最後の国鉄型特急列車。キハ185を求めて阿波の国へ

 電車含めて国鉄型特急車両として国内唯一となってしまったキハ185。四国内のキハ181の置き換え目的で国鉄末期に開発された車両であったが、一部が九州に譲渡され、現在運用に就いているのは、四国の「剣山」、九州の「あそ」「ゆふ」のみである。「ゆふ」「あそ」用のキハ185はご存知の通り、九州ならではの絶望的センスのデコレーションで魔改造されてしまっており、見るに堪えない出で立ちのため興味対象外。個人的にほぼオリジナルの姿で残存しているJR四国のキハ185に近年は注目していた。ところが今年春のダイヤ改正において四国キハ185に大きな動きがあり、高松まで足を延ばす「うずしお」からの撤退。牟岐線内特急である「むろと」の廃止。徳島線特急「剣山」の2往復削減と、一気に活躍の場が狭められてしまった。いつかは・・そのうち・・、と考えていたが残り時間は少ないだろう。唯一残された徳島〜阿波池田間の特急「剣山」、3.5往復が最後の活躍の場となってしまったため、四国上陸をついに決心。そして個人的には札沼線新十津川廃止訪問の時以来6年ぶりの、3連休を取得することができた。

 自分としてはダイヤ改正後より特急「剣山」の運用と車両に俄然注意を払っていた。使用される車両は全てキハ185だが、カラーリングに3パターンあり、JR化後にコーポレートカラーの水色を纏った四国色、この線区向けにオデコが白い剣山色。そしてキハ185-17と18は本形式が登場した登場時の緑の帯を備えた「国鉄色」が存在する。本形式登場後、すぐにJRへ移管されてしまったため、この緑帯の国鉄色はわずか2〜3年の期間しか見ることができず、またデビューが1986年11月ということもあり、キハ185が国鉄の車両として活躍したのはわずか4か月ということになるが、純然たる国鉄色であることには変わりはない。

 運用では全車、高松車両所に所属しており、2025年3月以前は早朝と夜間の1往復の「うずしお」がキハ185の運用になっており、これを利用して検査や車両交換のため定期的に高松へ送ることが出来たが、改正後からは徳島線内で完結しており、高松へ送り込む際は臨時回送のようなものが設定されていると言われている。線内の運用では、朝、徳島に向かう「剣山2号」が通勤通学需要に対応するため4両編成で運転され、日中はこれを切り離して後部の編成が2両で線内を往復。夜間には両編成を阿波池田に戻し滞泊させ、今朝とは逆に編成を組成し、翌日には車両を入れ替える単純な運用となる。



 せっかく遠路はるばる撮影に向かうとなると、やっぱり国鉄色を狙いたい。ダイヤ改正直後は17、18はそれぞれ他色のキハ185と組まされ徳島方に充てられ、うちどちらかがおおよそ2週間ペースでローテーションされているようである。予備編成はどの程度あるか分からないが、余程のことが無い限り1日目は4両編成の先頭に立つ雄姿を撮影、日中キハ185の走りを堪能すべく1往復乗車後、撮影地に向かい夕暮れの中を進む5号を後追い。翌日は4、6号で先頭狙い、1、3号で後追い。日によってはこの逆でもいいのである。我ながらベストな撮影プラン。梅雨入り前に3連休もこさえることができたし、あとは当日を待つだけである。

 ところが! 出発まで1週間程のある日、どこかで見かけたとある記事。「5/28、土讃線でキハ185-12・18・17を使用した3両編成で乗務員訓練が実施された」とのこと・・・。一旦両国鉄色が高松に帰ってしまうと・・・、まさか、ねぇ・・・。そのまさかはやっぱりそうであり、その日からSNSなどで17、18号車の目撃情報は皆無となり、そのまま両機は高松車両所へ取り込まれてしまったようだ。なぜにわざわざ国鉄色を2両も使って乗務員訓練するのだろうか?マニアな乗務員なのか?もう今さら連休を解消できるわけでもないので、他の目的地も無理やり候補に追加して旅立つことにした。まぁ四国色だろうと剣山色だろうと今や希少な国鉄型特急気動車。ゆるく撮影した後に乗車するだけでも良い体験になることだろう。 

2025.6/2

 出発当日は別の事業所に応援の勤務だったが、適当な理由をつけて早上がり。20時に出発することが出来た。しかし朝イチの4両の「剣山2号」から撮影したいと考えており、徳島着が8時ということもあって、休憩仮眠を必要とするならばあまり余裕はない。新東名を順調に走りきり豊田JCTが近づいてくると、情報掲示板に不穏な文字が。

「東海IC〜飛島JCT 工事のため通行止め」

 そういえば何度も同じ情報を出してたので、「どこか重要な道路で通行止めなのかな」 と気にもしていなかったが、ふと何かが頭をよぎった。「と・び・し・まぁ?」 ってこれからオレが通過する伊勢湾岸道じゃねぇか! 名古屋地区の道路網は全くと言っていいほど疎いが、飛島という名称が何となくあの辺りにありそうな、程度の記憶だった。東名阪で迂回するか? いや別料金だったような気もするし、そうだった場合通しで清算できない上、深夜割引もリセットされてしまう。もう選択の余地は無く、旧名神を経由するほかなかった。東と西の大動脈が今夜に限り、あの貧弱な2車線に集中するとなると、この先時間的余裕も無くなって来る。しかし流れは良くはないものの、一度も渋滞に捕まることも無く京都を通過。高槻から新東名、その後人生初となる明石海峡大橋でこちらも人初の淡路島上陸。目的地一つ手前の今日の宿泊地「淡路島南SA」に到着したのは午前3時ちょうどだった。ここまで幸い眠くなることは無かったが、逆に明日の出発時刻までの3時間ちょっとと、短いながらも質の高い睡眠が取れるかどうかが不安だ。歯磨きを済ませ車内で横になるも、なかなか寝落ちせず、何話もあるような壮大な夢をずっと見続けるほどのレム睡眠のまま、朝6時を迎えてしまった。

2025.6/3

 メチャクチャな案内を繰り返す自車のポンコツナビをひたすら無視しながら、徳島ICで流出。吉野川のあまりの巨大さに眠気も吹き飛び、撮影地に決めていた跨線橋に通過30分前に到着。国鉄色も堕ちたとあって撮影者は誰もおらず、初夏の朝の心地よい大気の中で撮影準備開始。やがて2名の方も参戦して、来たるべき4002Dを待ちわびた。


徳島線の通勤ライナー的役割の特急「剣山2号」。4両編成の輸送力を発揮し吉野川流域の皆さんの快適な通勤をサポート。
2024.6/3  徳島線  牛島〜下浦  EOS6D 100-400mm

 軽快かつ重厚なエンジン音を轟かせ、列車は高速で通過していった。80年代らしいブラックで引き締まったマスク。当時流行の連続窓もどきなど、古き良き、というよりは当時の時代背景の中でスマートさ、純粋なカッコよさを追い求めているデザインが、個人的には非常にドツボにはまる。同期の仲間でもある北海道のキハ183も然りだ。ところで分かっていたこととはいえ、やはり緑帯の185はこの手に収めたい。いずれ再訪の時が来たら、まず1発目はここで4号を撮影することになるだろう。でも今日は飽くまでもキハ185狙い。返しの1号と阿波池田ですぐ折り返す4号だ。2008年、国鉄急行色に復元されたキハ58・65撮影に訪れたことのある発電所からの吉野川バックで迎え撃とう。しかし国道192を遡りながらも眠気に勝てず、途中コンビニ駐車場で30分仮眠。現地に到着した。ってあれ?こんなだったけな? 背後の特徴的な吊り橋もちらっとしか見て取れない。最近の「撮影地あるある」の一つ、「木々が成長し過ぎて撮影地として適さなくなった」の一例だ。まずは徳島からやって来る1号を待つ。




2024.6/3  徳島線  阿波加茂〜辻  EOS6D 24-105mm




2024.6/3  徳島線  辻〜阿波加茂  EOS6D 24-105mm

 4号を見送り、いよいよキハ185に乗ってみよう。と言っても大幅に減便された剣山、次の阿波池田出発まで4時間近く開いている。昨夜は終夜運転で徳島入りした上、ほぼろくに寝ていなかったので、このまま列車に乗ってしまうと爆睡してしまいそうだったため、一旦仮眠をとることにした。今日はまだ6月に入りたてで気温は20℃前後と心地いいものの、炎天下の車内では蒸し風呂になること必須であったため、木陰を探してようやく場所を確保。しばらく深い眠りに就いた。

 14時頃阿波池田駅へ。構内に入るとすでにキハ185が賑やかなアイドリングをしながら出発を待っていた。今日の編成は徳島方がキハ185-13(昭和61年製 剣山色) + 池田方がキハ185-1014(昭和63年製 四国色)のコンビだ。




山間のジャンクションである阿波池田駅。上下の「南風」と接続している。




出発を待つ特急「剣山6号」 徳島方は便洗設備アリの0番台 キハ185-13




こちらは便洗設備無しの1000番台 キハ185-1014




週末にアンパンマンカーなる車両を組み込むため、平日は2号車は欠番になる。扉はコスト削減のためバス用の部品を流用したため、内折戸式。




現代の物と比べると質素で最低限なおもてなしを感じる、普通の座席




昭和63年、富士重工業製。キハ185はスバルお得意の水平対向ではなく直列6気筒エンジンを搭載。 




座席上の送風口。国鉄末期の財政難から自動扉と同様、バスのパーツを多用したことで有名なキハ185。




懐かしいアナログの車内温度計も健在。




当時は小さい石鹸が置いてありましたよね。いつも思うのだが列車の洗面台って水を貯める需要があるのだろうか。




洗面所併設のくずものいれ。清掃係の方は手作業で掴んでゴミ回収するのだろうか。




懐かしいフォントの「くずものいれ」もデッキ部に健在。色褪せている部分は紺色だったはず。

 14:30 特急「剣山6号」 阿波池田出発。車内は1両に10名以下。ポイントを渡り終え構外に出ると、いきなり本気の加速。と言っても近年の強力な気動車とは全く違い、力強くはあるものの鋭くない加速でスピードを上げていく。GPSアプリで速度を見ていると、変速のままトルコンで引っ張って引っ張て引っ張ってようやく65km/hで中立に。すると次の瞬間ドゴォン!と大きな衝撃とともに直結段になりまた加速をしていく。かつてキハ181「はまかぜ」に乗車した際、変→直や中→直の切り替えの際、エンジン回転数を合わせるために大げさなブリッピングをしていたのをレーシーでカッコいいと思っていたのだが、停車駅の多い「剣山」なので駅発車ごとに「ドゴォン!」を体験できるのもこれはこれで楽しい。また昨今の最新ディーゼルカーの変1+直4などの変速機のようにパワーバンドを上手く使うスマートさは無く、機械と機械が直で結ばれている故のゴリゴリとトルクを感じられたり、またたった1速しかないため80〜85km/hで感じられる2ストバイクのようなパワーバンドも国鉄車両の魅力であろう。

 とこんな訳で全く飽きることなく1時間20分で徳島駅着。日本では鳥取と並んでここ徳島だけの非電化の県庁所在駅。しかしあちら鳥取駅は昭和時代に味気ない2面4線の高架駅となってしまったが、ここ徳島駅はかつて全国どこでも見られた非電化の地平駅。3方向から路線が集まりターミナルの機能を果たし、かつ駅周辺は県庁所在地らしく活気がある唯一無二の駅だ。今回キハ185乗車の目的の他にもう2つ、この徳島駅の雰囲気を味わうのと、「徳島ラーメン」を食すことがあった。駅からほど近い有名店だという店に入る。



 美味い! 九州豚骨がベースとなっているようだが、甘めの醤油ダレとホロホロのそぼろ肉が絶妙にマッチしている、地元にあったら月イチで味わいたい一品だった。徳島駅には1時間ほど滞在してクルマのある阿波池田に帰ろう。もう少し待ってまた「剣山」で行くのもいいがのんびり普通列車で戻ることにする。すっかり暗くなったころ阿波池田で愛車と再会。再び徳島方面へとクルマを走らせる。今朝4号を撮影した背景の吊り橋で吉野川を渡り、高速のSAに併設された温泉へ。のんびりしていたかったが閉館時刻も迫っていたためちゃちゃっと入浴を済ませ先を急ぐ。カーナビと最終「剣山7号」の通過時刻を吟味しながら貞光駅へ。誰もおらず物音ひとつしない駅前にクルマを停めてバルブ撮影の準備を開始した。

 ここへ来て唐突だが今のところ明日以降の予定をほとんど立てていない。休みはあと2日あるが、明日も剣山を撮影するというモチベーションがどうしても湧いてこない。四国島内をのんびりドライブか、帰りの道中テツしようにも思いつくネタがない。伯備線ロクヨン貨物もよぎったが、準備不足で撃沈する可能性もある。悩んだ末、今回の旅の候補として、いつか再訪したいと考えていたかつての居住地、福井に行ってみることにした。少しまだ列車到着まで時間があったので、意を決して当時一緒に仕事をしてきた元同僚に7年ぶりに連絡を入れてみた。

「明日、福井に行くんだけどメシでも一緒にどう?」

 するとすぐに返信があり、残念ながらすでに退職し県外へ転居してしまったとのこと。ならば自分の担当していた部署にフラッと訪れて、迷惑にならない程度に顔だけでも出してみよう。21時過ぎの静まり返った地方の駅でそんなことを考えながら列車を待った。到着予定時刻を5分ほど過ぎた頃、遠くの山々の向こうからタイフォンが一声聞こえたが、列車の音もその光もまだ現れない。さらに数分経ってようやく、静が支配するこの小駅に列車が到着し、数人の乗客が降りて行った。






フレアで酷い有様になってしまった剣山7号。こんな静かな山間の駅に大出力エンジンの咆哮が響き渡る。

2024.6/3  徳島線  貞光  EOS6D 24-105mm

 約10分遅れで列車は出発してしまうと、再び駅は静寂に包まれた。さて、行こう! 徳島市内を目指し、鳴門大橋、明石海峡大橋、新名神を経て米原JCTで懐かしの北陸道へ。明朝、あまりに早く福井に到着してもしょうがないので、そろそろ投宿地を決めようと立ち寄ったのは、滋賀県最後のサービスエリアである、賤ケ岳SAだ。標高も少し高いので現在気温は8℃。持参してきた寝袋がちょうどいい具合に暖かく、この夜は夢を見ることもなく爆睡できた。

2025.6/4

 翌朝は7時起床。このまま高速で向かっても目的地には早すぎる到着になってしまうので、次の敦賀で降り、越前海岸経由の国道305号で北上。しばし通った海沿いの温泉もまだ営業しておらず、そのまま福井市内へ。当時住んでいたアパートを見に行ったり、暮していた街並みをウロウロしたり、当時田んぼしかなかったところに新幹線の高架橋が出現していたり、懐かしさと変化の驚きのまま、いい時間になったのでかつての職場へ。当時一緒に戦った仲間との再会を喜びあい、その後もう一つの職場へ。こちらも同じように歓迎され、久しぶりに心が温かくなったのを感じた。まだ真昼間であるがのんびり帰ろう。当時休みの日の定番として距離的にちょうどいい九頭竜湖へのツーリングで良く通った国道158で油坂峠を越え、安房峠〜中央道で帰還することに決定。大野市に入って最初のコンビニで少し休憩。ふと気になって越美北線の時刻表を見ると、運行本数一日たった4本のうちの1本が間もなくベストなタイミング。早速九頭竜湖まで往復乗車してみようと駅へと車を走らせた。




簡素な駅舎から構内踏切を渡り簡素なホームへ。




13:44 九頭竜湖へ向かう本日2本目の列車がやって来た。




九頭竜湖に到着。出発時の乗客は5名だったが、終着まで乗車していたのは自分ともう一人の観光客だけだった。




道の駅も併設された九頭竜湖駅。中部縦貫道もこの地まで到達し、この路線の今後の見通しは明るくない。




そうだった。越美北線末端部は非自動閉塞。列車の安全はこのスタフに掛かっている。

 越前大野駅に停めたクルマに戻り、いよいよ帰還のため岐阜県側に抜けるための国道158号を目指す。この地に居住していたころには、ここ大野までしか開通していなかった中部縦貫道が九頭竜付近まで延伸されたとのことで、それも楽しみになってきた。さぁいよいよ初めて乗る市街のインターに近づくと・・・「油坂峠は災害のため当面通行止め」とのお知らせ。アイヤー!! この山をちょっと超えれば東海圏内に入って順調に帰還できるはずだったのに、また福井市内に戻り米原経由で大迂回せにゃならんじゃん・・・。「うわダッル〜」と思わず口をついて出てきた。活力もすっかり失せ、高速道を500km、延々とダラダラに自宅へと舞い戻って来た。


あれから約1か月。突如として待ちに待った知らせが飛び込んできた。
7/3(木) 臨時配給列車でキハ185-17,18の国鉄色2両が徳島へ回送。そして以前は両機が0番台であることから、1000番台の他色とペアを組まされることがほとんどだったのに、何と今回は国鉄色同士で手をつないでいるというのだ。すぐに翌日からそのペアは運用を回りだし、翌々日もその次の日も運用表通りの活躍を見せている。自分はというと週明け月曜は出勤。火・水がもともと連休であり、木曜が終日会議だったところ、会議が奇跡の延期のお知らせ。意図しない2か月連続の3連休ができてしまった。もうこれは国鉄色の神様に愛されているに違いない。そんな思し召しを受け、月曜の仕事終わりの終夜運転で乗り込もうとするも、職場で発生した機器トラブルに対応しているうちに、翌朝の「剣山2号」にギリギリな時間になってしまった。だったら明日は無理せず、高速代節約と白昼の一般道長距離ドライブを楽しむため、昼頃出発したほうが良さそうだ。午前中は昨日の機器トラブル対応の続き。自宅に舞い戻り出発できたのは14時頃だった。これから18時間以内に徳島入りしていればいい訳で、こんな贅沢に時間を使えるのもそうそうないだろう。というわけで国道1号をひたすら西進。いつもなら愛知県音羽蒲郡で東名に入るのが定番だが、国道23号バイパス、通称名豊バイパスが最近全通したとかでまだ高速には乗らない。片側1車線ながらも浜名湖付近から名古屋市内まで一切信号が無い快速路でそのまま三重県に突入。四日市付近で新名神に乗ろうかとも考えていたが、まだ時間はある様子。なので四日市から国道1号に戻り鈴鹿越え。1号はこの先あらぬ方向に向かうため、新名神、甲賀土山ICで一般道の旅は終了した。あとはもう新名神〜神戸淡路鳴門道で徳島を目指し、前回と同じ淡路島南SAに到着したのは午前1時半頃だった。洗面を済ませてエアコンの効いた車内で眠ろうとするもテンションが高いせいか寝落ちできず、6月の初訪の時と同様、2時間ほどの浅い眠りのまま、アラームが鳴った。

2025.7/9

まずは4両で運転され、さらに本日は国鉄色ペアが先頭を張る「剣山2号」の撮影のため、下浦の跨線橋にやって来た。通過30分前だが先客5名ほど。すでに気温は30℃を軽く超えているものの、空模様は薄日が差す雲の多い天候。期待に胸を膨らませ、クルマから機材と三脚を携えて・・・っとあれ?もしかして・・・!!

ビデオカメラ用のクランプを忘れてきた!!

 普段は保管や移動時には三脚にクランプかませているのが常なのだが、先々週だったか小湊鉄道とアジサイ狙いで出撃した際、動画はいいかな、と使わないクランプを押し入れにしまっておいたのをここに来て思い出したのだった。今日は国鉄色コンビは2号で徳島まで運用されたのち夕方の5号まで車庫で昼寝しているので、その間にクランプの代わりになるものを調達しよう。仕方ないので2号の動画は諦め、スチルだけでセッティング。前回より田んぼのイネは随分成長しており、完全に夏の顔をのぞかせていた。




2024.7/9  徳島線  牛島〜下浦  EOS6D 100-400mm

 キ、キマッタァ〜!! 念願の一枚を手にし安堵したのも束の間、ビデオカメラ用の固定具を調達せねばならない。同じクランプを探すより、安っすい三脚かフレキシブルなアームで固定するやつで十分だろう。ヨドバシもビックもない徳島県内。大手の家電量販店に行けば何とかなるかも知れないが、一番安くても数千円の出費になるのは痛い。自分の失態を恨んでいたが、今回限りの運用なのでもしかしたらハードオフなどに中古があるかも知れない。でも三脚ってごく一部の人間しか生涯関わることのないニッチな物品なので、フラッと行ってそんな簡単に見つかるのだろうか? 徳島市内の中古屋をいくつかピックアップしておき、10時の開店と同時に調達し残り時間はロケハンに充てることにしよう。まずは1軒目。市内中心部から5km程離れたハードオフへ。ゲーム機やら楽器やらが並ぶ店内を物色していると・・・、あった! 三脚のジャンク品がゴロゴロと無造作に積まれている。最安はなんと200円で思わず手が伸びそうになったが、クイックシューが付属しておらず他を探す。と、希望条件に当てはまった500円の三脚を発見。すぐにこいつに決め、無事1店舗目で目的を果たすことが出来た。さあ沿線に戻って元気にロケハン開始!かと思いきや昨日の夕方から何も食べていなかったので、また徳島ラーメンの気分になってきた。このハードオフから数百mのところに元祖と謳っている店を発見。11時開店まで近くのケーズデンキの駐車場で仕事をさぼって昼寝をしている営業マン達と一緒に日差しをしのぎ、店が開いたのと同時に入った。



 前回6月に喰った駅前のそれとは見た目は全く一緒だが、食してみると豚骨感はまるで無く、普通の甘めの味噌ラーメンという感じだった。でも旨いには旨いので満足して店を出、いよいよ徳島線沿線に繰り出す。今日も33℃に達する夏日だが、気になる撮影スポットではいちいちクルマを降り、確認しながらを繰り返し奥地を目指した。道中ポツポツと雨が降り出し、阿波半田駅付近で突然の土砂降りになった。ロケハンできる状態ではとてもなく、休憩に寄ったコンビニの駐車場から店内に入るだけでずぶ濡れになるほどだ。仕方なしにコンビニで調達したおやつを喰いながら車内のテレビを見ていると、地元のテレビ局が徳島駅前から中継をしており、その映像ではカラッカラに晴れている駅前の映像とともに、「現在気温は33℃!クーラーを入れるなどして熱中症予防をしてください」と、伝えている。たった50kmほどしか離れていないここ東みよし町は夕立の影響もあり気温は23℃。雨雲レーダーを見るとみごとに徳島県内陸部だけに線状降水帯が停滞しているようで、結局3時間も動けずじまいだった。これからの行動を思案した結果、雨雲が掛かっていない少し東へ移動してみることにした。10kmほど走るとすぐに雨雲は抜け、国鉄色編成がやって来る5号はこの辺で撮影しよう。本日の日の入りは19:16。5号の通過予定は18:45。30分と余裕があるように思えるが、ここは山間部なので微妙なところ。セッティングを開始し、今朝買った500円の中古三脚を展開すると・・・。至る所に蜘蛛の巣が張っており、エレベーターのネジの内側には、何かの虫のサナギが繭を作っていた。ウゲー、気持ち悪い。落ちていた木の枝でそれらを除去しビデオカメラをセッティング。当然チャチなやつなので少しでも力を加えるとグニャングニャンとたわみ実戦では到底使えない代物で、自分が高校生くらいの時に使っていたダイクマで買った激安の三脚の方がまだマシに思えた。まぁ今回のビデオカメラだけに使うものだし、帰ったら燃えないゴミにすぐに出そう。そう考えながら穴吹川の橋梁に陣を取り、背後の沈みゆく太陽を気にしながらその時を待った。




2024.7/9  徳島線  川田〜穴吹  EOS6D 24-105mm

 西日を浴びてオレンジ色に染まる情景を期待していたが、かろうじて残った太陽光が靄に阻まれて中途半端な色合いになってしまった。とりあえず初日は無事終了。それでは風呂に参ろうか。昨日は延々と移動日だったため、真夏にも関わらず1日風呂に入れていない。そのまま朝まで過ごせるスーパー銭湯のようなものは県内には無いらしく、いくつかの浴場を検索すると、割とここから近く、かつリーズナブルで気軽に入れそうな温泉があったため、どんなもんかと口コミを見て見ると、施設はちょっと古いが十分楽しめるといった高評価が多い反面、フロントのおばちゃんの態度が最悪などといった従業員のマイナス評価が多数あった。暗くなった県道をしばらく走り、その温泉施設に到着。石鹸が常設されていないとのことなので100円課金で入浴券と同時購入。経験上、浴場のくず入れを漁ると大体自分のような旅人とかが残した使いかけの石鹸が捨ててあるのだが、万一無かった場合のリスクを考えて先に入手することにした。態度が最悪な上に地元ルールを知らない一見さんは怒鳴らるということなので、緊張しながら恐る恐る入浴券と石鹸引換券を出すと、「あ、はぁ〜い。ありがとうございます!」とウェルカムな雰囲気。態度の悪いおばちゃんは今日は休みなのか、それともあまりの口コミの悪評の多さに改心したのかは分からないが、安心して2日ぶりに清潔な体になることができた。

 さてキレイになったところで本日のお宿はどうするか問題。車中泊でも全然いいのだが、睡眠不足もあり足を延ばして眠りに就きたい。とくれば徳島市内のネットカフェへGO。ナイトパックを選択し指定されたブースへ。入ったらまずは「ダニチェック」だ。以前とあるネカフェで一泊した際、体中に発疹がでてかゆくてたまらなかった経験があり、寝床周辺をよく観察すると、たくさんの小さな小さなお友達がお遊戯をしていたのだ。というわけでマットレスをめくってみると、あまり清潔とはいえないが動いているものはいなさそう。安心して持ち込んだビール2本を飲み干し歯磨きを済ませ、アラームをセットし横になる。・・・が全然寝付けない。寝不足のはずなのに少しも眠くないのだ。明日は日中の撮影後、自走して遠い帰路に就かなければならない。何としてでも少しは睡眠を取ろうと無理やり目を閉じてみても、全く堕ちることができず、とうとう朝5時になってしまった。もうこうなったら8時出発の予定だったが早めに出発し、運転していれば眠くなるに違いなく、そしたら車内で仮眠すればいい。すぐにチェックアウトとして吉野川上流を目指した。

2025.7/10

 やはり作戦は成功し、1時間ほど走行したところで睡魔を感じ、道の駅で3時間も車内で寝てしまった。もう頭はバッキバキにリセットされ1本目の撮影に望もうではないか。そうして到着したのは先月に撮影した辻〜阿波加茂間の吉野川バック。ただ前回と違い少し移動したサイドがキレイに写しこめるポイントだ。太陽の位置は・・・う〜んギリギリ側面まで陽は回らなそう。昨日とは打って変わってジリジリ照り付ける日差しに耐えながら1号の通過を待った。




2024.7/10  徳島線  阿波加茂〜辻  EOS6D 24-105mm

 個人的な嗜好だがやっぱり貫通幌がある方がディーゼル動車の武骨さを感じられて魅力を感じるのだが、無いなら無いでスタイリッシュな昭和の近未来を感じることができなかなかクールだ。さて結果に満足している場合でない。この列車はすぐそこの終点、阿波池田でたった15分の折り返しで4号として徳島へ向かうのだ。次に考えている撮影地にはカーナビの計算上通過10分前の到着だ。すぐに機材をしまい込み、東に移動する。流れの速い国道192号線だが、時折地方にありがちな本則▲10km/hの軽トラも現れるので油断はならない。幸いそのようなペースカーは登場せず、通過15分前に現場に到着することができた。しかし先ほどとは違い曇天模様。望遠で見下ろすとイマイチ大気がクリアではなかった。




2024.7/10  徳島線  穴吹〜川田  EOS6D 100-400mm

 穴吹の橋梁俯瞰。手前の民家や電線などをかわすのに苦労するが、カーブしたガーター橋と奥の穴吹駅の遠方信号機がいい味を出しており、晴れた日にリベンジ確定だ。さて時刻は間もなく正午。腹も減って来たし、次の3号までメシを喰うのにちょうどいいくらいの時間が開いている。何度も往復している国道192号線沿いでいつも気になっていた台湾ラーメンの店。個人的に2年ほど前からこの手のラーメン屋で喰う台湾ラーメン+チャーハンセットに目が無い。、よく郊外で見かける元コンビニを改装しド派手な看板のああいったお店。大体どの店も中国訛りの不愛想なおばちゃんがホールを担当しているが、安くボリュームもあり大体旨い。到着するとまだ平日の正午前だというのに店内は半分ほど席が埋まっており盛況なようす。早速台湾ラーメン+チャーハンセット¥980を注文した。



 ウマそうでしょー。ウマかったです。腹も満たされいよいよ午後の部に突入。台湾ラーメンから約10kmほど西に移動した跨線橋で3号を待つ。跨線橋のたもとは空き地になっており、昨日ロケハンした時はクルマも停めやすくマークしておいたのが、現地に到着するとスキマが全く無いほど10台程のクルマがみっちり停められていて全く余地がないのである。どうやら近くの寺で法要があるらしくこの混雑になっているようだった。なんとかクルマをねじりこませ跨線橋の中断にスタンバイ。古くから林業が盛んだったこの地域らしい貯木場をバックに狙えるスポットだ。




2024.7/10  徳島線  小島〜貞光  EOS6D 100-400mm

 紫煙を上げながら加速して行くディーゼルカーの姿を見ると、最新のヤツでも旧型のヤツでも、活きている機械を感じることができて幾つになってもワクワクする。環境問題?カーボンニュートラル?何それ?オレたちのパワーの象徴だぜ、とでも叫んでいるようだ。さて次の上り徳島行き6号まで2時間以上も時間が空いてしまった。6号撮影後はまた長い道のりを自走し明日の仕事に影響しない時間までに滞りなく帰りたい。なので今のうちに少しでも休息を取ろうと、炎天下の路側帯にクルマを駐車させ、滅多にやらないエアコンフルパワーで昼寝タイム。1時間以上熟睡に成功したところで最後の撮影に向かおう。ここから10kmほど東に戻った、短いトンネルに突入する瞬間を収められる地点だ。ただし両脇は雑草が生い茂っており、おいしい立ち位置となるとキャパシティは1〜2名程度になると思われ、30分前には到着。まだ先客はおらず安心して場所取りができるものの、そう言えば前回、今回共に同業他者がいたのは下浦の跨線橋だけで、それ以外でも沿線を何度も流していてもソレらしいお友達は全く出くわさない。自分としてはいつでも独占できるので助かるのだが、皆さん国鉄特急型最後の名車両の魅力を知らないんだろうか? まぁそれはそれで好都合なんだけど、と思いながらも、20年近く愛用している三脚と、最後の仕事をするブックオフ500円三脚を展開し暗闇の向こうから現れる光を待った。




2024.7/10  徳島線  穴吹〜川田  EOS6D 100-400mm

 最後のショットを決め満足し、さあいよいよ帰ろうか! 鳴門ICから高速に乗る。現在時刻は16時過ぎ。いつものペースだとETCの深夜割に掛からない時間の到着になってしまうため、残り距離と時間を常に計算しながら調整を続け、381やくも撮影の時と同じように、目的地である地元のICを0:01に通過することに成功した。振り返ってみて、やっぱりカッコ良かったキハ185・・・。残された余命は恐らく長くないだろうから、乗車と撮影、秋色に染まる吉野川沿いを行く緑の国鉄色キハ185も撮影したい。11月頃に再訪する予定だ。それまで無事国鉄色コンビが回ってくれますように・・。 

オマケ

 学生時代、サークルの合宿が高松・徳島であったため、当時現役であった高松・徳島ミニ周遊券を使用した。往復とフリー区間内では当時でも数少なかった急行に乗車でき、かつ西日本方面へはJRハイウェイバスも利用できたことから、ドリーム豊田で名古屋到着を遅らせ、東海唯一の現役急行であった「かすが」で奈良へ、新快速、マリンライナーで四国入りを果たし、坪尻での秘境駅寝。翌日は徳島線を行ったり来たりしながらどこかの駅間で急行「よしの川」を撮影したいと考えていたものの雨で断念。下記が唯一撮影した駅撮り急行「よしの川」になった。


当時の徳島線の優等列車と言えばキハ65+58の急行「よしの川」一択の時代。特急に格上げされるのは1999年のことだ。
1998,2/7  徳島線  穴吹?  EOS55 75-300mm