(国鉄色番外編) 箱根登山鉄道を愉しもう!

 ある夜勤明けの日、昼夜逆転のため浅い眠りから目覚めると午後1時だった。午後は特に用事もないし床屋でも行こうと出かける準備をしていると、雨が降ってきた。原付で近所の床屋に行くのも面倒になり、気が変わって少しお出かけしてみようということになった。近くの駅から乗り継ぎ東海道線下り列車に乗り、特に目的地もなく終点の小田原で降ろされ、霧雨の降る駅の軒下でキオスクで買った一番搾りをグイと一呑み。しかしまだ夕方でもあるし気分も良くなってきたところで箱根登山鉄道に乗ってみることにした。通勤通学客で少し席が埋まる程度の小田急車で箱根湯本へ。その先は箱根登山車両2000形に乗換えて、いよいよ登山電車の真価発揮となる80‰の勾配に差し掛かった。モーターの唸りと急カーブの連続する真っ暗な線路をひた走り、やがて終点の強羅に到着。降りた乗客は自分一人だけだった。この先の早雲山へのケーブルカーも運行は終了しているらしく、まだ雨の降り止まぬ無人の強羅駅前で一服。そして再び標高500mの高地から下界に下りてきた。途中どこの駅だったかは忘れたが、対向の電車を待っていると、暗闇の森の向こうから無骨な旧型車が姿を現した。とうの昔に引退したかと思い込んでいた旧車はまだ走っているのか・・・と少し驚きながらも、心地よいゆれに身を任せているうちに箱根湯本に降り立ってきてしまった。

 それから何日か経ったある休みの日。気になっていた箱根の乗り物たちを制覇すべく、箱根フリーパスを使って丸一日遊んでみることにした。撮影ではないので所持品はサイフ、携帯、タバコのみのほぼ手ブラの丸腰状態だ。まずは新宿へ。券売機でフリーパスを購入。すぐに10時発のVSEスーパーはこねの指定券を押さえにかかる。慣れぬ操作の券売機のボタンを押しているうちに、どうやら展望席2列目が空いていることに気がついた。即刻ゲット。気分を盛り上げるために売店で弁当、ビールを調達し出発。83分の乗車で満足し、箱根湯元に降り立つ。すると向かいのホームに止まっていたのは、あの日見た旧型車だった。駅前で一服しようと決めていたが、すぐにその強羅行きに乗車。出発を待った。11時23分、扉が閉まりすぐに日本最急勾配の挑戦が始まる。昔ながらの外見のこんな電車は当然吊り掛け駆動かと思っていたが、意外にも近代的な走行音でそのギャップが少し妙だった。今日は撮影に来たのでないので、その後の詳細は省略する。強羅 (ケーブルカー) 早雲山 (ロープウェイ) 大涌谷(乗換え ロープウェイ) 桃源台 (観光船) 箱根町 (バス) 元箱根 (観光船) 桃源台 (ロープウェイ) 早雲山 (ケーブルカー) 強羅 (箱根登山鉄道) 小田原 (ロマンスカー) 新宿。 途中観光船内、桃源台のレストハウス、強羅、帰路のロマンスカー車内でビールを呑みまくり、新宿に完全に酩酊状態で到着し、駅近くのラーメン屋で〆た。この日はいつもと違った休日を過ごせたことに少し満足したが、気になるのは箱根登山の旧型車。やはりオレは撮りテツだった。早速次の休みの日、今度は酒抜きで撮影に出かけることにした。

2013.7/2

 9時頃バイクで箱根に向かう。実はというと箱根の国道1号線や旧道、箱根新道など死ぬほど何回も通ったことはあったが、鉄道線の撮影はもちろん、途中の駅などに立ち寄ったことなど一度もなかったのだった。さらに同じ神奈川県内に住みながらも箱根登山鉄道に乗ったのは小学生の時以来。そんなわけなので国道からの駅へのアプローチも気にしたことがない上に分からないので、今日は国土地理院の詳細な1/25000の地形図などを持参してきた。そういえばこの季節の箱根登山鉄道といえば「あじさい」。一般の旅行者にもお馴染みで、線路脇にもっさりと咲き誇るあじさいと電車の写真は定番中の定番だ。適当に国道からわき道へ入り線路に近づく。するとそこはもうイメージ通りのあじさいの電車みちだった。この時間の電車はかなりの頻度で運転されているらしく、また急斜面にスイッチバックや急曲線で線路が密集しているため、山の上のほうから、下界から、後ろのほうから3本の電車の音が聞こえている。ちょうど山の上から通過音がしたので見上げると、狙うべきオレンジバーミリオンの車体が林間を掠めて去っていくのが見えた。旧型車は何本稼動しているかはまったく分からないが1時間もしないうちにまた折り返してここにやって来るのだろう。と気長に待ちわびる作戦に出た。やがて踏み切りが鳴る。練習に、とビデオをスタートさせると、あじさいの向こうから顔をのぞかせたのは別の旧型車だった。




2013,7/2  箱根登山鉄道線  大平台〜上大平台(信)   EOS5D  100-400mm

 この周辺はあじさいと登山電車のメッカなのか、カメラを持ったいわゆる「ヲタ」ではない普通のアマチュアカメラマンと言われる初老の方たちが何名かいらっしゃった。ハイキングついでに来られたのだろうか。場違いな白レンズと三脚でレリーズを握り締める自分は、さぞかしこの現場には浮きまくりだったと思われる。そんな場違いなオレは次に山から下りてくる列車でも撮影しようと撤収し始めていると、遥か向こうの線路脇のあじさいの陰でうごめく人影があるのを見つけた。よく見ると一人のハンチング帽をかぶったカメラマンの方が、思いっきり線路敷地内に入って強羅方にレンズを向けているのが見える。シロウトなりに車両限界は大丈夫なつもりなのだろうか?それにしても我々「撮りテツ」からしてみれば常軌を逸している撮影場所だ。思わず大声で叫んだ。「おぢさぁーーん! そこ怒られるよぉーー!」 車両の性能は詳しくは知らないが、こんな急勾配で列車を停めてしまったらそうとう厄介なのはオレでも分かる。するとそのおぢさん、分かってるよーと言いたげな表情でニヤリと笑いながら帽子を取って合図する仕草を見せた。「ダメだ・・・これだからシロウトは・・・」 注意喚起によって少し線路から離れてくれたのは良かったが、もう上り列車がやって来てしまう時間だ。おぢさんは緊急停車の紙一重のところでご撮影されるらしい。何事も起こらなければと願いながら自分も撮影準備を始めた。 




2013,7/2  箱根登山鉄道線  大平台〜上大平台(信)   EOS5D  100-400mm

 案の定、列車は爆裂警笛を鳴らしたものの、徐行するでもなく通過していった。おぢさん、いい写真は撮れましたか? 
機材を撤収して少し移動する。少し麓の大平台に行ってみることにした。有名な突き当り型配線のスイッチバックの駅でもある。一番初っ端に撮影した110F(って言うんでしょうか?)が強羅から降りてくる頃である。平日ではあるがさすが世界の「HAKONE」。列車もそれなりの乗車率だし大平台もそれなりの待ち人がいる。そんな中いそいそと三脚を抱えて駅構内を通る。




2013,7/2  箱根登山鉄道線  大平台  EOS5D  100-400mm




2013,7/2  箱根登山鉄道線  大平台  EOS5D  100-400mm

 どうやら今日は2本の旧型車の編成が動いているようだった。何本もの運用のうち旧型車が2本続けて運用に入っている。そうと分かればこの2本はどこかしらで離合するわけで、それを撮影してみたいと思ってきた。今日は時刻表を持ってきてはいないので携帯の乗換案内を駆使しておおよそのダイヤを特定。どこが交換可能駅になるかと頭を働かせていると、どうやら小涌谷駅であろうということが判明。早速小涌谷に急ぐ前に、もうひとつ以前から気になっていた駅に行ってみることにした。宮ノ下駅だ。


急勾配を登り詰めて宮ノ下駅到着。ここの標高は523m。
2013,7/2  箱根登山鉄道線  宮ノ下  EOS5D  24-105mm




宮ノ下を出発しさらに標高を上げる強羅行き。終着強羅の標高は553mにもなる。
2013,7/2  箱根登山鉄道線  宮ノ下  EOS5D  100-400mm

 そしていよいよ小涌谷へ。この辺になってくると各駅の周辺には温泉が沸き、様々なレジャー施設や宿泊施設などで一年中旅行者が絶えない。どの駅も平日だというのに活気があって賑やかだ。特に外国人旅行者も多く、古くからの観光地としてこうして栄えているのが同じ神奈川県民として誇らしい。そんな小涌谷の駅に潜入した。




2013,7/2  箱根登山鉄道線  小涌谷   EOS5D  24-105mm

 時間はまだ14時前。天気も午後になって冴えなくなってきたし、近くの峠道もついでに攻めたい気分になってきたので、早いが撮影は切り上げることにした。無骨な旧型車が健在である箱根登山鉄道だが、来年3000形という新型車両がお目見えするということで、発表はされていないがこの旧型車がいつまで健在するか時間の問題になってくるだろう。旧型車として登山電車という独特な個性で、いつまでも箱根の山々にモーター音を轟かせてほしいと思った。


【昔の写真】

 小学生の頃、家族で箱根に1泊で出かけたことがあった。家族と言ってもなぜか親父が同行していなかった。その理由が思い出せないのだが、母親と妹で定番ルートで巡ったらしい。「らしい」というのは残された写真の中だけで、正直記憶には少しも残っていない。そんな30年前の写真があったので公開してみたいと思います。



まだ登場したばかりの旧塗色1000形。旧型車しかいなかった箱根登山鉄道に新しい息吹を与えた。
1984年頃    箱根登山鉄道線   小涌谷



1995年まで活躍した3代目ケーブルカー。当時は単行であった。
1984年頃    箱根登山鉄道鋼索線   強羅



こちらは現在の車両。スイス製の2両編成
2013.5/29   箱根登山鉄道鋼索線   早雲山



更新前の箱根ロープウェイ旧搬機。すれ違いざまに撮影。
1984年頃    箱根ロープウェイ



2000年に大規模な架け替え工事が行われリフレッシュしたロープウェイ。
2013.5/29   箱根ロープウェイ   大涌谷