冬の札沼線末端区間へのいざない ・・・こんな最後になるとは・・・

2019,12/16

 11月の終わりころ、なんとなく航空券の価格比較サイトを見ていた。今まで撮影行では、ほとんど思い付きか直前になって出発を決めていたりした。飛行機に乗るときもいつも直前に席を押さえていたりしたので、正規運賃、つまり時刻表に掲載されているそのままの高い航空券を購入していた。しかし比較サイトによれば需要の高い路線はそれなりの価格だが、海外の地方空港とか結ぶ路線、例えば成田〜韓国の大田(テジョン)とか4000円で行けちゃうらしい。踊り子号に乗って下田に行けばそんな値段。気になって国内線の他の最安値も見てみるととんでもない金額で投げ売りされているようなものもあった。さらにいろいろ調べてみると、羽田〜旭川が13000円と出てきた。列車の半分じゃないか! 驚きながらも、特にその時は気にも留めなかったが、調べながら無意識のうちにある計画を立てていた。実現可能かある程度組み立てて、可能と判断。12月中旬ころに3連休が取れそうなので、旭川往復の格安航空券と、これまたレンタカーの価格比較サイトで調べそのまま予約完了。2週間先の旅行の予約をするなんて人生何度目か。早割の威力に感動しながらその出発の日を待った。

 一番電車で羽田空港へ向かう。乗るべきエアドゥ旭川行きは7:10発だったが、30分ほど前に到着した。搭乗手続きを済ませ、まだ時間もあり腹も減っていたので売店でサンドイッチを購入し、旅の期待にニヤニヤしながら食べていると、間もなく保安検査場の締め切りとのこと。マジかい! 食べかけのもう一切れのサンドイッチを他の手荷物と一緒にX線検査用のトレーにそのまま載せ通過。やはり毎回のことだが、三脚を取り出すよう促され、混雑する検査場で大衆の視線を浴びながら長さを測られるという羞恥プレイもあったが、無事搭乗の手続きが完了した。



 予約の際、座席位置も選べたので当然窓際。こういう趣味を嗜んでいると、下界に見える地形がすべて脳内の地図帳に合致していくのが面白くて全く飽きない。霞ヶ浦、猪苗代湖、飯豊山、磐梯山、男鹿半島、鳥海山、十和田湖、夏泊半島・・・。そこまで追ったところで津軽海峡に出ると、地上は完全に雲に覆われてしまい雲海の上を進む。どうやら現地は曇天のようだった。そして8:45、氷点下5℃の旭川空港到着。ターミナルビルのカウンターでレンタカーの受付。待っていてくれたのは指定したノートe-POWER。これも事前予約のため、シリースハイブリッドが2泊で\12000だった。早速市内に向かう。前日に積雪があったようで幹線道路もアイスバーン状態。今季初の雪道走行なので慎重に走っていると、市内にラーメン山岡屋に遭遇。直感で立ち寄り、まだ9時過ぎというのに大盛ネギラーメンを食してしまった。罪悪感を少々感じながらも一般国道で目的地を目指すが、寝不足と満腹感もあって強烈に眠気を感じ、道沿いのパーキングスペースで1時間ほど昼寝をしてしまった。目覚めてからしばらく走り目的地手前の滝川市内に入ると、カーナビで探しておいた書店に向かう。自身、時刻表でも貨物の方は常に最新のものを所持しているのだが、旅客は最近ほとんど使わなくなってしまったため、「普通」の時刻表なるものをここ数年購入しておらず、それを手に入れるために立ち寄ったのだ。時刻表はすぐに見つかった。が、お値段¥1200! いつの間にそんな高くなっていたのかと驚き、しばし迷う。今回知りたい情報は1路線のみ。そのためにわざわざ・・・と思い、そのページを写真撮って・・と一瞬よぎったが、モラルに反する。諦めてそのまま書店を出て滝川駅に向かい、みどりの窓口でそのページのみ画像に残した。そして正午前、ようやく目的地の沿線に到着。まず最初に立ち寄った駅は札沼線、下徳富(しもとっぷ)という駅だった。



 かつて有人駅だったころの面影を色濃く残す駅舎。入口を入って右側が待合所、左が事務室と宿直室だろう。北国らしくストーブの煙突もあり、現在となっては数少ない、昭和中期に建てられたと思われる典型的な北海道の駅舎が残存していることが嬉しかった。数年前訪問した廃止直前の江差線、留萌線にはこのような駅は存在せず、20年以上昔たどった、政和、鷹泊、添牛内など、かつての深名線の駅を思い出させてくれる。しかしこの駅を発着する列車は1日1往復のみ。札沼線末端部の運用や、終着の新十津川駅ばかりに注目が集まってしまうが、途中駅にはこんな魅力ある駅が存在する。1日1往復なので乗りテツの皆さんにとっては難易度の高い訪駅になるのだろう。中に入ってみると懐かしい、木とモルタルと鉄と油の混じったような独特の匂いがたまらなく懐かしかった。




寒々としているが、かつては列車到着前、賑わいがあったのであろう待合所。




左の窓口跡と右の小荷物窓口跡。宅配便が普及する以前は、全国の駅間で小口の荷物輸送を行っていた。




この扉は何だろう? 煙突のスス掃除用の窓か?




ホーム側。閉塞機が置かれ信号扱いもしていた交換可能駅だったようだ。

 滞在した数十分。存分にその雰囲気と匂いを愉しんだ。しかしこの駅が駅として役割を果たすのは1日2回のみ。まだ正午頃であるが、すでに本日の運行は終了しているのだ。

 今回の旅の目的は、2020年5月に廃止が決まっている、この札沼線末端区間。札沼線自体は、浦臼〜新十津川間が、先述したように1日1往復の日本一の超閑散路線として名を馳せる一方、起点の札幌側では最新鋭の電車が15分毎に行き交う近郊路線というギャップのある路線。また札沼線というの名前の由来も、石狩沼田まで結んでいた名残という話も同様に有名だ。

 末端部はこの本数故、愛好家の多数はこの貴重な列車を乗ったり撮ったりするには、どうしても、というか当然終着の新十津川駅は外せないようで、かく言う自分も列車の時間に合わせて新十津川を訪問したことは過去に数度あったのだが、今回は途中区間に着目することにしたのだ。と言っても札沼線についてはボヤっとした知識しか持ち合わせていなかったので、出発前に少し調べてみると、初めて知ったのだが、どうやら来年廃止になるのはこの日に1往復の浦臼以北だけではなく、電化区間の終点である「北海道医療大学駅」から新十津川間47.6kmとのこと。北海道医療大学〜浦臼間は少ないものの日に6往復程度列車があるので、これをメインに撮影してみようという計画だ。以前訪問した時の印象では、石狩川流域の起伏の少ない田園地帯を一直線で貫くだけのイメージだったが、実際、撮影地や沿線の写真などを調べて見ると、やはり「それなり」のポイントしかなかった。しかしながらこの下徳富のような、昔ながらの風情を残した駅が点在するということなので、こちらも楽しみでしょうがない。早速次の駅に向かう。





 下徳富から南へ一駅。その名の通り「南下徳富駅」。ホームだけの仮乗降所タイプたっだ。仮乗降所とは国鉄時代、各地方の鉄道管理局の権限で設置された簡易な乗降所で、本社の管理が及ぶことが無いので時刻表にも記載されず、運賃算出のための営業キロも隣駅が基準となっていた。殊に北海道に多く存在していたものの、この南下徳富は開業当初より正式な駅だったようだ。田園地帯の中の道路との交差部分にポツンとホームがあるだけで、数百m先に民家があるだけだ。

 次の於札内(おさつない)、鶴沼は通過し、最末端区間の結節点である浦臼駅は集落内のコミュニティーセンター併設の新しい駅舎なのでパス。浦臼を過ぎて次の駅に到着した。









 札的(さってき)。交換可能駅を棒線化された駅ではなく、元から無人の1面1線のような造りだったが、下徳富にも劣らぬ年季の入った待合室で、ありがちなサッシに交換された窓や扉ではなく、オリジナルの木製窓枠だった。





 晩生内(おそきない)。こちらも下徳富同様、北国使用の元有人駅だった。あちらよりは幾分小ぶりな造りだったが、駅周辺には民家が少々。





 札比内(さっぴない)。先ほどの晩生内の駅舎をそのまま左右反転させた駅舎だった。次は秘境駅として名高い豊ヶ岡駅。次にやってくる列車を撮影するつもりだが時間がまだあったので一旦スルーし、廃止区間唯一の有人駅である石狩月形へ。コンビニで飯を喰い、そろそろ下り5429Dの時間になってきたので豊ヶ岡駅に戻ることにする。ずっと石狩川の氾濫原沿いに走る札沼線は、この駅周辺だけ山側へ迂回し、この路線らしからぬ山岳路線の雰囲気になる。国道を逸れて線路のある丘に登る車道を駆け上がっていくと、線路をまたぐ跨線橋に到着した。有名過ぎるアングルで期待していたが、近づくと、跨線橋上のフェンスの数か所がちょうど望遠レンズが入る程度に破壊、つまり穴が開いていて、そこからのアングルだったということを現地に到着してから初めて知った。




2019.12/16  札沼線 豊ヶ岡   EOS6D 100-400mm

 今日は一日中曇りばかりの天候だったが、この時間になってようやく西の空が茜色になってきた。それにしてもこの時期の北海道の日の入りは早く、この写真は15時を少し過ぎたばかりでこの暗さである。さて・・・これからどうしようか。床に就く時間までずいぶんとある。まずは風呂と飯であるがそれでもまだ早いので、いったん石狩月形に戻り、交換をバルブ撮影してみようと思う。先ほど豊ヶ岡で見送った列車が浦臼で折り返し、月形に戻ってくるのは16:29。バルブするにはまだ早い時間かと思いきや、本当に夜の帳が降りてきた。駅裏手の道路から三脚をセットしてレリーズをON。上下ともに乗客は5名程度と寂しいばかりだった。




2019.12/16  札沼線 石狩月形   EOS6D 100-400mm

 本日の撮影を終え、風呂と飯のための行動を開始する。まずは一番近い大都会、滝川市街へと向かう。出発前、何かのテレビ番組でジンギスカンを見たので、せっかくなら、と店を探してみることにした。すると、道内でチェーン店を展開する有名店でもある、「松尾ジンギスカン」の発祥がここ滝川で、本店も滝川にあるという。早速凍てつく夜道を飛ばしてその本店に到着。まだ18時とあってか駐車場は1台も停まっていなく、営業しているのか定かではない。店に入るとふいに入ってきた客の自分に店員数名が慌てた様子で、「ご、ご予約されていますか?」とのこと。どうもここは庶民の店というよりは、少し敷居が高い構えの店だった。そこへ自分のような1人で、しかもジーパンにフリースのボサボサ髪の男が入ってきたら、「コイツは客なのか?」と疑って当然だろう。予約をしていない旨伝えると、それでも大丈夫とのこと。席に通され普通の鍋と大盛ご飯を注文。店でのジンギスカンは生涯2度目のことだったが、初心者丸出しの道外の客と思われるのも恥ずかしいので、あらかじめ一通り食事の作法は学習してきた。



 まぁ旨かった。でも同じ値段なら自分は普通の牛のほうの焼肉がいいなと思いながら店を後にし、風呂に向かう。市街外れの滝川ふれ愛の里温泉に到着。都会の温泉施設と違い、こういうところの温泉は値段も格安で、それにも増して空いているのがいい。十分に堪能して、まだ寝床に向かうには早すぎる時間だったので、休憩所でゴロゴロして閉館まで粘り、そして21時。蛍の光に促されて屋外の駐車場へ出ると、当たり前だがスーパーサムイ! 到着した時より気温はさらに下がり、路面がキンキンに凍結している。国道に出るまでのしばらくの間、超安全運転で進んでいてもクルマが意志に反した動きを時折するので生きた心地がしなかった。同じ国道方面に向かう地元車もおっかなびっくりの運転だ。道民は凍結路の恐ろしさをよく知っている。やがて国道に出るとようやく凍結防止剤の撒かれた路面でハイペースで走ることができ、今日の野営地、道の駅「鶴沼」に到着。駐車場の片隅に停めて、買っておいたビール2本を飲み干し、歯磨き洗面を済ませ朝を待つことにした。

2019,12/17

 昨夜の酒も効いて、ぐっすり眠ることができた。さっそく朝の一番列車の撮影のため道の駅を出発、南下し札比内で5423Dを、晩生内で浦臼から折り返してきた5424Dを撮影。今日も昨日と同様に重い雲が立ち込めており、撮影には向かない一日になるのだろう。でも今回はそれを承知の上。非日常への脱出のためだけに札沼線を目的地に選んだ旅なのだ。


一番列車5423Dが到着。乗降ゼロのまま浦臼へ出発していった。 
2019.12/17  札沼線  札比内   EOS6D  24-105mm


上り一番列車5424D。通学の女子高生が一人乗り込んでいった。
 
2019.12/17  札沼線  晩生内   EOS6D  24-105mm

 晩生内で撮影後、昨日目を付けておいた場所に向かう。浦臼以北の、一日一往復区間である下徳富付近に残された古い通信用の電信柱、「ハエタタキ」が乱立する区間だ。現代でも一部のローカル線で、非常に珍しくなったものの「ハエタタキ」が残存しているところもある。どれも使用されなくなってからだいぶ年月が経過しているように見えるのだが、ここ札沼線のハエタタキは電線が渡され線路沿いに複数設置されていることから、どうも現役で使用されているっぽい。しかしこの区間は一日一往復区間。ハエタタキをバックに走り来る列車を撮影してしまうと、メッカともいえる新十津川駅での折り返し時間の撮影は厳しくなるし、行動が幾分制限されてしまう。新十津川は諦めて返しの撮影地を吟味しながら、この現代において見事なまで残っててくれたハエタタキを見通せる踏切で下り一番列車、同時に最終列車でもある7425Dを待ち構えた。






2019.12/17  札沼線  南下徳富〜下徳富   EOS6D  100-400mm

 新十津川からの折り返しの50分間、新たな撮影地を開拓しようと右往左往してみるが、どうもピンとくるような構図を思いつくことができない。結局時間切れで南下徳富の簡易ホームに到着する5426Dをサイドから狙っただけになってしまった。




2019.12/17  札沼線  南下徳富   EOS6D  24-105mm




2019.12/17  札沼線  南下徳富〜於札内   EOS6D  24-105mm

 朝の新十津川一往復を撮影し終え、まだ起きてから何も口にしていなかったため、月形に向かいコンビニで朝飯。車内のテレビでしばらく時間つぶしをした後、昨日、撮影はしたものの立ち寄ってはいなかった沿線随一の秘境駅、豊ヶ岡に向かってみることにした。国道を外れて道道へ、道道を外れて駅に向かう農道へクルマを進めていくと、雪が深く積もっていた。スタックしないよう慎重にクルマを進め駅に向かう。停留所発祥の駅なのだろう、1面1線の築堤上にあるホームと、それに付属するような古い待合室がポツンと乗客を待っているだけだった。








2019.12/17  札沼線  豊ヶ岡   EOS6D  24-105mm

 なんだか「北の国から」に出てきそうな待合所の豊ヶ岡駅で5427Dを見送り、つい先ほどまで滞在していた石狩月形に舞い戻る。末端区間でのスタフの受け渡しと、駅撮影のためである。

 今さらながらであるが、過去、自身が投稿した非自動化路線関係の動画において、「タブレット」と「スタフ」を混同されている方がいらっしゃった。見た目はほぼ一緒で傍から見分けは付かないので当然であるが、利便性において多いに違う。簡単にいうと「タブレット閉塞」は、隣接する駅間同士で閉塞を確認し合い、両駅長による閉塞機の同時操作で取り出されるタブレットを、運搬用の輪っか(キャリア)に入れて運転士に渡し、閉塞区間の進入を許すもの。つまり同方向に列車を続行させることができるものの、閉塞作業など人手がかかる。一方「スタフ閉塞」とは、一つの区間にただ一つだけあるスタフ(形状はタブレットとほぼ同一の真鍮製の円盤)を持った列車が進入できるというもの。なので続行運転はできないし、当然スタフを持った列車が戻ってこないと次の列車は閉塞区間に進入できない。タブレット閉塞の簡易版で、ローカル線の末端部分で主に使用されてきた。

 といことでここ札沼線の末端部分はスタフ閉塞を運用している。浦臼駅での交換はないので、石狩月形〜新十津川、30.2kmという長大な閉塞区間である。もうすぐ浦臼から5428Dがやってくる時間だ。






2019.12/17  札沼線  石狩月形   EOS6D  100-400mm









 中核駅らしく堂々とした駅本屋。ポカポカではないものの静かに暖かみのある空間を作る微燃焼の石油ストーブ。かつてはどこにでも見られた地方駅の古き良き佇まいがそこにはあった。雪の降りしきる夜なんかに接続の列車を1時間ほど待ちたくなるような、そんな駅だった。現在時刻は14時過ぎ。今日これからの予定は夜の駅をテーマに撮影を決めていたので、当分列車が来ないこの石狩月形でしばらく時間をつぶしていた。しかし陽の短い12月の北海道。15時前ですでに辺りは宵の雰囲気になって来た。余りにも暇なので昨日も撮影した同じ場所で同じ列車を、豊ヶ岡で撮影することにした。月形の市街を出てすぐ、ポツリポツリと雨が降り出してきてしまった。




2019.12/17  札沼線 豊ヶ岡   EOS6D 100-400mm

 雨の中、前日と全く同じ画像を手にし、急いでクルマへ戻った。それにしても今年は例年稀に見る全くの暖冬だ。この滞在中最も気温が低かったのが旭川空港に降り立った時と、昨夜の温泉帰りの-5℃。一方で日中は道路の雪も溶けるほど冬の北海道らしからぬ温い感じだ。寒いの大好き人間としてはキンキンの凍てつく大気のほうがはるばる北海道へ来たという実感があるのだが、おかげで車中泊も余裕という反面もある。しばらく豊ヶ岡駅近くで雨が止むのと日が落ちるのを待ってから、出発。各駅の夜の表情はいかばかりか? ようやく薄暗くなって来た国道を北に向かった。


【札比内】




【晩生内】








【札的】





 ひとしきりお気に入りの駅を撮影し終え、風呂に行くことにする。こんな写真でもまだ18時前であり、飯を喰うには早すぎるので、風呂に入ってゆっくり今日一日の行動の振り返りと、明日、最終日の予定を決めることにする。昨日は温泉と飯のため滝川市街へ向かったが、実はこの札沼線浦臼近く、道の駅の目の前に町営の温泉施設があったのだ。昨日は定休日だったが今日は開いている。激安の入湯料¥410を払い中へ。今夜はこのまま食堂で夕飯を喰い、月形のコンビニまで行ってビールを調達。そして車中泊を計画していたが、オフシーズンのためなのか食堂は休業中のようだった。しょっぱい味のする温泉を楽しんだ後、飯処を求めて出発しなくてはならない。この界隈には当然食事できるような店はほとんどなく、あってもこの時間だと昨日と同様滝川市街まで出かけなくてはならない。コンビニ飯なら月形で済ませることができるが、今日はそんな気分ではなかった。風呂上り、ようやく氷点下になって冷え込んできた国道を走り出した。街の明かりが目映いほどの滝川市内に到着。レバニラの気分だったので、見つけた王将で大盛を注文。帰り道、夜のお供のアルコールを購入し、昨夜と同じ道の駅「鶴沼」に投宿した。

2019,12/18

 昨日は温泉に入りながら今日の行動を考えた。帰りの飛行機が旭川発13:20なので、唯一の新十津川往復を撮影しているとかなりギリギリということが分かった。朝の新十津川送り込み5425Dのみを撮影後、すぐに空港に向かうか、なるべく旭川に近い新十津川付近で返しの5426Dを撃ってすぐに高速で向かうか・・。所要時間を十分吟味して、後者が可能であると判断。朝の行動を開始した。

 まずは一発目。浦臼送り込みの撮影だ。と言っても撮影場所など考えておらず、国道を往ったり来たりしながら探しているも時間切れ。どうってことの無い林バックのストレートで捕捉。返しはパスして浦臼以北の新十津川往復の撮影となった。




2019.12/18  札沼線  札的〜浦臼   EOS6D 24-105mm

 向かった先は、初日初めに訪問した下徳富駅。利用者はもちろん撮影者も誰もいない駅で列車を待つ。使い込まれた古い駅舎は暖房もない無人駅だったが、心がとても休まるひと時だ。




小さな駅前ロータリーにそびえる古木はいつからこの駅を見つめているのだろう・・・




この旅、始まって以来の晴れ間が差し込んできた。5425D入線。




一人の旅人を降ろして去っていく。次は終点新十津川だ。




黒板タイプの掲示板と木製ベンチ。アイテム一つとっても時代に取り残された感がある。




駅前には遥か彼方から連なるハエタタキ群。

 返しの5426Dもここで撮影したい気持ちに駆られたが、新十津川の様子も見学に行くことにした。一日一回列車がやってくる駅。列車移動の乗りテツの皆さんは同じ行動を取るしかなく、この30分の折り返し時間にはさぞ人が多く集まることであろう。その祭りも見てみたい。すぐに列車を追いかけて5km先の新十津川に到着すると、まぁまぁそこそこの人出であった。







 新十津川お約束アングルで何枚か撮影したのち、すぐに最後の撮影場所を求めて南下した。飛行機まで時間がない。なるべくすぐに滝川市街へアプローチできる場所を選び、国道を行くクルマから放たれる泥シャワーを浴びながら、5426Dを待ちわびた。




2019.12/18  札沼線  新十津川〜下徳富   EOS6D 100-400mm

 撮影後すぐに撤収。滝川IC目指して出発。市内の激安スタンドで給油をし高速に乗る。途中神居古潭付近で猛吹雪となったものの、高速を降りてからの旭川市内の流れは順調で、余裕を持って旭川空港に到着することができた。レンタカー屋にクルマを返し、朝から何も食べていなかったので空港ラウンジの食堂で激高のローストビーフランチとビールを掻き込み、搭乗。3日間の非現実の旅は幕を下ろした。札沼線末端区間の最終日となる5/6はゴールデンウィークでもあるので、お別れ乗車は当然ながら無理。連休ということもありさぞかし札沼線沿線は賑わいを見せるのだろう。あと5か月弱、無事に最期の日を迎えて欲しいと心から願った。


だがしかし、

 終息の兆しが見えない新型コロナウィルスCOVID19の影響で、急遽最終運行日をGW突入前の4/24に前倒し。数日後に沿線住民限定のお別れ列車を運行をもって営業終了すると発表した矢先、全国に緊急事態宣言が発令。それを受けて、さらに最終列車運行を前倒しすることとなり、その最終日がなんと翌日の4/17という劇的な幕引きで、あっさりと89年の長い歴史に幕を閉じたのだった。こんな幕引きは史上初ではないだろうか。最終日に立ち会おうにも前日の発表であるということから、そうさせないための措置だったと思われる。誰が悪いわけでもなく、あの北国の古い駅舎たちと鉄路は、最後の多くの見送りを受けられなかった一方で、皆が忘れられない衝撃の史実として、より一層心に刻まれることであろう。