積年の念願叶う。年に一度の「越前大野工臨」

2021.6/24

 かつて仕事の関係で福井県に住民票を置いていた頃があった。移り住んだ時、すでに485系や寝台特急「日本海」などギリギリ間に合わなく、地の利を活かした国鉄型の撮影は、遠く足を延ばさなくてはできない時代になっていた。しかし、時折レール輸送の工臨は地元北陸本線を往来していることは承知していたのだが、その工臨の中でも最も敷居が高いと思われる、越美北線に乗り入れる、通称「越前大野工臨」だけは、福井に居を構えている間に絶対に収めておきたいブツだった。年に一度だけ初夏に設定される工臨。4回ほどチャンスはあったのだが、1回は運転を知ったのは後日になってから、他3回は運転日を掴んでいたものの出勤日になってしまい、泣く泣くかの地を離れたのだった。あれから3年、今年も越前大野工臨運転の情報が入って来た。偶然にも仕事は休み! あとは当日の天候だけを祈って、その日を待ちわびた。

 前日、仕事が終わりシャワーだけを浴びて、用意しておいた機材をクルマに放り込み、22時半、出発。福井に住んでいたころは、当時の自宅から30分圏内のエリアだったのが、今や500kmの大移動となる。無理せずとも朝イチの新幹線+しらさぎ+レンタカーでもギリ間に合うのだが、もしウヤだったら、雨でも降ったら、と考えると、なんとしてでも自力で現地入りしたほうが良さそうだ。東名を御殿場まで走り、新東名へ。すると今までは静岡県内西部に限られていた120km/h規制が、いつしか新東名に入るなり解除されており、その恩恵を存分に受けて距離を稼ぎ、全く眠くなることなく静岡横断に成功した。さて、今回のルートだが福井市街が目的地ではなく少し内陸に入った大野市。よって大回りとなる北陸道ではなく、東海北陸道で北上し、白鳥IC〜油坂峠を越えて目的地に入ったほうが、距離も100km近く短くなり、また高速料金も安い。新東名〜東海北陸へは名古屋市街を抜けるのではなく、東海環状道でショートカットすればなお近い。しかし、頭に入っているつもりだった東海地方の高速道路ネットワークがいささか曖昧だったこともあり、あろうことか分岐すべきJCTを通過。トラックも多くなかなか速度を上げられない東名本線に入ってしまった。何たる失態。仕方なしに名古屋市街を抜け一宮からようやく東海北陸道に乗ることが出来た。損失距離20km! まぁでもここまで120km/h制限のおかげで大分時間的余裕も出来てきたので、焦らず安全運転で向かおう。やがて白鳥ICで流出。日本離れした豪快なセミループで駆け上がる油坂峠を越え、懐かしい2年ぶりの福井県に入った。何度も通った真っ暗闇の九頭竜湖沿いの国道158号を進み、今日の目的地であった道の駅「九頭竜」に到着したころには、少し空が白んできた。工臨は11時頃福井出発なので6時間くらいは仮眠ができそうだ。

 翌朝、眩しいほどの日差しで目が覚めた。太陽はOK。あとは運転があれば目的達成である。道の駅のトイレで洗面を済ませ、下界に降りる。かつてこうして休みの日などはこの国道158号で九頭竜湖までドライブやツーリングを楽しんだものだ。何度も通った九頭竜川沿いの道はやがて盆地の大野市街へと下って来た。バイパスで市街を通過し、第一の撮影地として決めていた沿線随一の撮影地、第6足羽(あすわ)川橋梁へと向かう。工臨通過前2時間での到着であったが、すでに10名ほどの同志たちが場所取りをされていた。対岸の堤防沿いの道からの撮影地なので、キャパはかなりあり、100名は余裕で収容できそうな場所ではあるが、心配していたのは駐車スペース。出発前にストリートビューで確認しておいたところ、何10台も停めらるような場所はなく、そのためスペース確保と、この先の追っ掛け発動に有利なように、このように2時間前に現地入りしたのである。さて、セッティングも済ませ完全にやることがなくなってしまった。日差しは徐々に強さを増しており、じっとしていても汗が滴り落ちる。体を省エネモードにしてなるべく動かないように、三脚の前で胡坐をかき、しばし瞑想に耽る。そして寝落ちする寸前、唯一の練習列車、726Dが大野方面からやって来た。
 




2021.6/24  越美北線  市波〜小和清水   EOS6D 24-105mm

 いいね! この後、この越美北線らしい最高のロケーションの中をDE10の牽く工臨がやって来るのだ。といってもあと1時間後。もう一度瞑想に耽り、しばらくして周囲が騒がしくなってきたので活動開始。すでに30名以上の大集団になっていた。暇つぶしに見たツイッターでは、北陸本線で撮影後、こちらに転戦してくる追っ掛け組もいるようで、直前にはかなりの騒ぎになるのだろう。またこの先の美山駅では旅客列車退避のため15分程度の停車があるため、自分含めてほとんどが追っ掛けを敢行するに違いない。やがて遠くの踏切がなり、いよいよその時間。現場に緊張が走った。




2021.6/24  越美北線  市波〜小和清水   EOS6D 24-105mm

 11:31、工9731レ通過。非電化ローカル線を往くDE10+チキ2B、それに年1回という貴重な光景を眼前に、身の引き締まる思いがした。さてこうしてはいられない。工臨が橋梁を渡り終えるや否や、すで多くの人々が機材を撤収し、かつての鈴鹿8耐のように各自のクルマへとダッシュしている。自分はビデオも回しているので完全に出遅れたものの、好位置の駐車が功を奏し、先頭第2集団に加わることができた。この複数台による集団キャノンボール、いつぶりだろうか? 最後は確か磐越西線迂回石油臨以来かもしれない。そう考えながら東へと進んでいると、左手に美山駅に交換待ちで停車している工臨の姿が見える。すぐに国道を左折し、続々と集結する追っ掛け軍団のクルマに混ざり、河原の広場へなんとか駐車することに成功した。工臨の停車時間は16分。すぐに立ち位置を決定してスタンバイ完了。少し怪しくなりだした雲行きを懸念しながら、まずは交換相手の728Dをテスト撮影した。




2021.6/24  越美北線  美山〜越前薬師   EOS6D 24-105mm




2021.6/24  越美北線  美山〜越前薬師   EOS6D 24-105mm

 美山を出た工臨は、この後目的地の越前大野までノンストップで向かうことから、追っ掛けはここまでと決めていた。しかしのんびり撤収する自分を横目に多くの同志たちは再びクルマに飛び乗り、猛烈な勢いで次々と出発してゆく。線路はこの先小さな峠で大野盆地へ降りていく。峠越えの勾配で速度が上がらず、追っかけが可能なのかも知れない。そう思い立ち自分もすぐにこの先を目指そうとしたが、クルマの停め位置を当然考えていなかったものだから完全に出遅れ、「あわ良くば」精神でさらに東に進んだ。峠を越えると雄大な大野盆地。遠目にはキレイな築堤を駆け下りている工臨の姿が見て取れた。あと2分早く出発していたら・・・、と思う間もなく越前大野駅に到着。入場券を買い駅構内へ。すでに工臨は到着しており入替が始まっている。まずはDE10を切り離し機回しして福井方へ連結。そのまま一旦引き出し側線へ転線する。この後、単機回送でDE10は南福井へ帰るようだが、実はこの単回の時刻を把握しておらず、出発の気配を感じたら先回りしようとだけ考えていた。




一旦機関車を切り離し九頭竜湖方面へ。折り返し構内踏切を渡り上り線へ転線。




停車し福井方面の踏切が閉まるのを待つ。




折り返し編成の福井方へ連結。機回し完了。




車票。2日前に安治川口で出荷されたレール。




再び福井方踏切を塞ぎ、側線へ推進で押し込む。ここで機関車を切り離し出発の時を待つだけだ。

 入替作業をひとしきり見学し終えると、気が付けばあれほどいたギャラりーのほとんどは姿を消してしまっていた。単機回送を押さえるためにすでに沿線に散っていったのだろう。当方、単回時刻は分かっていないが、雰囲気からすぐに発車のような気配がある。すぐにクルマに戻り国道へ発進。と言ってももともと撮影の予定はなかった単回なので撮影地など全く考えていない。しばらく走り大野盆地を脱出する峠を越え、線路を振り返ってみるとトンネル飛び出しカーブが見え、付近に駐車。撮影箇所を定めようとするが先客をどうしてもかわすことができなく、数分間小さな移動を繰り返していると、突如トンネルからヘッドライトが現れた。三脚もビデオも用意する間もなく、咄嗟に露出と構図を決め、手持ちで迎え撃った。




2021.6/24  越美北線  牛ケ原〜計石   EOS6D 100-400mm

 単機になり身軽になった機関車はそこそこのスピードで坂道を下ってゆく。さすがにどこかで停車してくれないと追い越せないのだが、沿線の撮影班の皆さまは続々と国道に集まり追っ掛けを始めていった。どこかで交換待ちなどでしばらくの停車があると予想できるが、対向列車の時刻など調べている余裕は全く無い。あるとすれば往路と同じく美山。しばらく機関車と均衡したスピードで追いかけながら美山駅に近づくと、DE10がアイドリングをして交換相手を静かに待っていた。




2021.6/24  越美北線  美山   EOS6D 24-105mm

 撮影ついでに駅時刻表を確認すると、間もなく下り列車がやって来る時間だ。大慌てで出発。しばらく距離を稼いだところに俯瞰気味で撮影できそうなスポットを発見。即決してカメラを取り出し準備に取り掛かるや否や、DE10通過。しかし速度はかなり遅く、これならこの先のバイパスを使えば追撃が可能と判断し、カーナビを駆使しながら撮影ポイントを探すも、どうやら時間切れ。適当にクルマを投げ捨てた道路脇から適当に単機を撮影した。




2021.6/24  越美北線  撮影場所不明   EOS6D 100-400mm

 と、こんな感じで怒涛の一日が終わった。復路の回送はもともと撮影予定ではなかったので、まぁ撮れてラッキーと思っていたが、気が付けば大分福井市街近くまで来てしまっており、帰路は往路と同様、油坂〜東海北陸道経由で時短を狙っていたのだが、ここまで来てしまったからには、もう山越えをする気力は残っておらず、福井市内まで走り、給油の後、北陸道で道を辿ることになったのだった。懐かしい市街地を走りながら、いつかコロナが終息を迎えたら、のんびりと想い出巡りをして、お世話になった懐かしい人たちに逢ってみたい、と考えながら長い長い道中、思いを馳せたのだった。