ついに野辺山工臨に遭遇

 個人的に、撮影対象として長年温めてきたものがいくつかある。いつか撮ろう、いや撮りたいと思うもの、そんな中の一つが野辺山工臨であった。ここ最近では年に1〜3回程度運行されるレール輸送である。レール輸送の工臨自体は全国各地で見られ特段珍しいものではないのだが、この野辺山工臨の魅力はまずその小海線というロケーション。日本最高所を貫く路線として有名であるが、1300mを超す標高へ向かうため雄大な八ヶ岳山麓をダイナミックに駆け上がる線形はまさに日本離れしている。そして次にDD16が任務に就くということ。路盤の脆弱な小海線では、入換用として一般的なDE10の軸重では乗り入れができないため、全長わずか11mの簡易線用のDD16、通称「チビロク」が満身の力でレールの載ったチキを高所へ持ち上げる様が、他サイト様で発表されている。工臨なので運転を直前に推測し出撃するより他ないため、臨時列車のように事前に休みを合わせることもできず、なによりも巡り合うには「運」にかかっているといえる。こうしてその「運」も逃さないように、6月頃より毎日欠かさず長野車DD16の動きと、野辺山工臨の始発となる小淵沢までチキ工臨の情報をチェックしていた。

 9月13日(日)、出勤前にいつもの運用チェック。すると前日の土曜日にチキ4両がEF651118に牽かれて八王子まで配給されたとの情報があった。投稿された画像に写る荷票にはまさに「野辺山」の文字。当日は仕事だったので今年もムリだったか・・・と諦めその日一日を労働に勤しんだのだが、夕方になっても八王子まで牽引してきたゲッパと、ここからの山岳路線に備えたEF64の動きは報告されていなく、また思い返せばDD16は本日小海線でイベント列車のカゼッコの牽引で仕事中のため、おそらく工臨運転は週明けになると思われた。

 翌9月14日(月)、この日も早朝からの仕事だった。出勤時にいつも立ち寄るコンビニの駐車場で一服中、例の情報を確認すると、八王子でEF64+チキ4Bが組成されていたことを知る。おそらく残念ながら今日が運転日。また来年チビロクに逢うために、この1年を我慢して過ごさなくてはいけないらしい。まぁ仕方ない・・・。と諦めて昨日と同様仕事に精を出していたが、どうにも気になって、休憩中はもちろんのこと、ちょいちょい仕事中にスキを見つけては情報を確認していた。すると、いつの間にかEF64+チキ4Bの表記が消えており、また昨日まではイベント列車の牽引にあたっていたDD16も長野に引っ込んだまま動きがないようだ。ナゾだ。でも怪しい。何日も荷物を積載したチキを八王子で放置プレイするわけないと思うが、土曜に野辺山の荷票を持ったチキが八王子に来たことは掲載画像から事実であり、日、月と全く情報が絶たれてしまった。明日火曜はついに休みであるが、月曜日、夕方に勤務が終わり自宅に帰ってくるともう情報を調べることも面倒くさくなり、小一時間昼寝をしていたら夜になってしまった。なんとなく気になって今日何度目かの運用確認。すると今度はつい先ほど撮影したとされる、出発準備を整えたEF64とチキ4両が八王子でスタンバっている画像が掲載され、ほぼ同時にDD16が単機で長野を出区したというのだ。ついにキタか?!! 1人で色めき立ち早速出撃の準備を開始する。と、ここでやり残した重要でかつ緊急の仕事を思い出した。現在9月14日(月)22時。その仕事の所要時間は1時間程度。職場から終わり次第、高速で旅立てば間に合うはずだ。すぐに機材をクルマに積み込み職場にGO。仕事中もチビロクが頭の中の大築堤をグルグルと回っていた。

2015.9/15
 
 野辺山工臨は毎年夏から秋にかけて年に1〜2回程度運転される。昨年はなぜか10月に3回目の運転があったというが、いずれにせよ希少な列車で、越中島の工場で製造されたレールを全国各地へ運ぶレール輸送、つまりチキ工臨のひとつである。EF64がレールを積載したチキ4両を牽引して深夜八王子を出発し未明に小淵沢に到着。同時に長野から単機でやって来たDD16が分割されたチキを2両づつ当日中野辺山へ2往復し運ぶというのが例年のパターンだ。時刻は毎年多少前後があるようだが、


列車番号 工9263レ   単9264レ  工9265レ  単9265レ 


小淵沢     400     900     1030

          ↓      ↑      ↓

野辺山     500     830     1130    ??

                                ↓

中込                            ??

と、大体こんな感じらしい。というわけで早速0時ちょっと過ぎ、職場から最寄の高速のインターまで走り、午前1時には中央高速に無事乗ることができた。途中で最終的な情報確認。すると昼間から出発前にあれだけ賑わせていたこの工臨の情報も何者かの手によってすでに全て削除されていた。人手が増えることを恐れた独占厨が意図して消したのだろうか。かつて特雪の出動情報の時も、一部の「関係者」と名乗るグループが同様のことをしていたのを思い出した。でもあれから数年。時代はもうSNSが席巻し、掲示板などでいくら情報操作をしてもムダなのだよ! 「な、なんてこうどなじょうほうせんなんだ!」と心の中でニヤニヤしつつ迷わず小淵沢ICを目指す。やがて3時頃、無事小淵沢IC到着。すぐに駅を目指す。果たして工臨は本当に今日あるのだろうか・・。駅が遠望できる跨線橋でクルマを徐行させ構内を覗くと、あまり遠すぎて何も分からないので、そのまま静まり返った駅前ロータリーにクルマを移動させ様子をうかがう。電留線に停められた電車で見渡せないが、物音一つしない駅構内。まだ工臨は到着していないのか、やはりガセだったのか、ふと心配になりロータリーに停まっているクルマを見ると、こんな時間に車内に人影のある県外ナンバーのクルマが2台。様子からして工臨到着待ちのようだった。まだ来ていないのだったら入線を撮影できるように駅裏手の路地にまわると、ここは少し高台で小淵沢駅構内が全て見下ろすことが出来た。真っ暗な駅裏に到着するとすでに1人の方が三脚をセットしてスタンバイされていたので話しかけてみた。「まだ来てないですか?」と自分。しばらく話してみるとその方の持っている情報も自分と同じソースで、またお互い初めての訪問ということで、最終的には「どうなんすかね〜」で終始してしまった。会話することも無くなり2人で暗闇の中、ただひたすらに現れるであろうEF64とチキを待つ。3時半を過ぎ、やがて4時近くになった。そろそろ本当に現れてもらわないと困る時刻だ。あの八王子でのスタンバイは一体何だったのか。9月というのに900mを越える標高の小淵沢はとても寒く、残暑の残る蒸し暑い関東から薄着でやって来てしまった自分はとうとう耐えかね、クルマに戻り、工臨が到着したら音で分かるようにウィンドーを少し開け、車内で待機することにした。寝ずの番をするつもりでいたが、一日の仕事の疲れもあってウトウトしかけるとほぼ同時に、駅構内に列車接近を告げる自動放送が流れた。ロクヨンか、それともチビロクか!? すぐにクルマを飛び出しセットしておいた三脚に戻り待ち構えていると、遠く長野方からヘッドライトが近づいてきた。チビロクが先の登場だった。




午前4時。ついに長野からDD16単機が到着。
2015.9/15   中央本線  小淵沢   EOS5D 24-105mm




2エンド側。この極端に短いボンネットがDD16の特徴。
2015.9/15   中央本線  小淵沢   EOS5D 24-105mm

 来た甲斐があった。とはこのことだ。国内最後にして唯一の稼働するDD16が目の前でアイドリングしている。ナマでDD16を見るのは大糸線ラッセルの時以来3回目だったが、あの時は機関車よりも大きいラッセルヘッドを付けていたので、こうして単機で見るとその小ささが際立って見える。でも一丁前に国鉄色を身に纏っているその姿はとても愛くるしい。このコがこの数時間後、日本最高所に荷物を届ける仕事をするのだと思うと、なんだか鳥肌の立つ思いになってきた。しばし感動していたが、やはり寒い。そして眠い。とっくに到着しているはずの八王子からのロクヨン+チキは一向に姿を見せず、と同時に目の前のチビロクは手持ち無沙汰にアイドリングを続けるより他ないようだ。ついに寒さに負けてもう一度クルマの中に戻った。先ほどと同じくして窓を開け、動きがあれば即行動できるようにしていたが、不覚にもついにチビロクを目の前にして深い眠りについてしまったのだった。
 どのくらい眠りこけてしまったのだろうか。うだるような暑さで目が覚めた。完全に太陽は昇っており、窓を開けていたとは言え車内は蒸し風呂状態であった。チビロクは!? すぐに外に飛び出すと、すでに一本目として野辺山に出向いている時刻であったが、先ほどと寸分違わぬ位置で相変わらず待機しているようだった。現在時刻は6時過ぎ。しかし何か様子がおかしいことにすぐ分かった。



 ボンネットの点検扉が開けられ覗きこむ係員。傍らには工具箱とパーツクリーナーとウエス。エンジンの火は落とされ乗務員が携帯でどこかと連絡を取っている。どうやらDD16は重大な任務を目前にして故障しているようだった。線路容量にそれほど余裕のない小淵沢駅構内のため、八王子を出たEF64牽引のチキ4Bは甲府までやって来て待機中とのことらしい。このままDD16が動かなければ甲府まで運ばれてきたレールたちはどうなるのだろう。さすがに引き返すわけにも行かないだろうから、替わりにDE10を立てたとしても耐軸重の低い小海線には入線できない。小海線に入れる機関車はこのDD16 11号機ただ1両のみだ。さぁ、どうする?? 



 気が付くと走行風景を記録しようと沿線に散らばって待機していたと思われるテツ諸氏が小淵沢に集まり始めていた。ここぞとばかりに故障中のDD16の撮影を堪能しているのだが、自分はひとしきり記録に残すと、また睡魔がやって来てしまい、30分後のアラームをかけ、少し長い瞬きをすることにしてクルマに戻った。

 やがて・・・。ハッとなって目が覚めた。アラームは気づかなかったようだ。本日2度目の「チビロクは!?」をやりクルマを降り外に出ると、いつの間にか甲府で待機していたチキはここ小淵沢に到着しており、そしてなんと、まさに今、分割されたチキ2両を牽いてDD16が小淵沢駅場内を出発するところだった。8:45のことである。当初一発目はこんなに明るくなっていたので、小淵沢出発直後の大築堤カーブを考えていたのだが、とてもではないがもう間に合わない。すぐに寝ぼけかけている頭を切り替え、先回りし野辺山到着間際で迎え撃ったほうが良さそうだ。すぐに中央道の小淵沢ICへ向かう。線路沿いの県道よりも、遠回りだが高速で1区間の長坂ICで降り、国道141号線で向かったほうがきっと早いはずだ。中央道、国道141号線の流れは非常に順調で、列車到着予定時刻より20分ほど先着して標高1300m以上の野辺山周辺に到着することが出来た。早速撮影場所を探すが、なんのリサーチもしていなかったので、適当に到着した踏切で工9263レを待つことにした。しばらくすると追っ掛け組と思われる一団が続々登場し慌ててセッティングしている。彼らの会話を盗み聞きしていると、どうやら小淵沢の大築堤で撮影の後、ここまでやってきたらしい。






遅れ工9263レ。最高所を通過し、目的地野辺山までもうすぐ。
2015.9/15   小海線  清里〜野辺山   EOS5D 100-400mm

 ひとまず無事撮影を終え、野辺山駅を目指す。駅構内にある側線へDD16自らがチキを押し込み入れ替えをするらしい。所定の運転時刻なら一番列車到着前の駅構内での入れ替えなので速やかに完了することができるのだが、現在、機関車故障のため予定時刻を4時間以上も過ぎており、営業列車の運転の合間にやるわけだから返しの単機や、2本目の荷役の時刻も全く見当が付かなくなってきた。にしてもビカビカの太陽光線の中をもう1往復すると考えると自然と気合が入る。実は今日の夕方から地元で職場の飲み会があるのだが、小淵沢までの終夜運転と列車の大幅な遅れのため寝不足で、撮影後帰還してもその飲み会には間に合いそうなものの、ベストコンディションで臨めそうにないことが唯一の気がかりだった。でもそんなことはどうでもいい。この野辺山工臨に出会えたこの瞬間にベストを尽くそうと思う。




到着後、小淵沢行きの旅客列車と待ち合わせ。団体さんもDD16を珍しそうに眺める。
2015.9/15   小海線  野辺山   EOS5D 24-105mm




旅客列車と交換し、いよいよ転線開始。保安装置の関係か、構内踏切は閉まらない。




通過中、荷票を盗撮。40kgレールが23本ってこと? やはり9/12土曜に越中島から発送されたレール。




本線上で停車したのち、推進で側線へ押し込む。そして一段と盛り上がるギャラリーたち。




慎重に歩を進め、チキを押し込む。

 無事にチキを押し込めたことろで、すぐにクルマに戻り野辺山駅を後にした。一旦小淵沢に戻りDD16単機回送9264レを撮影するためだ。大きく運転時刻が乱れているため、いつ何時出発するかも分からないので、先回りしておく必要があった。来た時と同様中央高速に乗り、大カーブに到着。自身初めて訪れた撮影地であったが、想像以上のスケールのデカさだった。長閑な田園風景の背景には南アルプス山脈の北端に位置する入笠山が周囲を圧倒し、日本離れした山岳風景がそこにはあった。単回を待ちわびる撮影者の多くは、芝の上に寝そべったり談笑していたりでいつまでもいたくなるような平和な時間が流れている。しかし露出構図を確認しセッティングを終えると、すぐに背後からホイッスルが短く聞こえた。荷の無い身軽なチビロクは意外なほど速く軽快な足取りで降りてきてしまった。




本気で眠くなってきた・・・




単9264レ。時刻は11時を過ぎており、本来ならもうすぐ作業終了の頃。
2015.9/15   小海線  甲斐小泉〜小淵沢   EOS5D 24-105mm




2015.9/15   小海線  甲斐小泉〜小淵沢   EOS5D 24-105mm

 単機でヤマを降りていったDD16。そして2本目となる工9265レはこの最高のロケーションの下、同じ場所でやってみたいと思った。遅れているため運転時刻の予測もままならないことから、すぐに先ほどの地点から数100m移動して陣を構えることにした。さすがにこれだけ遅れていると太陽光もこちらから線路を挟んで逆側に行ってしまいそうな勢いなので、なるべく早く来ていただきたいところだ。しばらくすると小淵沢駅構内で組成のため入れ替えを行っていると思われるDD16のホイッスルが時折聞こえてくるので、その度に付近で待機している同志一堂は慌てて自分のカメラに飛びついたりしていて先ほどと違ってどうも落ち着きのない現場だった。やがて長めの汽笛が聞こえてきた。ついに9265レが発車となるようだ。現在時刻は11:40。当初4時間の遅れを迅速な入れ替えなどで1時間ちょっとにすることができたようだ。ともあれ乗務員さんご苦労様。終わらないと昼飯食えないですもんね・・・。




工9265レが本日2回目の大舞台に踊り出た!! 圧巻のスケールの山々をバックに冗談のような可愛らしい列車が通過する。
2015.9/15   小海線  小淵沢〜甲斐小泉   EOS5D 100-400mm

 これこそ野辺山工臨!! という画像を残すことが出来て大変幸せだった。幸せついでにまたも追っ掛けを発動してしまい、3度目の中央高速1区間で長坂ICから国道を上り、線路と並行し始めると、すぐ横をDD16+チキが並走しているではないか。ブチ抜こうと思っても意外に工臨の速度は速く、最高所手前の鉄橋をサイドから撃とうと思っていたが、完全に敗北。仕方なしにそのまま午前中と同じく野辺山駅に先回りして、今度は線路の反対方向から入れ替えを狙ってみることにした。




ついに無事、2本目のチキを担ぎ上げ本日の作業終了。お疲れさまでした!
2015.9/15   小海線  野辺山   EOS5D 24-105mm

 なかなか楽しい撮影になった。普段のテンションなら、この野辺山で荷を解いた単機回送を中込まで追っ掛けるつもりでもいたが、どうしても今日の夕方の飲み会にはベストな状態でいたかったので、単回は諦め、中央高速を爆走。どっちみちほとんど睡眠らしい睡眠は摂っていなかったので、結局、仮死状態で参加した宴は惨憺たる無様な姿であったと、後日友人から聞いた。