ついに逢えた・・ 国鉄型気動車の聖地へ。いすみ鉄道キハ52+28

2021.5/8

 こんなに心待ちにして休日を向かえたのはいつぶりだろうか。連休も明けた5月の最初の土曜日、久々に週末を一日休みにしておいた。よくよく調べてみるとカレンダーの赤の日に仕事を入れなかったのは、何と7年ぶりということが分かった。多くの一般国民向けの娯楽の多くが週末開催。という訳で、近くても長らく訪問することのできなかった「いすみ鉄道」の国鉄型気動車の営業運転を初めて撮影してみることにした。かつて大糸線で運用されていた国鉄型気動車キハ52をいすみ鉄道に譲渡され、初めて試運転を行った2011年4月に撮影に向かったことはあった。その後、高山線で最後の活躍を続けていたキハ28も仲間に入り、土日祝に1往復、その2両が手をつなぎ観光用の急行列車として運転されてきたが、平日休みのエッセンシャルワーカーの自分としては近くても遠い、憧れの物件だった。いよいよ彼らに逢える日が近づいてくると、大人気なく指折りその日を待っていた。

 当日、朝から雲一つない快晴。予報は一日中晴れのようであるが、前日降った雨と、最高気温が夏日になるとのことなので、昼頃には雲が湧くという、いつもの展開になるのであろう。バイクで自宅を出発。目指す急行列車は拠点である途中駅、大多喜を正午前に出発するが、ある程度現地の土地勘はあるものの、久々過ぎだったので早めに現地入りしてロケハンをしてみたいと思い、列車の動き出す2時間ほど前に大多喜の街に到着した。まずは腹ごしらえ。街の中心部のすき家で朝っぱらから牛丼を喰らい、バイクを停めては観察をくり返し、何駅か進んだ国吉駅までやって来た。



 いきなりのキハ30! 元久留里線のキハ3062だ。2013年1月。所属の木更津からここ国吉までの配給回送を追った経験があるが、まさかあの深夜に据え付けた場所とほとんど変わっていないままだった。すでに活躍を始めていたキハ52、キハ28に続く第3弾として譲り受けた国鉄型通勤用気動車だが、活用方法を見いだせないままここに放置されてしまっているのか、それとも部品取り用にストックしているのか、でも52、28とエンジンは違うし・・・、とは言え最近塗りなおされたようで、随分塗装がキレイだ。一枚だけその懐かしい車体をカメラに収め、今度は上総中野方面まで足を伸ばしているうちに、いよいよ本番の時間となって来た。田植えの終わったばかりの水田を手前に三脚を用意していると、後から2名ほどの同業者の方がやってこられた。自分より一回り以上に年上に見受けられるその方。「隣り、お邪魔しますよ〜」と物腰柔らかく笑顔で挨拶されてこられた。表情といい仕草といい、何か人柄がよく現れている。殺伐とした昨今、ああ、自分もこんな人当たりのいい人物になりたい・・・、と尊敬の眼差しで見ると同時に、日頃の自分の言動を省みた。




2021.5/8  いすみ鉄道 いすみ線  城見ケ丘〜上総中川   EOS6D 24-105mm

 やはり出発時の予想通り、いつの間にか薄曇りになっており、水鏡も今一つな感じになってしまった。にしても!! 自分にとっては約10年ぶりに再会した国鉄色気動車。オリジナルのDMH17のエンジン音と、通過後にほのかに香る排気ガスの匂い。東北、新潟、紀勢、北陸、山陰、四国など、全国を巡っては追いかけ続け、青春?を捧げてきた美しき国鉄色。懐かしさのあまりいろんな感情が混じり合い、もう何と言ったらいいのか、自分の語彙力では表現できない。隣りで撮影していた先ほどの方も満足しておられたようで、「お疲れさまでした〜」とまた爽やかな笑顔で去って行かれた。さて感慨に耽ってはいられない。追っ掛けるのだ。種別は急行と掲げているものの、観光列車であることに変わりはなく、普通列車以上の所用時間で、さらに途中の国吉駅では上下ともに10分程度の停車で撮影タイムも設けられているようだ。すぐに追尾を開始する。が、この国吉から先の区間につては今日はロケハンしておらず、過去の経験と長年の勘だけで次の撮影地を探さなくてはならない。しばらく走り小高い丘を越え、海の気配が感じられるようになった大原市街手前まで来てしまった。遠目に見える踏切で何人かの人影が。すぐにその踏切近くで設営をした。




2021.5/8  いすみ鉄道 いすみ線  上総東〜西大原   EOS6D 100-400mm

 このいすみ鉄道急行列車は、土日はヘッドマーク付き、祝日はヘッドマーク無しで運転されるとのこと。個人的には「無し」のほうが好みではあるけれど、祝日を休みにするのはかなりハードルが高く、夢のまた夢になるのであろう。それまでこのキハ達が元気であることを願わずにはいられない。ところでご存知の通り、両機は国内最後に稼働する、ただ1両づつ残された形式の車両である。キハ52-125は、元JR糸魚川車両センター所属の1965年製。晩年は青+黄褐色に塗られ、自身大糸線で何度も撮影と乗車をしたことがある。そしてペアを組むキハ28‐2346は日本最後のキハ58系列の活躍の場であった高山本線富山口のラッシュ運用に就き、こちらは紫の高岡色と呼ばれる塗色を纏っていた。製造はさらに古く1964年製。いずれも戦前に設計されたエンジンをルーツとするDMH17系が搭載されており、現在では交換部品などもかなり限られているようで、故障、即運転終了となりかねないと聞いたこともある。そういう理由からか、スピードも出さず週末のみ日に1往復だけに限定し、大切にしているのかも知れない。

 さて、返しの下りの撮影地でも探そう。今度は52が先頭でやって来る。こちらも追っ掛けを考慮し、なるべく大原側で1発目を頂きたい。




2021.5/8  いすみ鉄道 いすみ線  西大原〜上総東   EOS6D 100-400mm

 こちらはキハ52導入10周年のHMが付けられていた。タマらない人にはタマらないのだろうが、何度も言うがカン無しと、あと貫通幌アリが自分的には好物だ。

 そういえば、今日このいすみ鉄道を訪問する前、当然ながら現地の人手を予測していた。もしこの編成がリバイバル急行○○!!とか銘打って新潟周辺や山陰地区で運行されれば、恐らく死人が出るほどの騒ぎになるのだろう。一方いすみ鉄道は全長30km未満の短い路線。長大路線とは異なりテツが散らばらずギュっと濃縮され、また首都圏に近いことから全線に渡って撮影者があふれているものだとばかり想像してきた。しかし実際は、各スポットにパラパラいる程度、追っ掛け組も3〜5台未満といったところ。乗客も見た限り各車両共に10人以下の様子。週末だけとはいえ定期的に動いていることから毎週こんなものなのだろうか。週末休みの諸君! 勿体なさすぎる! こんなありがたいことはないのだぞ!! 毎週走っているからいつでも行ける? 何言っちゃってんすか? もし自分が今の仕事を辞めたら月イチで訪れるだろうし、しかも隔月で乗りに来ることだろう。再会は何年後になるか分からないし、訪問出来たとしても車齢50年以上のキハたちは存命でないかも知れない。なので今回は一生の想い出になるであろうことから後半戦の気合が高まる。この撮影した2021年当時は、執筆中の現在2022年と急行のダイヤが大きく変わっており、後半の下り列車がそのまま上総中野へ直通する設定だった。というわけで下り列車を撮影後追尾し、大多喜を過ぎ、定番中の定番、大多喜城バックに到着した。超有名なアングルだがここも撮影者は自分独りしかおらず、また「こんなにありがたいものを・・」と考えながらその瞬間を待った。 




2021.5/8  いすみ鉄道 いすみ線  大多喜〜小谷松   EOS6D 24-105mm

 撮影後、上総中野からの折り返しの撮影地を考え始める。まだ時間も余裕あるし、バイクで適当に流しながら見つければいいと思っていると、川沿いの雄大なカーブの連続する国道465号の快走路っぷりに、ついついスピードが出過ぎてしまい、いつしか列車を追い越してしまったことが判明した。そうとなれば当然迎撃だ。しばらく走り国道からふと入った駅近くの小径は、まさに芝桜の咲く順光側の素敵なインカーブの撮影地だった。こちらは同業者10名ほど。他にもツーリング中のライダー数名が待ち構えている。時間も迫っているので手際よく準備を始めた。




2021.5/8  いすみ鉄道 いすみ線  総元〜西畑   EOS6D 24-105mm

 では終着、上総中野を目指そう。折り返し10分ちょっとの雰囲気を味わいたいと思う。ちょうど接続する小湊鉄道車もやってくるので、60年代気動車の共演が見られるはずである。









 山間の終着駅に2社3形式の昭和生まれの気動車が並ぶ。小湊鉄道のキハ200も、当時の国鉄型と共通の設計思想で製造されているため、佇まいはまさに”国鉄”といった感であり、さらに積んでいるエンジンもキハ52 28と同型のDMH17系列だ。「カランカラン・・・」という独特のアイドリング音が響き渡る10数分の夢のような出来事に充分に癒され、駅から少し離れた場所に移動する。10年以上昔、自身、かつて全国でその姿を追ったキハ58のご尊顔を、最後の想い出として記録したかったのだ。




2021.5/8  いすみ鉄道 いすみ線  上総中野〜西畑   EOS6D 100-400mm

 大多喜以北は急行料金不要の普通列車として運転されるのだが、幕もちゃんと「普通」と表示を変えているのも、なかなか拘りがあって感心させられる。個人的には「急行」幕の方が美味なのだが、こうして60年代から70年代にかけて、キハ52+28は全国の非電化路線の近代化に大きく寄与したものの、最期の一両となって眼前で稼働していることにただただ有難いという言葉以上のものが出てこない。感動を胸に最後の撮影地に向かうべく、ディーゼルの排気の後を追った。




2021.5/8  いすみ鉄道 いすみ線  小谷松〜大多喜   EOS6D 24-105mm

 小さな鳥居と小さな祠。その傍らには一本の銀杏の樹。まるでおとぎ話のようなこの場所は、「イチョウ祠」と呼ぶらしい。そのシンボリックなこのイチョウ祠に奇跡の編成がゆっくりと通り過ぎる。本当に忘れられない幸せな休日になった。この2人が現役なうちに是非再訪したい。例の関係各所への配慮と調整を模索し、用意周到に機会を窺うしかなさそうだ。今日はたった3時間ほどであったが、このような体験をさせてくれたいすみ鉄道に表敬し、ささやかながら大多喜駅で入場券などを購入し、海を渡ってこの短い旅は終わった。

【後日談】
 この撮影から1年後、突如としてキハ28-2346が2022年11月をもって引退すると公式発表があった。古すぎる走行用エンジンと冷房用エンジンの修繕部品の確保が困難なこと。車体艤装の修繕に多額の費用がかかり、その額は年間の運賃収入を上回るほどということが理由とされている。走行用のDMH17エンジンは、JR東日本からの譲渡で廃車になりそうな小湊鉄道キハ200の物を譲り受けたり、また相棒のキハ52の2つのエンジンのうち1つをスワッピングすれば何とかなるだろうし、極論、エンジンをおろして非動力車でもいい。また冷房用エンジンはいっその事、非冷房車として走らせ、往時の汽車旅の再現と銘打てば話題を呼ぶかもしれない。水島臨海鉄道のようにクラウドファンディングも成功しそうな気もする。でも簡単にそうもいかないのであろう。安全が絶対である鉄道車両を維持管理するには、素人には想像もつかない困難が色々あると思われる。「いつか近いうち・・」と思っていた再訪にタイムリミットが出来てしまった。そして決断した。「青春の思い出を一層豊かにしてくれた、キハ28の本当の最後に立ち会いたい」 イチ鉄道ファンとして、これだけは必ず果たすつもりでいる。