おっさんお思い付き一人旅。静岡鉄道で1000形を。

2021.4/19

 かつて転勤で住んでいた北陸地方の自分のアパートの近所に、ベトナム料理のフォーの店があった。ベトナム人がやっている専門店とかではなく、地元の農家団体がやっているような産直販売所に併設された食堂で、新鮮な野菜を使ったオーガニック?言ってみれば「意識高い系」の店に見え、当初はなかなか敷居が高そうでしばらくは利用することはなかった。しかし越してから半年ほど経って、冷やかし半分でその店舗を利用してみると、値段はどれも非常にリーズナブル。フォー一杯が\300程度に加え非常に旨い。さすがベトナムの国民食。パクチーも盛り放題だしすっかりファンになってしまい、月2くらいのペースで通っていた。

 んでその転勤が終わり、現在の居住地に帰ってからしばらく経ったある頃、急にフォーの味が懐かしく思い、近くにその系統の店舗は無いか探してみると、鎌倉にあるとのこと。早速次の休日に電車に揺られて訪れてみると、懐かしいあの味・・。値段はさすがに北陸のあの店の倍以上したのだが、ベトナム人店主の人柄の良さと味で、再訪を決めたのだった。しかし、ご主人おひとりで切り盛りされているらしく、いい意味で非常に提供に時間がかかる上、客席も少なく、また営業時間も短く、回転率が悪いことは明らかに見えた。そこへ新型コロナの蔓延で飲食店は苦境に立たされることになった。事実、行きつけのお気に入りのラーメン店も4店舗ほど廃業している。この味とご主人はリタイヤさせてはならない! そう決めて食べログに高評価したのはもちろん、月1のペースで通い続けた。そして今日、仕事の関係もあり3ヵ月も開いてしまったが、ある休みの日、久しぶりに訪れてみることにした。



 相変わらず美味かった。店主も自分を覚えていてくれて大変満足し店を出る。そして駅までの小町通りを歩きながらこの後のことを考えた。帰るのもまだ正午前だし天気も良く、このままぶらっとどこかにお出かけしたい。なんとなく鎌倉=江ノ電=300型でも撮影・・・と深く考えないまま家を出たので、傍らにはいつもの相棒デジ一。望遠も持ってきていないのでそれらしい所でそれなりの写真でも撮ろうとさらに歩みを進めると、急に今まで思いも付かなかった行き先が頭に浮かんだ。

静岡鉄道線

 なんで静岡鉄道が出てきたのか自分でも分からないほど、突然のひらめきだった。全く興味があった路線でもなく、地方都市内輸送に徹した地味な小私鉄。東海道線に乗った時しばらく並走する静鉄の線路を何度か見たことはあったが、わざわざ乗りに行くことは生涯無いだろうと思っていた路線だった。しかし最近カラフルな新造車が次々に甲種輸送され増備しており、今や貴重となった地方私鉄の自社発注の1000型は多分数を減らしているのだろう。というよりもう淘汰されたかも知れない。一旦この目で見てみよう、と思ったのは駅までの道のりの5分間のことだった。ではどうやって向かおうか。歩きながら乗り換え案内を検索すると、185系から置き換わったばかりの特急踊り子で西に向かうのも楽しそうだ。熱海で新幹線乗り換えか? いや、次の踊り子13号は修善寺編成も付属している便。三島からなら静岡までは特定特急料金のため新幹線はかなり安い。我ながらいい目的地と交通手段を思いついたものだ。早速鎌倉駅で静岡までの片道乗車券を購入。横須賀線に乗り大船へ。一旦改札を出て特急券を予約だ。平日とコロナ禍に加え、14両の長大編成のため座席は気の毒なほどどこもガラガラ。景気づけにエキナカコンビニでビールも買って踊り子号の到着を待った。・・・ところで生涯のほとんどをこの沿線で暮しながら特急踊り子に乗るのは初めてなんじゃないかい!? とここで気が付く。今日このひらめきがあと2か月早かったら185の特急に乗ることが出来たのに・・・と今さらながら後悔した。やがてやって来たE257系。中央線特急で活躍していた頃と違い、爽やかな装いに改められている。12:37 大船出発。見慣れた景色も特急車両の窓から眺めるとまるで別路線のようで新鮮だ。相模川を渡る手前ですでに500mlは完飲してしまい、少し眠くなりながらも小田原を過ぎ、いよいよ相模灘の絶景が広がってくる。寝てしまわないよう必死に睡魔と戦いながら熱海到着。伊豆急下田方面の編成を切り離し、そちらを先に発車させ、数分後、身軽になった我が修善寺編成は、昨今話題になっているバリアフリー非対応の来宮駅を通過後、丹那トンネルに吸い込まれた。




熱海で分割。下田編成を先に行かせる。




13:38 三島到着。伊豆箱根線内に乗り入れるために設けられた、名物の「ホームの途中から分岐するポイント」




車端部が接触しないようホーム一部が削られている。

 さて新幹線ホームに上がる。絶妙な8分乗り換えで1時間に1本の「ひかり」がやって来る。まさか踊り子からの接続を考慮されているのか分からないが、そういう利用もあるのかもしれない。¥990の特例の新幹線特急券を買い、喫煙ルームの乗車位置で待機。わずか14分の乗車時間で2本ニコチン摂取。静岡で下車した。静岡で下車したのは・・・たしか大垣夜行の長時間停車で改札周辺をウロウロしたことくらい。なので明るい日中の静岡駅は初めてだった。さて、静岡鉄道の「新静岡」駅を目指そう。「新」と付くことから新幹線の駅という訳でなく、かつて全国の軽便鉄道や地方私鉄の国鉄駅に隣接するターミナル駅によく冠されていた、新軽井沢、新小松、新黒井、新高岡などの仲間かも知れない。この静岡鉄道も軽便鉄道をルーツとすることからその名残なんだろう。大都会、静岡市街を少し歩き、バスターミナルや商業施設も併設されている、新静岡駅到着。ホームに上がると新しいA3000形電車だった。投入されたばかりなのか、新車の匂いが鼻を突いた。とりあえずこれに乗って新清水を目指し、すれ違う電車を確認し、1000形だったら撮影地でも探そう、とかなり行き当たりばったりな撮影となる。やがてインバーターの音を響かせて新静岡発車。そしてすぐに次の駅に到着。駅間はどこもかなり短く、10分ヘッドのダイヤということもあり、静岡鉄道線は都市内輸送に徹したLRT的な性格をもっているような路線だった。そうこうしているうち2本目、目的の1000形電車とすれ違った。この電車をどこかで降りれば20分後に1000形はやって来る。挙動不審になりながら車内から撮影ポイントを見つけ出そうとキョロキョロしていたが、どこも沿線の大部分が住宅地のようでなかなか踏ん切りがつかないまま、ついに終点新清水に到着するころになってしまった。すると到着寸前、大きな川をガーターで渡り始めた。鉄橋のたもとには小さな公園が。光線の位置もいいようだし時間的にここにしよう、と終点で下車した。駅前のコンビニで一服したあと、スマホナビの案内に従い大きく迂回し対岸へ。そこは小さな親水公園だった。しかしこの河川、河口から近いこともあって水は澱んでおり、どんなに真夏の暑い日でも、ここで水に親しむのには相当勇気がいりそうだ。ともかく間もなく1000形がやって来る時間だ。三脚も持ってきていないので手持ちで水平レベルに気を付けながら、その瞬間を待った。




2021.4/19   静岡鉄道 静岡清水線  新清水〜入江岡   EOS6D 24-105mm



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すぐ隣りには東海道線の鉄橋も。静鉄の何倍ものスピードで頻繁に211が駆け抜けて行く。
2021.4/19   東海道本線  清水〜草薙   EOS6D 24-105mm

 昭和40年代後半デビューらしい愛嬌のあるような無いような顔立ち。しかし側面をみれば東急7200系まんまだ。個性的な車両ではないかもしれないが、都会の大私鉄の譲渡車両が地方鉄道の主役になりつつある昨今、このような自社発注車両はもはや貴重な存在とも言える。今日動いている1000形はこの1編成のみのようで、今日思い付きでこの目的地を選んだ自分のセンスはさすがだ。さてもう一発やりたい。さっき乗っていて富士山も爆見えしていたので、少し開けているところを探して富士バックをやってやろう。と移動することにした。ここからは直線距離では新清水駅のほうが近いが、川を渡るために迂回しなければならないので、次の入江岡駅までしばらく歩く。極小の駅舎にむりやり設置された自動改札を抜けホームに降りると、東海道本線の線路と並走する狭い区間に設けられた島式の駅だった。



 やって来た青い編成に乗り、富士山ポイントを探し始めてすぐのことだった。さっきまであんなに晴れていたのに、恐ろしいスピードで西方面から雲が湧いてきたのだ。右手後方の富士山を見ると、その麗しの姿はもう虫の息。すぐに富士山は諦めて車窓を吟味するも、ダイヤ的に先ほど撮影した1000形とすれ違うところまで来てしまっていた。とっさにある駅で下車。県総合運動場という駅だった。しかし降りてみると目の前には東海道線、新幹線をまたぐための大きな築堤が。静岡鉄道の少ないお立ち台のようなところだったが、天気も天気だし時間も時間なので、今にも雨の降りそうな曇天の中、1000形を待機した。




2021.4/19   静岡鉄道 静岡清水線  古庄〜県総合運動場   EOS6D 24-105mm

 どんより作品を生み出したところで次の目的地に向かう。唯一の車庫があり工場も併設する、静鉄の中枢ともいえる長沼だ。さきほどの総合運動場から2つほど行った長沼で下車。構内の様子をうかがってみることにした。



 こじんまりした敷地内に色とりどりのA3000形。各カラーには静岡の名産品がモチーフになっており、たとえば緑はワサビ、赤はイチゴ、黄色はミカン、といった具合でなかなか楽しい。気になる1000形はちびまる子ラッピングが1本。屋根付きの小屋に1本。その隣に編成分割された1本。そして今運用中の編成を加えて4本在籍しているっぽい。恐らくほとんどが日中は稼働していないだろうから、終焉もいよいよといった感じだろうか。
 
 今までほとんど興味のなかった路線を、思い付きで体験できてなかなか良かったお出かけだった。2発も撮ったし十分だろう、と新静岡に戻ることにした。メシでも喰って帰りは何で帰ろうか? 新幹線に乗るほど急いでないし、在来線のロングシートに正規運賃を払ってまで長時間乗りたくない。そうだ、高速バスにしよう。早速調べてみるとコロナの影響で減便されているものの、夕方に一本だけ上り便があった。しかし出発までメシを喰ってても大分時間が余ってしまう。ならばもう1回、静岡市の中心部を行く1000型を撮影してみることにした。完全なるパターンダイヤなので運動公園で見送った1000形が戻ってくる時間は分かっている。しかしさすがに繁華街の中心部とあって道行く静岡市民の多いこと。下校途中の学生、買い物客・・・。当然ながらこんな中で一眼を取り出して待機する、なんて勇気は持ち合わせていない。でも周りの人々は多分一生出会わない人たち。ならば小心テツを発動してしまったからには、通過30秒前に定位置につき露出、構図を決めるしかない。それまでの間、コンビニで買ったファミチキをクチャクチャしながら線路に近づき、待ち人なんかのフリをして横目でアングルを考える。そうこうしているうち、隣りの日吉町駅を出発する1000形が遠目に見えた。すぐに体勢を整えた!




2021.4/19   静岡鉄道 静岡清水線  日吉町〜新静岡   EOS6D 24-105mm

 無事、新静岡に到着する電車を撮影したのちすぐに機材をしまい、秒速で街行く一般静岡人に同化し、何事も無かったかのようにその場を立ち去る。しかしその去り際、駅ビルのホームから折り返してくるシーンも頂きたいと、もう一度先ほどの「30秒準備 撮影 15秒撤収」をやってみることにした。




2021.4/19   静岡鉄道 静岡清水線  新静岡〜日吉町   EOS6D 24-105mm

 あー終わった終わった。今度もまた一般市民に擬態化し、速足でJR静岡駅へ向かう。早速メシだ。名物の「静岡おでん」とやらでこの旅を締めくくりたい。しかし駅までの繁華街、駅ビル内の飲食店街、いろいろ探索してみたがどうしてか庶民的な価格の店舗が見つからなかった。勝手に、市民から愛されている手軽なソウルフード、B級グルメ的なものと思っていたが、どうもそうではないらしい。探せばあるのだろうがそこまでの時間はなく、比較的敷居が低そうなある店舗の暖簾をくぐった。



 つゆは少な目で魚粉を付けて食すものらしい。一番安かったシラスのお茶漬けと静岡おでんセット、中ジョッキ2杯でなんと3000円オーバー!!! お茶漬けは美味かったのだが、肝心の・・・は・・・・だった。完全に観光客設定の店舗のようだった。さていよいよ時間になって来たので駅前のバスターミナルへ。コンビニでも500のスーパードライを仕入れバスに乗車。道中半分ほど寝て過ごし、気が付けば厚木を過ぎるころだった。都心のバスターミナルまでは乗らず、途中の高速バス停である「東名江田」で下車し15分ほど歩いて田園都市線のある駅へ向かい、今回の思い付きの旅は終了となった。何かの回でも申したが、「思い入れもへったくれもない」電車ではあったが、食・テツ・酒を充分に堪能し、明日への活力が湧いてきたところで今回のレポートは終了とする。