なものになってきた。




千頭方をのぞむ。奥には切り替え予定の新線が見える。




千頭行きは2両。

 次の井川行きに乗車するつもりだったが、少し上を見ると新線の駅が見えたので工事用道路を登ると、そこは1面1線の「ひらんだ」という駅が開業を控えていた。




開業前の「ひらんだ」駅

 念願の川根唐沢俯瞰は、失敗はしたものの撮影に成功したのでこの後の行動を考えることにした。この駅での撮影がほぼ目的であったので、この周辺で一日中待機してやってくる列車をアングルを変えて撮っておこう程度しか思っていなかったが、雨脚も強くなるばかりだったので、撮影はやめてここから線路上を歩いて水没区間を見物して先に進むことにしたが、当然トンネルも多く懐中電灯なども持ち合わせていないので、「ひらんだ駅」前の道路をさらに上った、大井川と平行する県道で川根長島方へ向かうことにした。歩き出すとこちらも長いトンネルが連続する区間だった。交通量はほとんど皆無で、当然トンネル内照明もなく、怖いのでダッシュでいくつかのトンネルを通り過ぎた。しばらく傘を差しながら全くクルマとすれ違うことの無い県道をトボトボと歩いていくと、対岸に湖の半島状の上に築かれた新線の奥大井湖上駅が遠望できた。さらに進んでいくと右手、つまり河原方に降りていく工事用の道路があったので、関係者に見つからないかビビりながら降りていくと、奥大井湖上の対岸から渡ってきた完成間近の新線にであった。左右をトンネルに挟まれたわずかな明かり区間だったので、とりあえず短そうな千頭方のトンネルに入ってみた。真新しいコンクリートの匂いのする短いトンネルを抜けると、なんとそこはレインボーブリッジのたもとだった。ダム完成前だったので遥か眼下には大井川。将来ここの大部分が水没するのだ。





 写真を何枚か撮り、今来たトンネルを引き返す。今度は先ほどの地点から井川方の少し長いトンネルに入ってみた。足元に気を付けながら外に出ると、偶然にもそこは旧線との分岐地点であった。




現在でもこの分岐地点のトンネルを見ることができるが、右の旧線の坑口はコンクリートでふさがれている。

 このまま線路上を川根長島方へ歩こうかと悩んだが、時刻表は静岡駅で窃盗にあってしまったため、列車の運行時刻が分からず、万一、トンネル内で列車と遭遇してしまったら大変だ。なのでさっきまで歩いていた県道に戻ろうと思ったが、先ほどの工事用道路まで戻ると進んだ距離が無駄になる気がして、この写真の新線のトンネルポータル脇をよじ登り、遥か上を通るであろう県道を目指して進み始めた。しかしそこは獣道もないほどの深い森の中。雨の中藪をかき分けながら力任せに前進したが、森は深まるばかり。今となってはこの分岐地点から県道までわずか数百mの距離であるが、たぶん歩きやすいようできるだけ浅い藪を選んでいるうちに道路と平行してたようだ。たぶん1時間以上森の中をさまよい続け、汗と泥でぐちゃぐちゃのまま進んでいると、小さな茶畑に出た。運搬用のモノレールの線路に沿ってさらに上を目指すとようやく県道にたどり着くことができた。そのまま川根長島駅へ。まだまだ正午前後であったと思うが疲労困憊で撮影する気にもならず、川根長島駅で千頭行きを待ち、列車に乗って帰還したのだった。




得たものは特に無く、ボロボロになって川根長島到着。交換を撮っているということはこの1本後の列車に乗ったのだろうか。

 全くの余談だが、この時携行していた撮影機材は、中古のVHS-Cのビデオカメラ、そして買ったばかりのコンパクトカメラだった。当時、それまでは生意気にも単焦点、MFのローライを愛用していた。親父が¥3000で買ってくれた程度のいい中古品だった。f2.8の明るいレンズでよく映るカメラだったが、どうしてもズーム機能が欲しくて、神奈川県民には懐かしのディスカウントストア「ダイクマ」で¥19800くらいで買ったと思うのだが、機種名はもちろんメーカー名すら覚えていない。当時、よくありがちだった黒いプラスチックの塊のようなカメラ。気になって調べてみると富士フィルムの「テレ カルディア スパーデイト」というやつだった。ズームではなくて「テレ」とつくことから35/70mmの切り替え式で、70mmにすると確かf8くらいだったはずで、ASA100のフィルムで曇りの日撮影するくらいでブレブレの写真しか撮れなかった。昔、おばちゃんなんかが観光地でよく使っていたジャンルのカメラだ。結局、その性能に不満を感じ、猛バイトで貯めた資金でこの夏EOS630を購入し、このカルディはこの井川線撮影と、次項の井川線第2弾の2回しか使わなかった。。


1990.7/27

 井川線水没区間制覇の2回目。前回と全く同じ行程、列車で千頭に7:01に到着した。もう夏休み期間であるので当然18きっぷ利用だ。今回は水没区間すべてを踏破しようと計画し、長くて怖いトンネルに備えて相棒である幼馴染のT君を連れてきている。やがて7:15発となる列車が川根両国方から客車を牽いてやって来た。前回は団体客によって悔しい思いをした後展席を確保しようと最後部の車両に乗り込むが、発車間際になっても機関車が機回しをする気配が全くない。不思議に思って編成全体をよく見ると、見慣れない車両が井川方に1輌連結されていることに気づいた。よく見ると「クハ600」と書かれており、すぐに、これは10月に控えているアプト線に備え、重量のある機関車を常時千頭方に連結し、その推進運転のための制御車であることが分かった。早速、Tとクハの方に移動し前展席を確保。やがて出発。奥泉を過ぎるとビデオカメラを回し始め水没区間の映像を収めていった。1時間後、川根長島到着。降客がすべていなくなったのを確認し、Tと2人線路上を下流に向かって歩き出した。しばらくして最初のトンネルに出くわしたが、懐中電灯持参に加えて相棒もいるので臆することなくトンネルに入っていける。井川線のトンネルの中央部分の多くは素掘りで、ところどころ湧水が滝のように流れているところもあり非常に湿度が高く、そのため霧で視界が2mほどのこともあり、足元に気を付けながら懐中電灯の明かりを頼りに前に進んだ。いくつかのトンネルを潜り抜け、前回5月に訪れた新旧線分岐に到着。今日は右の旧線に入っていく。




いまとほとんど変わらない川根長島(現 接阻峡温泉)駅舎。こんな小さな駅でも駅前商店が営業中。




開業前の奥大井湖上駅。前後の橋はレインボーブリッジ。ベイエリアのアイツよりの3年早く名乗っている。




手前が旧線。ここは水没しないギリギリのところなので、現在、列車からもこの旧線跡はよく見える。




現在はこの2/3が水没している。

 しばらく歩いていくと、頭上を跨いで河原に降りていく仮設の工事用道路が見えた。もうすぐ井川行き2番列車がやってくるので、道路に上がって列車を待ったが、草木が繁茂しすぎて全体を見通せないものの、もう列車が奥から姿を見せていた。




井川行き。この草ボーボーの辺りに犬間集落があったはずだ。

 撮影後、さらに線路上を数百メートル歩くと犬間駅が出現した。枕木を組んで砂利を敷き詰め駅名標を立てただけの簡素な駅だった。かつては民家が数件あり集落を形成していたというが、すでにダム工事によって移転されており、完全に無人地帯になっていた。またここから外界に通じる道路は一切無く、恐らくこの犬間集落も自動車道が通じていなかった土地だったようだ。現在でも水没区間を免れた、この井川線の「尾盛」駅も、秘境駅として外界と隔絶された駅で有名であるが、この犬間も全く同様であった。そう言えば今朝、長島に列車で向かう時ここを通ったはずだが、列車は減速もせず通過していたので全く気が付かなかった。どうやら降りる時は事前申告制、乗るときはホームで待っていれば停車し客扱いをするシステムだったようだ。




井川方 犬間駅全景。奥にレインボーブリッジに続く新線が見える。




猫の額ほどの狭い空間に存在した犬間駅。駅名標の奥は大渓谷が広がる。




井川行き。通常は通過してしまうが、乗るつもりは無かったのに、Tと2人写真を撮っていたので停車してしまった。




千頭行き。

 上下の列車を撮影し、この後の行程にもだいぶ余裕があったので、2人で先ほどの工事用仮設道路まで戻り、河原に降りて川で泳いだり時間をつぶした。しばらくすると突然陽が陰り、真黒な雲が立ち込め猛烈な土砂降りの夕立に遭遇した。身を隠すものが何もない広い河原なので2人して打ち付ける雨粒の痛みにただただ立ちすくし、夕立が止むのを待った。最初、この河原から見上げる新線と旧線を往く列車を撮影するつもりだったがこれ以上は断念。やがて小降りになってきた頃を見計らって犬間駅へ戻り、デポしておいた荷物を回収し、川根市代を目指して歩き出した。雨は依然降り続いているが、トンネルの中は当然快適。しかしトンネルを出ると弱まらない雨脚と、日没とで暗くなって来たため、途中の川根唐沢で断念し、やって来た井川行きの列車に乗り川根長島に戻ってきた。今日はここで駅寝の予定である。当時の井川線の下り列車は、最終の井川行きの後、川根長島止まりの列車が2本あった。現在の井川線では消滅した、恐らく生活の足のために存在した列車だったと推測されるが、その日のうちに千頭に折り返す列車は無く、翌朝、この川根長島発の千頭行きが2本あり、また所要時間から考えるに千頭からの回送列車が運転されることはないであろうことから、この山奥の駅で2本の列車が滞泊することが予測できる。ということはこの駅で乗務員は宿泊することになるので、当然管理者がいる駅舎は夜中締め出されることも考えられる。何時頃だったが覚えていないが、暗くなってから間もない時間に当駅止まりの最終列車が到着すると、予想通り係員が駅舎の施錠をしにやって来た。待合室から追い出された我々は、雨もいつしか止んでいたので、駅舎の軒先で寝転がり朝を待つことにした。と、その前に一つやるべきことがあった。風情あるこの川根長島駅で滞泊する列車をバルブ撮影するのだ。このためだけに親父から一眼レフと三脚を借り、静まり返ったホームでセッティングをした。



 お休み前のバルブ撮影もできたことだし、軒下の寝場所に戻り星空を見上げながらゴロリと横になってみたが、冷え込む山間部。寝袋などの装備も無いし、また蚊の容赦ない攻撃にさらされてとても寝るどころではなくなってきた。Tと一晩中起きていようと決断を下しとにかく朝を待つことにした。何時間経っただろう、しばらくするとどこからともなく保線員数名が現れ、駅舎のカギを開錠し明かりをつけて入っていった。これはチャンスとばかりに保線員に駅舎内で寝かせてくれないかと懇願したところ、今夜は構内で作業するのでこの駅舎は休憩所に使うからダメとのこと。そして落胆した我々に神のご加護ような信じられないお言葉を授けてくださった。「留置している客車の中で寝ていいよ」 二人とも一転大喜び。深く深く感謝を伝え、早速荷物を持って体が伸ばせるロングシートの古いタイプの客車の方に乗り込んだ。

 その夜は疲れていたこともあって客車の中で爆睡。翌朝、まだ踏破しきれていない川根唐沢〜川根市代を探索するのもすっかりどうでもよくなり、井川まで往復乗車してみることにした。井川行きを待っている間、昨日からお世話になっていた駅前商店のおばちゃんから昆布入りのおにぎり2つづつと漬物をいただいた。おばちゃんの見送りを受けながら井川行きに乗り、井川ダムを見学してから帰路の列車に乗り、時間も余っていたので途中の沢間駅で下車し、また今日も河原で泳いでから大井川を後にしたのだった。




客車車内で駅寝中。フカフカのロングシートで快適そのものだった。


1990.8/30

 前回、貧租な撮影機材と、親友と来てしまったことから遊び過ぎてしまった感があったので、リベンジすべく3度目の大井川入りを単独で決行することにした。ところでこの夏休みに入る直前、猛バイトで念願の一眼レフを手に入れた。当時最新ではなかったが手ごろな価格で、ある程度ハイスペックだったEOS630。こいつを使って1か月ぶりに井川線を訪問することにした。今日は相方T君はおらず単独行なので、恐怖のトンネル一人歩きを避けるため、また効率よく撮影するため、入念に、そして緻密にダイヤと撮影場所を吟味し、自身パーフェクトと言える旅程が出来上がった。しかし問題なのが望遠レンズまで持っていなかったこと。一眼レフは手に入れたもののそこまでの資金の余裕がなく、この夏休みのお盆のころに18きっぷで旅した九州山陰ツアーで、望遠レンズの必要性を至る所で感じていた。なので井川線リベンジに望遠はどうしても必要だった。そしてバイト先のオーナーに頼み込んで給料の前借ができたのはこの行程出発の前日。ヨドバシに買いに行く時間も無かったので、出発前に調達してそのまま大垣夜行に乗り込むことにした。閉店間際、新宿のヨドバシカメラに立ち寄り、当時のEOSの廉価バージョンであったEOS750、850用に販売されていた100-200mmを購入。マニュアルフォーカスもできない非常にシンプルな造りであったため、お値打ち価格の¥19800で新品が手に入った。箱も開封せず紙袋のまま東京駅へ。いつものように数時間並んでいつものように375Mで未明の静岡駅に到着。ホームで箱を開封して人生初のレンズ交換! 今となってはかなり作動の遅いモーターによるフォーカスだったが、初めての望遠レンズにただ所有欲が満足したのだった。そして前回、前々回と全く同じ行程で千頭に到着した。

 ところで前回、大井川から帰って来てから手元に残った車内で買った切符を見ると、川根市代と川根唐沢の間に「大加島」という駅が存在していることに気が付いた。時刻表や路線図に記載がないことはもちろん、今まで井川線に乗っていても「大加島」という放送を聞いたことが無いし、隣駅であるとする川根市代、川根唐沢の駅名標にも「大加島」の文字はなかった。川根市代の井川方の次の駅であるので、つまり今回の付け替えでこの謎の大加島駅も廃止される運命にある。降りてみたい!! まずは千頭駅でこれから乗る井川線の乗車券を購入する。恐る恐る窓口で本日の目的地を告げてみた。「お、大加島まで1枚・・」というと窓口氏は3秒ほど動きが止まり、「運転士に下車したいと伝えれば停めますよ」と教えられ大加島行きの乗車券が発行された。早速ホームに行き運転士にその旨を伝えると、意外と「あ、はい」と素っ気なかった。ネットも無く情報も限らていた当時、ついでに運転士の方にいろいろこの駅について聞いてみると、もともと周辺に集落などがあった訳ではなく、ダム工事関係者のために設置された仮乗降所の扱いだという。さらに、建前はこれから乗る下り一番列車と、上り最終列車しか停車させることができないが、乗車したい場合はホームに立っていれば止まるとのこと。でもこの後の井川行き2本目の列車は観光客の多い長大編成なのでホームに立たないで欲しい(=停車させないで欲しい)。なので線路上を歩いてトンネルを通り、隣の唐沢か市代まで行って欲しい。トンネルは暗いから棒切れを拾って壁を伝いながら歩いて行くといいよ。とまでアドバイスをくれた。現代だったら鉄道会社社員が自社の線路上、ましてトンネル内を歩いて移動しなさい、などと言い出したら大問題となるだろうが、この発言を持って当時の自分は、公式に線路上、またトンネル内を歩いて良いと受け止め安心したのと同時に、こうして今記事にしている訳だ。

 いつもの通り7:15千頭出発。川根市代を過ぎると「次は大加島・・・」と初めて聞く車内放送に感激し、やがて自分一人のために列車は深い森の中に停車した。降りてみると犬間駅と同じく枕木と砂利だけのホーム。駅名標すら無く、付近に通じる道もないようだ。当然下車したのは自分一人だけかと思っていると、工事関係者と思われる方も一人下車した。




大加島駅全貌。時折、最後尾にワムが連結され資材運搬も行われていた。



 列車を見送るとすぐに、一緒に下車した工事の方に川根市代駅への行き方を聞いてみた。すると「トンネルを歩いていけばすぐだよ」とのこと。いや、そうじゃなくてトンネル歩くのが怖いので線路以外で行く道が知りたいんですけどぉ・・、というまでもなくその方は森の藪の中に消えて行ってしまった。とりあえず井川方に歩き出すとすぐに本流を渡る大きなトラス橋が出現した。保線用の通路でその橋を渡り、対岸のトンネルポータル上で上り列車を撮影した。




ここはまだ水没区間ではないが、新線切り替え後、このトラス橋は爆破解体された。

 撮影後、しばらく先を進むと、長島ダム本体工事の現場にやって来た。




ダム本体工事のため整地が済んだところのようだ。




まさにダム直下。この上をコンクリートでドーンと埋めるのだ。




ダム本体予定地と旧線を上流側から。ここはもう深い湖底に沈んでいる。

 水没予定区間に入ると、もうこの先は長いトンネルが連続する区間なのでUターンし大加島に戻る。とは言え駅に戻って来ても市代方も長いトンネルばかりだし歩きたくない。仕方がないので河原に降りることにし、駅から道の無い藪の中を夢中でかき分けて、ようやく広い河原に出ることができた。太陽の降り注ぐ炎天下の中、下流に向かって河原を歩いて行くと目の前にダンプ用と思しき仮設道路があり、それを伝ってしばらく行くと、川根市代に隣接する新線のアプト市代駅が見えてきた。




県道を降りていくと開業前のアプトいちしろ駅が見てきた。




開業に向けて配備の終わったED900電気機関車。こんな山深い駅。ここで組み立てたのだろうか?




やはり大加島の名前はスルーされていた。




トンネルのわずかな空間に存在した川根市代駅。千頭方を臨む。新旧分岐は駅構内のトンネル出口だった。




やがてやって来た井川行き。これに乗り込む。

 さっそく井川行きに乗車すると一番列車の運転士の言葉通り、観光客を乗せた長い編成だった。次の川根唐沢で下車予定なので車掌の乗っている車両を選び乗車して、乗車券を購入。先ほど降りた大加島は車内放送も無く当然のように通過して、数分の乗車ののち、5月に降り、7月に乗車した川根唐沢で降りた。目的は一つ。5月に失敗した駅俯瞰。今回は新線付近の高所から駅全体を狙う。そのために望遠レンズが必要だったのだ。




ゆっくり歩を進める列車。このシーズンではほとんど観光客輸送が主で、奥泉、川根長島以外で下車する人はほぼいなかったと思う。




山深い川根唐沢に千頭行きが到着。かつてはお茶の栽培を生業としていた地域だ。




また次の列車で隣の駅に移動。

 俯瞰の撮影に成功した後、次にやって来た井川行きに乗車して、次の犬間駅に向かうことにするが、降りるには事前申告が必要で、それをしないと平然と通過してしまう。上記撮影後運転士に犬間で下車したい旨告げ、また車内で車掌から次の犬間までの乗車券を購入した。




今乗ってきた列車を後追い。列車が行ってしまうと無人地帯に独りぼっちになったことを実感する。




相変わらず何もない犬間駅全景。

 今回犬間で降りた理由は前回、突然の夕立で撮影できなかった河原=現:湖底から新旧の線路を撮影するためだった。以前も使った井川方に数100m行った仮設道路から河原に降り、長島で交換してくる上り列車を待つとすぐに車輪の軋む音が渓谷に鳴り響いた。しかし川の蛇行が激しいのと列車の速度が極端に遅いので、なかなか姿を現さず、しばらく待ってようやく重連率いる編成がファインダーに登場した。



 これにて、練りに練った井川線リベンジ撮影が終了し犬間駅へと戻ってきた。そういえば朝、というか昨日から何も食べていなかったので相当に腹が減っており、次の千頭行きまでかなり時間があったので、どうせ同じ列車に乗るならと一旦川根長島に向かい、先月利用させてもらった駅前商店で何か食糧を調達することにした。嬉しいことに前回おにぎりをくれたおばちゃんは自分のことを覚えていてくれた。再会の挨拶はそこそこに上り列車まであまり時間がないので、1.5倍大盛のカップラーメンを購入。おばちゃんにお湯を沸かしてもらい、掻き込み、次の千頭行きで川根長島を後にした。




何でもいいから飯を喰うためだけに列車に乗り無人地帯を脱出。




楽しかった井川線。千頭から乗車した本線は元西武鉄道の車両だった。