奇跡のK編成 特急「いなほ」を追う! 

2013.10/10

 休日出勤の仕事が終わったある日の夜。いつも帰りに立ち寄るコンビニで晩酌用の安いビールもどきの酒をいつものように2本買う。駐車場でそのままゴクゴクやってしまいたいが、自宅まで1km程度の距離とはいえバイク通勤なのでそのまま自重。バイクのシートに座り一緒に買った¥98くらいの缶コーヒーを飲みながらボヘーっと何も考えずに一服した。今日と明日、カレンダー上ではようやく自分は休み。数日間そんな日常から抜け出せない自分とは裏腹に、ここから300km以上離れた新潟では、国鉄色485系が熱い運用をこなしていることを知っていた。詳しく言うと、おとといくらいから羽越線のいなほ運用に、通常であれば「北越」か「くびき」、もしくは週末の「ムーンライトえちご」運用にしか入らないK編成が、普段は絶対に入ることの無い、「いなほ運用」に回り始めていた。しかも驚くべきはK1,K2編成の2本が同時に「いなほ」に入っているというから前代未聞の珍事である。通常新潟の485系の運用は、「くびき野」は別として金沢方面の「北越」と酒田・秋田方面の「いなほ」に、所属のK編成、R編成、T編成の共通運用が組まれているのだが、国鉄色をまとっているK1・K2編成は首都圏に乗り入れられるATSを備えていることから「北越」運用に加えて、頻繁に「ムーンライト」に就くことはあっても、ステップの高さの関係からホーム高が低い羽越線の「いなほ」に充てられることはほとんどなかったからだ。実は昨日の運用からして今日、K編成2本が「いなほ」に就くことは十分予想していた。しかし休みである今日明日は台風が日本海上を北上しており庄内地方の天気は一日中雨の予報。それにやらなきゃいけない重要かつ緊急でない仕事もあったので、どうせ天気悪いので撮れねーし、と思って諦めてその第二領域の仕事を今日こなしていた。明日も休み。ちょうど昼間見た庄内地方の天気予報は、明日も相変わらず自信ありげな「雨」の予報だったので、今回の貴重なK編成「いなほ」の撮影は諦めていた。コンビニの駐車場で一服・・・。夕方見たばかりの庄内地方が何となく気になって天気予報を携帯で見てみた。すると・・・「20:00更新。山形県庄内地方の明日の予報 「晴れ 降水確率0%!」 こんなことがあるのだろうか? ついさっきまで雨だった予報が次の更新で真反対に翻って晴れ! 今夜はK編成2本とも酒田滞泊なので今から向かえば間違いなく稲穂のヘッドマークの国鉄色485を羽越線で頂くことができる! でもこんな時に限って時間が無い。吸い始めた2本目タバコの火を消して自宅に舞い戻り、すぐに出発の準備。自宅でダラダラのつもりだったが急遽本気の武装モードで出発。出羽の国に向けて北上を開始した。21:30のことだった。

 今回は時間的にも余裕が無く、さらにカメラ2台体制で臨みたいため積載量のことからクルマで進撃する。順調に関越道に乗ることができたのは出発から1時間後のこと。高速の順調な流れに任せてアクセルを踏んでいると少し考える余裕が出てきたので明日の行動について脳内計画を立てることにした。今日のK1,K2の充当列車からして明日はこのような運用経路になるだろう。

K1 (A60
5)酒田 2006M 新潟 1060M 金沢
K2 (A604)酒田 2002M 新潟 2001M 秋田 2010M 新潟 2009M 酒田

 羽越線内では撮影可能時間でトータル4発行けることになる。そして嬉しいことに酒田以北の秋田まで足を伸ばすことから先月、涙を飲んだ鳥海山バックでもやってやることができそうだ。一方酒田以南では勝木、今川などの名撮影地も可能になる訳で、もしかしたら最高の一日になるかもしれないと想像していたら嬉しくなってしまい、ニヤニヤしながら関越新座料金所を通過。しかし群馬県を縦断し終え関越トンネルを抜けると一転本降りの雨になっていた。少し気になって0時更新の天気予報を確認すると、依然降水確率0%のままで、こうなりゃ気象協会様のその自信を完全に信じることにし、それだけをモチベーションに今日は少し頑張って長岡手前の大和PAまで到着することができた。いいペースでもあったので3時間程度仮眠できそうだ。到着しても雨脚は弱まることはなかったが、堕ちる寸前でPAに滑り込んだため、駐車区画に車を止めシートを倒すと、雨の心配もすぐに忘れ、ものの30秒で意識を失ってしまった。

 翌朝、1時間ほど余計に寝てしまっていて目が覚めたのは5時を過ぎているころだった。外の様子は雨は降っていないものの、周囲は霧に包まれていて晴れなのか曇りなのか分からない。PAの自販機の缶コーヒーを飲みながら羽越線を目指す。この時間ならK2充当予定の「いなほ2号」を三面川橋梁で迎え撃つことができそうだ。長岡で関越道から北陸道に変わり一路日本海東北道を村上に向かってひた走っていると、どうも間に合わない気がしてきた。走りながら時刻表の羽越線のページで「いなほ2号」の通過予定時刻を再確認し、路肩のキロポストで目的地までの距離をざっくり計算すると・・・ゲッ、無理だ。途中で降りてヤルしかなさそうだったので次に現れたインター、「荒川胎内」で降り、2年前銀ガマことEF81303を撮影した荒川橋梁しか思いつかなかったので、鉄橋を遠望できる工場裏の田んぼに向かった。久しぶりにクルマから降りると、予報どおり見事に快晴になってくれ、朝の清清しい空気を吸いながら2台分のセッティングを開始する。やがて10分ほど経つと高速で駆け抜ける列車が鉄橋を渡る音がしてきたが、まだこちらからは姿を確認することができない。事前練習通りに時間差でレリーズを切るシュミレーションを最後にもう一度やり、その時を待った。



2013,10/10  羽越本線  平林〜坂町   EOS5D  100-400mm

         ん?
                  んん??

                          


                                                                      

本務機を切った時なんかイヤな予感はしたのだが、プレビューを見て見間違いではなかったことに落胆した。そ、そうだ! こんな時のためにもう一つ小さな相棒がいたんだっけ。確認せねば。



2013,10/10  羽越本線  平林〜坂町   EOSkissX3 24-105mm

 足元の日陰が思ったより逃げてくれなかったので天地のバランスが少しおかしい構図になってしまったが、まぁいいだろう。撤収してすぐ近くのコンビニで朝飯を買い込み、すぐに北上する。次に狙うは、今行った「いなほ2号」の新潟からの折り返しである「いなほ1号」。これと同時に酒田からも「いなほ6号」としてK1編成がやってくる。どこで撮影しようかと悩みまくりながら国道7号を進んでいると、山間を走ってきた道は急に海へと飛び出した。足元にには羽越線。どこかで見たことある光景。こちらも数年前、583の団臨を小砂川で撮影した帰り道に立ち寄った名撮影地だ。あの時は水色のT編成やR編成しか来なかったが、今日はこの素晴らしい台風一過の空の下、国鉄特急色がやってくる。「いなほ1号」はここに決めた。では対向して来る「6号」はどこで撮影しましょうか? ここからなら有名な笹川流れ、越後寒川など思い浮かぶ。しかしその前に1号と6号はどこで交換するのか? この時間が分からなくては移動する距離も判断できない。時刻表をめくる・・・。するとあろうことか、今立っている撮影地の2km先の「府屋」で交換することが分かった。1号を撮った後、6号はすぐにやって来てしまうではないか。近くにクルマを止めて30分ほど上りと下りが撮影でき、しかも5分以内に移動できるアングルを探してみた。・・・が、無い。迫りくる通過時間。慌てれば慌てるほどいい案が浮かばなくなり、一瞬右往左往していたが、向こうに見える人道用の踏切までダッシュすればトンネルからの顔出しに間に合うかもしれない、と気づいた。シュミレーションもしてみた。あとは担いであのポイントまで走って持ってゆく装備を選び、先にやってくる「いなほ1号」を待った。



最高の光線具合。最高の天気。まもなく向こうからK2がやって来る。列車を待つ最高のひと時。


 ちなみにこんな感じであの踏切までダッシュします。目標到達時間2分!


 ポカポカな日差しを浴びながらファインダー内の水平線を基準にレベル調整をチマチマやっていると、どこからか1名の同業者の方が現れて、自分の10mくらい向こうで、同じように海に向かって三脚をセットし始めた。先にやってくる1号を撮影したあと、もしかして「6号」をここから後撃ちか?そうなると対面の踏切まで自分が200m走してしまうと迷惑かけてしまうと思い先に声をかけてみると、「あ、私も対面の丘の斜面までダッシュしますんで」とのこと。考えることは同じである。通過まで15分、10分と経ち、あと5分という時、いつものように神のいたずらが始まってしまった。快晴の空にたった1つ。大きな真っ黒いちぎれ雲が頭上に飛んできた。ISO200で1/640秒を切ろうとセットしていたが、見る見る落ちる露出! 刻一刻と迫り来る「いなほ1号」通過予定時刻! 5分、いや2分でも遅れてくれないか? そう願えば願うほど辺りは暗くなり、ついにISO800まで上げてしまっていた。すると天に祈りを捧げていた我々の思いは空しく、とうとう3つ目のライトが視界に入ってきてしまった。オワタ!



2013,10/10  羽越本線  勝木〜府屋   EOS5D  100-400mm

 人は絶望に打ちひしがれた時、天を仰ぐと言うが、ホントだった。しかしそんな暇は無い。すぐにビデオカメラを抱え下の農道に飛び降り一目散に全力疾走。カメラは手持ちでビデオだけ三脚に仮固定すると、府屋で交換した「いなほ6号」がすぐにトンネルから飛び出してきた。



2013,10/10  羽越本線  府屋〜勝木   EOS5D  100-400mm

 何ということか、晴れれば真正面に陽が当たるこちらも雲は切れずじまい。すぐに今走ってきた草むらをトボトボ歩きクルマへと戻ると、先ほどの方も撤収準備をしていた。「いや〜サイアクっすね・・・」とお互いに苦笑い。機材をしまい終わり国道に戻ると、また先ほどのように何事も無かったかのように眩い太陽光が降り注いできた。気を取り直して北上開始。今度は「いなほ10号」を念願の鳥海山バックで仕留めなければならない。予定時間までだいぶあるので、並行する完成したばかりの日本海東北道の鶴岡区間には乗らず、国道7号線をひたすら流して北へと向かう。途中鶴岡で早めの昼食。飯も食って眠くなってきたので早めに現地に着いてから昼寝しようと鶴岡から酒田まで高速に乗りショートカット。撮影地に程近い国道のドライブインの駐車場で2時間ほど昼寝を決め込むことにした。ウインドーを少し空けると日差しと穏やかな風で心地よく、エアコンもつけないまま快適に熟睡。昨日の睡眠不足を完全に解消し、いよいよ鳥海山を拝める名撮影地へと向かった。今まで走ってきた道は海沿いの国道だったため、小さな海岸段丘に阻まれて、ここからは鳥海山を見ることはできない。果たして山容はその姿をみせてくれるだろうか? 国道から内陸に向かって走り、ひとつ小さな丘を越すと名峰、鳥海山が姿を見せた。しかし、広大な裾野はくっきりと見えるものの、肝心の特徴的な山頂部分は、雲によって隠れている。あーはるばるここまで来たのに最後の最後まで天の神にに見放されている。通過30分ほど前に到着したので、待っている間何とか状況がいい方に変わらないかと思いながらセッティングに入る。こんなときに限って風は完全に「凪」であり、山頂も相変わらず雲の中だ。山塊とひとつのフレームに入れようと広角で狙っていたが、望遠で列車主体にすることに決め、刈り入れの終わった田んぼの撮影地で一服する。まだまだ時間もありヒマだったので携帯で時間つぶし。通過まで5分を切ったのでいよいよ準備に取り掛かろうと顔を上げると、何と、いつの間にか山頂にあった憎き傘雲は移動を始め、ついに鳥海山の全容が露になってきた。神風が吹いた! こうしちゃいられない。すぐに少し離れたところに停めたクルマに戻り、サブカメラの標準レンズを用意。慌てて付け替え、メイン機の望遠も引きに変更し終えると、後方の踏切がすでに鳴り出している。努めて冷静になるようにしながら構図、露出を最終決定しレリーズを握り締めた。



ついにベールを脱いだ名峰、鳥海山に見守られながら往くK2編成。冬の表情も見てみたくなった。
2013,10/10  羽越本線  南鳥海〜本楯   EOS5D  100-400mm




2013,10/10  羽越本線  南鳥海〜本楯   EOSkissX3  24-105mm

 5Dのほうは足回りが草むらに隠れてしまったが、念願の鳥海山バックの特急色を頂くことができ感無量だった。明日は早朝5時からの仕事であるので、これ以上欲張ることなくすぐに撤退すべきである。酒田みなとICから鳥海山に見送られながら高速に乗り、ほとんどノンストップの快走で横浜に到着したのは21時過ぎのことであった。