【首都圏プチ撮影ツーリング】 オカポンでEF64

2023.7/4

 この日、早朝に高崎線で某試運転列車が設定されたという情報を得ており、休みが重なったため出撃することにした。ネタの内容からするとどこもかなり人手が予想でき、場所取りのため早めに現着しておきたいことから、前日は少し早めに寝て、翌朝4時前に出発した。駐車場所や機動力のため今回もバイクを選択。ガラガラの環八と関越で快走を続け、朝の上り列車撮影の聖地、岡部〜本庄間、いわゆる「オカポン」に到着したのは通過予定とされるの1時間前だった。まだ6時前だが、この季節、昇ったばかりの太陽光が線路を照らしバッチリ順光。早くも期待が高まる・・・。が、現場に近づいている時から違和感は感じていた。


「誰もいない」     のである。

 今日走るとされている、EF64重連+12系5両がこの日照条件MAX状態のオカポンを通過するとなれば、平日でも20人や30人では済まないと思うし、加えてSNS等においても全く話題に上がっておらず、さらによくよく考えれば東京方面への通勤ラッシュで線路が混み合うこの時間帯に、わざわざ試運転を行うことなどするわけがない。というわけで期待値20%くらいで乗り込んで来たため、せっかくだから記念にと、労働者強制輸送列車を何本か撮ってみることにした。




10両編成がジャンジャカやってくる。この光線でロクヨンを頂戴したかった。
2023.7/4  高崎線  本庄〜岡部   EOS6D 24-105mm




通勤電車の合間を縫って金太郎もやってくる。

2023.7/4  高崎線  本庄〜岡部   EOS6D 24-105mm




そろそろ撤収しようかと思ってたら後追いでEF65もやって来た。。

2023.7/4  高崎線  本庄〜岡部   EOS6D 24-105mm

 1時間ほどここに滞在し、飽きてきた頃、背後にいるお天道様がいよいよ本気を出し、腕がじりじりとしてきた。今日の埼玉県北部の最高気温は33℃。7月初頭なのにさすがは日本一夏が暑い地域。少し避難しようと思う。実は今日、もう一つのネタが同じ高崎線であり、それがメインだったのだ。しかし当地通過予定はこれから7時間後。これだけ時間があれば赤城山とか浅間山とかツーリングするのも悪くはないが、早朝出発のためすでに非常に眠く、午後の撮影に備えてとにかく涼しく快適に、この白昼に睡眠を取りたかった。というわけでネットカフェを探すと、ここから3kmほどのところにあるではないか。早速向かい入会手続きを済ませ、与えられたテリトリーに潜入。料金システムがよく分からなかったが、1000円程度で昼過ぎまで過ごせそうだ。ガンガンに効いた冷房が少し寒いくらいだが、未明からの中距離走行後というのも相まって、2時間ほど完全に寝落ちしてしまった。目覚めてからもまだ時間は余りあるので、PCでストリートビューを検索し、過去寝たことのある駅寝駅の現在の姿を見たり、アマゾンで買うつもりのないどうでもいいものを検索したりして12時過ぎまで過ごし、熊谷まで出向いてお気に入りラーメンを喰っていると、そろそろな時間になって来た。今朝立った場所に戻ってくると、当然ながら太陽は線路の向こう側へ移動しており、薄曇りの逆光という何とも表現のし難いシチュエーションになっていた。と言うより・・・


「誰もいない」

 今朝と同じく撮影者が一人もいないのである。ここで明かすと午後のネタはEF64によるSL伴走車 オヤ12-1の回送なのだが、それほど珍しい物件ではないのだろうか? 少々不審に思いながらも某貨物系掲示板ではさっきから投稿があったり、すぐに消されたり、を何度も繰り返している。かつての特雪の時もそうだったが、意図的に情報を制限しようとしている独占厨(古い!)の仕業なのか。しばらく待っていると情報通り、無事EF64の前照灯が見えてきた。
 




回9830レ EF641053が充当。

2023.7/4  高崎線  本庄〜岡部   EOS6D 100-400mm

 本日の目的を果たし、ホッとしたのも束の間、気になって貨物カマ情報を調べていると、新鶴見所属EF65牽引による臨8876レが10分後に後を追っ掛けてくることが判明。しかし件の掲示板には8876レのカマ情報は投稿されておらず、そもそも運転されているのかさえも不明であったが、大丈夫。前日の運用から2085号機で来るのが確実であり、またその後の運用も決められていることから、ほぼ間違いなくやってくるはずである。2両用だったズームの画角を変え、再び臨戦態勢に入ったのだった。


曇ってしまった返空8876レ。行き先は千葉県 蘇我だ。

2023.7/4  高崎線  本庄〜岡部   EOS6D 100-400mm

 本日の撮影は終了したが、ネカフェでの休息が功を奏してまだまだ元気だったため、帰還に向けて一般道での南下を開始。大宮から首都高に乗る。C1が渋滞中だったため、今まで避け続けてきた真夏のバイクでのC2、山手トンネル通過に意を決して挑戦した。案の定、たった10km程度の灼熱のトンネルに体力を完全に奪われ、結局プラスマイナスゼロで生還を果たすことができた。