もう一度、あの大地をバイクで・・・。江差線


 2013年の夏季休暇は9月の第2週の平日に5日間ゲットできそうになった。今回の目的地は決めていた。「江差線」。来年5月で廃止となる地方交通線だ。全長79.9kmの内、函館(正確には五稜郭)〜木古内間は本州と北海道を結ぶ大動脈の津軽海峡線の北海道寄りのアプローチ区間であるため、電化もされ昼夜を問わず特急列車から貨物列車までひっきりなしに運転されているのだが、木古内から先、江差までは山あり海ありの風光明媚な路線を単行の気動車が1日6往復という、超閑散路線に様変わりしてしまう。今回廃止となるのは木古内〜江差の末端区間。42.1kmだ。

 かつて北海道は幹線のほかに津々浦々赤字ローカル線が張り巡らされていた。昭和末期の国鉄再建法により1983年白糠線の廃止を皮切りに、1990年の大社線で、いわゆる赤字ローカル83線の整理が一段落したのだが、この再建法完了後もいくつかの路線は不採算という理由で廃止されており、北海道では深名線、上砂川支線がこれにあたり、江差線は国鉄再建法による整理後、3番目の廃止となる。1980年代はいわゆる赤字ローカル線ブームの真っ只中であったが、当時まだ幼すぎて一人旅することは適わず、伝え聞く○○線廃止、というニュースに、もっと自分を早く産んでくれたら・・と親を恨めしく思ったものだった。そんな自分も1995年9月、再建法による廃止ではないが、並行する代替道路の完成により廃止となる深名線のラスト3日間に立ち会うことができた。北海道らしい情景を行く鉄路、時代に取り残された感のある古びた木造駅舎とキハ53。そして何よりも見ず知らずの旅人が出会う楽しさ。特に当時極貧だったため90ccの原付バイクで参戦したので、「旅」をしているという心の豊かさが思い出を一層美しいものにしてくれた。もう二度とあんな経験はできないだろう・・・。

 あれから20年近く。社会人となった今、限られた休暇の中で「心のゆとり」など言っていられない。現在の江差線で使用されている車両は北海道色のキハ40であるとのこと。写欲も沸かないので現地の雰囲気を楽しもうと、列車→レンタカー→空路でのプランを練り始めた。こちらも近いうち廃止が噂されている寝台特急「あけぼの」で行こうか、それともまだ未体験である320km/hを「はやぶさ」か・・・いろいろ机上の空想を考えていると、やはりあの原付で行った深名線の体験が強烈に蘇ってきた。


「バイクで北海道に行きたい」


 今も昔もバイク乗りにとって北海道とは特別なところである。現在、バイクでの渡道者は最盛期の半分以下という話も聞くが、夏の北海道はライダーの聖地であることに変わりはない。一直線の道、牧場の匂い、見渡す限りの丘陵、荒涼とした海岸線、フェリーに愛車を積み込む時の高揚感、突然の通り雨、野宿、自炊、一期一会の旅人。それに自分は駅寝、古びた駅舎、撮影、が加わる。あーもぅダメだ!! 無理してでも実行に移すべし!  バイクで北海道に行くという行為が、もうどうにも堪らなくなってきてしまった。あとは実現可能かどうかを判断してみるのみだ。

 幸いなことに江差線は北海道の最南端に位置し、陸路とフェリーで行く身分にとっては大いに助かる。青森まで約700km。半日ちょっとで走りきれる。青森〜函館のフェリーは4時間弱。函館から木古内まで100km圏内。5日の休みで十分可能である。そうと決まれば長期休暇前の最後の休みの日、タイヤの空気圧、各部へのグリスアップ、エアクリーナー清掃、ブレーキパッドのチェック、スパークプラグの清掃など、長距離走行の準備をしておいた。

2013.9/10

 撮影機材と最低限の生活物資を満載した愛車を「よっこいしょ」と起こしエンジンに火を入れる。いつもと違う重量感にこれから始まるロングツーリングへの期待に少し身震いした。9:40。住み慣れた街を後にする。今日の目的地はとりあえず函館だ。東北道をのんびり走りながら青森に到着して、夕方経つフェリーに乗って函館に0時前に到着していたい。フェリーは24時間運航されているので、そのまま朝まで待合室で寝てもいいし、最悪青森到着が遅くなっても夜行のフェリーで渡ることができる。少し渋滞する首都高を抜け、東北道へと進んだ。路肩のキロポストの数字を「ゼロ」から「675」まで積算させる作業の開始でもある。佐野SAで最初の休憩。佐野ラーメンを食し北上を続け、安達太良SAで最初の給油。そんなに急ぐペースでもないので途中2箇所ほど休憩し、薄暗くなったころ岩手山SAで2回目の給油と食事。ここから本格的な山越えの区間だ。出発時は半袖だったが休憩の度に1枚づつ重ね着をしていき、岩手山SAを出る頃には真冬の防寒体制にまでなっていた。一番最初の計画では、青森発19:10発の便に間に合う予定であったが、宮城県内を走行中、現在のキロポストからこれからの休憩と平均速度を算出すると、どうも厳しい感じになっているのが分かってきた。しかしここで無理は禁物。次の22:15発の準夜行便で渡れば問題なさそうだ。22:15発は津軽海峡フェリーの中でもっとも新しい機材である「ブルードルフィン」で就航されているので、こちらも楽しみの一つになりそうだ。そして横浜を出て11時間。ようやく青森港フェリーターミナルに到着した。同じ便で渡道する二輪車は他に3台のみ。オフシーズンだから当然だろうが、少し寂しくもこれはこれでハイシーズンにはないいい感じの侘しさだ。早速窓口で乗船券と二輪車の航送券を購入し、外に出てこれから乗り込む「ブルードルフィン」とバイクを一緒に記念撮影。放送に促され係員の誘導に従い、いざ乗船。この感覚。何年ぶりだろうか? 東京湾フェリーには絶対にない心地よい期待感だ。22:15分の便はほとんどがトラックの運送関係の利用であり、自分含めバイクや一般人は数名であった。もっともトラックドライバーは別室の専用スペースを占有しているので、我々一般人はほとんどガラ空きの船内でくつろぐことができる。デッキで出航を見届け、シャワーを浴び、自販機のカップ麺を食らうともうすることがなくなり、3時間40分という中途半端な乗船時間からビールも呑めず、広い船室でたった独りうたた寝をする時間が始まった。

 やがて函館到着の放送に目を覚まされた。うたた寝はいつの間にか深い眠りに変わっており、まだ目覚めない頭でまどろみの中、何年ぶりかのバイクでの北海道上陸の感動も無いままターミナルビルへ。そこで朝までもう一眠りすることにした。


本日の走行距離 763km

2013.9/11

 3時間ほど寝て5:30起床。すぐに出発の準備に取り掛かる。薄日が差している函館市内で給油の後、木古内方面へと向かうバイパスに乗る。ほとんど通行車のいない快適な直線路を朝日を浴びながら西へ進むと、工事中の北海道新幹線の橋梁が寄り添ってきた。建てられた架線柱にはまだトロリー線が張られていないようだったが、粗方の工事は終了しているようだ。しかしながらこの北海道新幹線が開業する頃には当然江差線は存在せず、陸路で東京から4時間弱で北海道の超ローカル線に乗車しに来ることはできなくなってしまう。江差の少し手前でバイパスは終了。海岸線を走りながらいよいよ今回の旅の第一の目的地である木古内市街に差し掛かった。木古内駅前を通り道道5号線へそのままスルーし、江差線と並行しながら奥地へと入っていく。まずは市街を抜けて最初に出会った江差線の駅を訪問した。




渡島鶴岡
2013.9/11   江差線   渡島鶴岡    EOS5D  24-105mm

 こうして一つずつ各駅を見物してから、まず地勢を頭に入れようと地図を見ながらのんびりと江差方面を目指して走り出した。いかにも北海道らしい緩やかに広がる丘陵やまっすぐな一直線の道・・とは道南のこの地ではイメージと遠いが、それでも本州の朝とは違った北海道独特の空気を切り裂きながら走っていると、ようやく自分はこうして何年かぶりに北海道にバイクでやって来てしまった、という実感が沸いてきて、なんだかもう嬉しくて叫びたい気分になってきた。快適な速度で走りながら、次に目指すは学生時代、日本縦断をしている時に駅寝をした吉堀に向かう。確か当時、すでに貨車改造の駅舎になっていて、夜中に襲った豪雨をしのいだ記憶があるが、訪れてみると当時の記憶の印象とだいぶ違っていてずいぶんと寂れまくった様態になっていた。あの時の記憶が蘇るのではと、駅舎内に入って10年以上前に寝たベンチに寝転がって天井を見上げてみたが、不思議とそれが思い出されない。それが時の流れなのか。




吉堀
2013.9/11   江差線   吉堀    EOS5D  24-105mm

 のんびりしているうちにそろそろ江差からの一番列車がやってくる時間だ。撮影地を探さなければならなくなってきた。朝はあんなに晴れていたのにいつの間にか重い雲が立ち込めるようになっており、いつ雨が降ってもおかしくない天候になっている。撮影地を探し始めるとすぐに、道道から臨むことができる鉄橋に出会うことができた。別に被写体は涼しげな北海道地域カラーなのでこの曇り空には一層映えないだろうが、とりあえず記念にと一番列車を待ってみることにした。




2013.9/11   江差線   神明〜吉堀    EOS5D  24-105mm

 何と言いましょうか、いつもの事ながら薄緑色のコーポレートカラーをまとったキハ40は写欲が全くそそられない。まぁこれは分かっていたことだし、今回の目的はとにかくバイクで北海道がメインテーマだったことを思い出した。それはそうと早速資材をしまいこみ、今撮影した函館行き121Dを追っかけることにした。途中吉堀に停車するので十分間に合うだろう。吉堀駅を通過し列車を追い越し、道道から広い田んぼを見渡せるポイントで広角で仰ぎ見ると、すでに背後に列車はやってきた。




2013.9/11   江差線   吉堀〜渡島鶴岡    EOS5D  24-105mm




後ろに見えるのは北海道新幹線の高架橋。開業する頃には江差線は存在しない。
2013.9/11   江差線   木古内〜渡島鶴岡    EOS5D  24-105mm

 木古内から戻ってきた列車を撮影した後、この列車を追いかけてサミットの峠を越えて、上り列車と交換する湯ノ岱駅に急行した。ここは木古内〜江差間で唯一の交換駅で駅員も常駐しているのだが、超閑散線区の江差線末端区間で、この駅で交換するのは朝の一日たった2回のみで、他の便は線内で行ったり来たりのピストン輸送である。江差線はこの湯ノ岱〜江差までの区間のみスタフ閉塞が残っており、そのほか北海道では留萌線、札沼線のそれぞれ末端区間に残るだけであり、かつては全国で見られた通票の授受もかなり希少になってきている。こいつは見逃せない。快適な道路と勾配で速度の上がらない列車のおかげで、湯ノ岱駅には列車よりかなり先行して到着することができた。駅構内を遠くに望む踏切で望遠レンズに付け替え構内を臨むと、対向する上り列車はすでに到着してきており、下り江差行きを待っている。ほどなくして踏み切りが鳴り、背後から120D到着。スタフの入ったキャリアの受け渡しの瞬間をキャッチしようとファインダーを覗き込んでいると、到着した列車からカメラを持った大きなお友達数名が一斉にホームに出て写真を撮りはじめたため、ここからその様子をうかがい知ることはできなかった。




左の下り列車到着の瞬間。
2013.9/11   江差線   湯ノ岱    EOS5D  100-400mm

 こればっかりはしょうがない。自分が乗客だったら彼らと同じ事をしていただろう。まだ午前9時前であるが、本日最後の線内列車交換を終えそれぞれの列車はそれぞれの目的地に走り去っていった。撮影を終え、少し湯ノ岱駅を見学してみようとバイクを数百mほど走らせ駅前のロータリーに停めた。湯ノ岱駅は、非常にこじんまりとしているが途中唯一の有人駅であることもあって手入れがとてもよく行き届いており、勝手にイメージしていた廃止間際のひなびた印象など少しも無かった。






2013.9/11   江差線   いずれも湯ノ岱    EOS5D  24-105mm

 駅名や地名も「湯ノ岱」とあるだけあって近くに温泉があるそうなので、今日の夜はここでひと汗流したいと決めた。駅舎内で少しのんびりしたあと、終着江差へ向かうことにする。しばらく線路は天の川に沿って下っていたが宮越辺りから周辺はひらけ始め、北海道らしい風景が広がってきた。信号はおろか一緒に流れる車さえも無く、ただ淡々と自分のペースで進めるから気持ちよい。スロットルは常に微開。なんのストレスも無く軽やかにエンジンは回っているので、正確ではないが車上の燃費計はずっと40km/l以上をキープしたままで、次回給油時の燃費測定が楽しみだ。湯ノ岱からずっと海へ向かって下り切り、やがて日本海沿いの街、上ノ国町に到着した。一応行政の中心地でもあるので役場と集落があるが、終点江差は海沿いを走ったさらに1駅先だ。日本海を左に見ながら北上する。走っているとふと10年以上昔、日本縦断ツーリングをしていた時にこの地を通過した際、ついで程度に右手のどこかの丘に登って列車を撮影していたことを思い出した。たしか治山工事の現場が休みだったかで少しお邪魔して山に登って撮影した記憶はあるのだが、これだけ時間が経つとかつての工事現場は緑に覆われほとんど撮影場所は特定できない。同じ場所に立ってみたいと思ったが、その時の写真も持ち合わせていなかったので記憶の中でしかないが、今回は記憶を巡る旅ではないのでスルーすることにした。




その当時の写真。現在は背後の丘に発電風車が立っている。
1997.8   江差線   上ノ国〜江差    EOS55  28-105mm

 やがて終着江差市街に到着。腹も減っていたのでコンビニの駐車場で飯を食いながら今日のこれからの行動計画を立てる事にした。ポカポカの陽気だったのでバイクに跨り地図を見ながら少し遅い朝飯。これから江差発4175Dを撮影しながら追いかけ木古内まで帰ることにし、それから再度作戦をたてることにした。まずは江差駅へ。日本海に面した漁港の町の少し高台に立つ駅だった。かつては町の中心であったことはもとより、都会へのたった一つの玄関口であったのだろう。現在の列車の本数とは似つかわしくない堂々とした存在感であった。








2013.9/11   江差線   いずれも江差   EOS5D  24-105mm


江差 10:27発 4175D。後追いで撮影。
2013.9/11   江差線   江差〜上ノ国    EOS5D  100-400mm

 4175Dを撮影した後、追っかけを開始。北海道の地方交通線であるものの、そこはやはり北海道だけあって駅間はやたら長く、普通気動車といえども結構飛ばして走るのだが、それ以上に併走する道路もかなりの快適路であるので余裕で今行った列車を捕獲できてしまうことに、往路気づいた。上ノ国から再び山間へ。すると来る時には無かった片側通行止めの工事が展開されていた。警備員のいない自動で切り替わる信号のサイクルがこれまた長く、いつの間にかすぐ背後まで4175Dに迫られていた。悪あがきの法定速度+××で撮影場所に到着。サイトなどで何度も見たお馴染みの光景が眼下に広がった。




なんだか今日は天気が冴えない。薄曇の下追っかけ成功
2013.9/11   江差線   宮越〜湯ノ岱    EOS5D  24-105mm




峠を越えてまた追いついた。緑の嵐の中の坂道を下る単行気動車。
2013.9/11   江差線   神明〜吉堀    EOS5D  24-105mm

 ここからはさすがに道路も細く、まして列車はスピードを上げて坂を転げ落ちるようにすっ飛んでいくので追っかけはここで終了。森の中の小道で一服しながら今日の午後の作戦を立てる事にした。天気予報では午後は曇りの予報。なのでせっかくはるばる北海道までやってきたので、列車に一往復乗車してみることにした。少しは金を落としていかないと・・・などとは考えていなかったが、やはり列車撮影を専門としていると、どうしてもその列車の車窓からの雰囲気を味わいたいと思ってしまう。撮って乗る!年のせいか、これこそが最近この趣味の醍醐味ではないかと考えるようになってきた。その前に少し寄り道。出発前から気になっていた神明駅を訪問してみた。訪れてみると板張りのホームと簡素な造りの木造待合室。これだけで自分なら何時間もいられそうなことに加えて、宿泊施設にもなってしまいそうだ。学生時代ツーリングで駅訪問した時、いろんな駅に設置されていた旅ノートも健在だったので、それに目を通しながら1時間ほど滞在してみた。








いずれも神明駅

 神明駅での滞在を終え、バイクを走らせ海峡線との分岐駅、木古内に舞い戻ってきた。乗るべき列車は14:44発、4174D。ほとんどの江差線が函館始発の中、数少ない木古内始発なので好きな座席を占領できそうだ。江差まで行ってここまで折り返してきてつぎにバイクに跨るのは4時間後。とくればビールである、ビール! 呼気に出てしまうとアレなので350mlの小さいやつを駅売店で仕入れた。列車入線前のホームで全て飲み干し、やがてやってきたキハ40に潜り込んだ。




4174Dは線内折り返しだが、なぜかサボはどんな便にも使える汎用品

 久しぶりに窓の開く列車に乗った。寒冷な北海道の普通列車は非冷房であることが多く、国鉄型なら窓を開けて風を感じながら楽しむことができる。20年ほど前ならどこでもできた旅の醍醐味。特に江差からの帰り道、上ノ国までの日本海沿いを夕日を浴びながら疾走した風はこの旅一番の印象に残った。

動画

 上ノ国を過ぎると列車は内陸に進路を取り峠越えに向かうため田園地帯に差し掛かると、景色も単調になってきたので心地よいジョイント音に身を任せているうちうたた寝をしていた。多分10分15分だったであろう。ふと我に返ると車窓にとても懐かしい物が出現した。ハエタタキである。1960年代の古い鉄道写真には欠かせないアイテム。幹線系統では何本もの腕木が通信線を支えて線路端に存在感を誇示していたが、ここ江差線のような閑散線では3本程度の小ぶりなもの。当然ケーブルは取り払われ現役ではないがぜひ撮影して後世に伝えたいアイテムだったので明日地上から撮影すると決め、場所をメモっておいた。そしてそのまま列車は快調に走り続け、バイクを置いておいた終点木古内に到着した。さてどうしたもんか・・・。寝るにはまだ早いし、飯を食いに行くにも街は遠すぎる。そうだ!こんな時は温泉だ。沿線には唯一の湯ノ岱温泉もある。すぐにバイクを走らせ、今日5回目の稲穂峠を越えて湯ノ岱市街にやってきた。夕暮れ迫る町外れの公衆浴場へ。オフシーズンであるため地元の人が数人ほどの利用しかなく、広い風呂に足を伸ばし今日一日の疲れを取っていると、遠路はるばるバイクで旅をしていることを今さらながら実感した。



 売店でまたもやビールを買ってググッと行きたいところだが、今日はここで泊まるのではなく移動もしなければならないので我慢し、いよいよ本格的に腹が減ってきたので江差の街まで行って飯を食うことにする。すっかり暗くなったころ江差到着。ラーメンでも牛丼でも何でも良かったが、ここ江差にはイメージしていたそんな都会の享受を得られるわけものは全く無く、こうなればどこでも食堂的なところがあったら入ってみようとしばらく狭い市街をぐるぐる徘徊していたが、時間も経つにつれて街の明かりが少しずつ減っていくのを感じた。まだ20時前であるがすでに人通りはほとんど無く、久々の旅先での食いっぱぐれの予感がしてきた。気温もどんどん下がってくるので駅寝駅までの移動もあるるため、仕方なくセイコーマートで夕食を調達しようと入ると、弁当コーナーの食材はほとんど売り切れで、仕方なしにかろうじて売れ残った紅鮭のオニギリ1個とカロリーメイト、そして駅寝のお供、魚肉ソーセージとビールを購入して、再び真っ暗な原野を貫く道道を走り出して街を後にした。今日の宿泊場所は昼間下見しておいた宮越駅。味のある神明駅も検討したが、あまりにも山の中であったので、昔には無かった人恋しさを思ってしまい、少し人里に近い宮越駅を選んだ。おそらく停留所として開設された駅で、棒線に片ホーム、そして待合所だけある簡素な駅だ。旅装を解いて寝る前の楽しいひと時。セイコーマートで買ったささやかな夕食を楽しみながらビールを2本開けた。やがてそろそろ最終列車がやってくる時間だ。屋外に出て三脚をセット。土と木々と水の匂いがする静寂に包まれた世界に自分は包まれていた。




21:30。最終江差行き。降客も乗客もいないまますぐに出発して行った。
2013.9/11   江差線   宮越    EOS5D  24-105mm



 9月とはいえ北海道なので相当冷え込むことは覚悟していた。持ち合わせている全ての防寒対策をして寝袋に入り、酒の勢いと疲労もあってすぐに眠りに堕ちた。

本日の走行距離 289km


2013.9/12

 暑さで急に目が覚めた。外はまだ暗く時計を見ると2時。寝袋に入っているとあまりに暑く、全身から汗が流れ落ちていた。どうもこの待合室内、湿気が高いようで窓を開けたくても虫が大量に入ってくるのでしばらく我慢していたが、どうにも寝付けなかったので外に出てタバコを吸ってみたりホームの上をウロウロしたりしてみたが、状況は変わらず、結局4時頃まで苦しんでいたが一瞬意識が堕ち、次に目が覚めると一番列車到着の30分前だった。外に出ると気が付かなかったが夜中に雨が降ったようで濡れた草木と湿った冷たい大気が辺りを支配していた。列車到着前にすぐに移動開始。圧倒的な雨上がりの森のみずみずしさを感じながら隣の湯ノ岱駅へ。昨日巧く撮れなかった遠望でのタブレット授受を狙うためだった。定刻に列車が到着し、望遠を目いっぱい伸ばしてその瞬間にシャッターを切ろうとすると、いつもと違い何の手応えもなく、慌てて液晶をみると、そこには初めて見る「エラー」の文字・・・。こんなとこまでやって来て「エラー」とは・・・。焦りながら電池パックを外したりCFカードを抜き差し復旧を試みているうちに、遠目ではタブレットを持った駅員さんが駅舎内に戻られようとしている。なんてこった! 今日のこれからの撮影は?明日の撮影は?今回はバイクなのでいつもの小さな相棒は連れてきていないし・・・。数分間、少し我を忘れてパニくっていたが、どうにも事態が好転しないことに諦め、カメラを収納して駅に向かってみた。雨上がりの小さな駅に降り注ぐ朝の光。あまりに美しかったので最後の悪あがきでEOSを覗いてシャッターを切ってみた。




 あ、レリーズ切れた。なんだったのか良く分からないままカメラは息を吹き返した。ならばこうしてはいられない。今行ったばかりの4170Dを追いかけるのだ。昨日撮影した天の川を渡る橋梁の同地点の反対側、木古内方にカメラを向けて動くかどうかまだ分からないまま、三脚にカメラを据付けてみた。空シャッターは何度か切れるものの心なしかCFへの書き込みスピードはいつもより遅い気がする。長年愛用してきたEOS5Dの最後の仕事になるかどうか、そちらのほうを心配しながらもうすぐやってくる4170Dを待っていた。




2013.9/12   江差線   宮越〜湯ノ岱    EOS5D  24-105mm

 列車が通過しプレビューで画像を見て、無事映像に残っていることを確認し安心した。すぐに切り替え次は湯ノ岱駅構内を遠望する国道から上下列車の交換を押さえるために少し移動し、国道脇にバイクを止めた。今行った列車が江差で折り返してここまで戻ってくるまで約1時間後。食料も無くタバコを吸うくらいしか時間を潰す方法がなかったためバイクに跨りながら気持ち悪くなるまでタバコをふかした。やがて時間になったのでセッティング開始。手持ちの装備である400mmでは少し遠い感は否めないが、狙ってみた。



         
2013.9/12   江差線   湯ノ岱    EOS5D  100-400mm

 結果としてはあまりにも駅が遠かったのでタブレット授受は撮影できず。交換した江差行き120Dの出発を見届けることなくすぐに江差方面へ急行した。未訪問であった中須田駅で迎撃するためだ。




2013.9/12   江差線   中須田    EOS5D  24-105mm

 じつは先ほど湯ノ岱での交換を待っていた1時間の間、帰路のことについてもいろいろ考えていた。翌日も江差線に滞在して午後まで撮影し、最終日に一気に帰還するため東北道を爆進予定であったが、どうも明日の北海道南部の天気が思わしくないことが分かっていた。追っかけ可能な江差線で十分撮影もしたし、一日早めて本州へ渡り、予測からすると明日羽越線の「いなほ」に485系国鉄色T18が入りそうな気配が濃厚だったため、今日の昼のフェリーで青森に渡ることにしていた。中須田で列車を見送った後、昨日地図に印をつけておいたハエタタキポイントへ移動。江差からの返し、4175Dを待った。




自分はこれほどまで立派な物件を見たことは無かった。素晴らしい! 昭和の産業遺産「ハエタタキ」。
2013.9/12   江差線   桂岡〜宮越    EOS5D  24-105mm

 北海道に渡って2日目であるが、ようやくここまでの晴天に恵まれることができた。ハエタタキも天高く聳え立ち、気高く感じられる。列車通過を見届けると、いよいよ最後の撮影に向かうべく、バイクを操り列車を追いかけた。




2013.9/12   江差線   宮越〜湯ノ岱    EOS5D  24-105mm






「記念に」と、海峡線、江差線の分岐にて。
2013.9/12   江差線   渡島鶴岡〜木古内    EOS5D  24-105mm

 2日間、あっという間だったがとうとう北海道を去る時が来た。昨日もあった長い長い片側交互通行に進路を邪魔されながらも木古内へ抜け、函館市内に到着。フェリーに乗る前に給油と飯を食い、14時ちょうど発のフェリーを待った。やがて折り返しとなる青森からの便は、「えさん2000」というなんだか貨物船のようなボロくて小さい船。船内に入ると客室は限りなく小さく、売店やロビーもないような非常に窮屈なオールモノクラスの機材だった。しかし明日の「いなほ」撮影のため次の便を待っていることはできず、やむなく乗船。しかしたった2日間だったが長年の夢だった北海道ツーリングを果たし、心は満ち足りていた。乗客は夏休みの北海道帰りと思われる学生グループたちでごった返し、船室を出てくつろごうにも共有スペースなど皆無の「えさん2000」なので津軽海峡を見ながらデッキでひたすらタバコをふかし、青森到着を待った。17:50、青森着。薄暗くなった市内を青森ICめざし、東北道に乗る。明日の撮影は南鳥海〜本楯の鳥海山バックでの485を計画していたので、今夜の寝床は秋田以南の羽越線の無人駅を探したい。しかし暗闇の東北道を疾走していると、野宿するのも面倒くさくなった上に、フェリーでも風呂に入れなかったので金を払ってでも屋根のあるところに泊まりたかったので、以前、「あけぼの」を撮影するために訪れた際に宿泊した、秋田市内の健康ランドを思い出しそこを目指し南下した。碇ヶ関で一般道に降り、あとはひたすら秋田市内へ。秋田道で凶暴な運転をする軽自動車と激しいバトルをした後、インターから程近い健康ランドに潜り込んだ。学生時代には連続10泊以上の野宿も平気でしていたが、3日ぶりに人間らしく風呂に入って屋根のある場所で寝られることのありがたさが、ひしひしと感じられる齢になってしまったことに少しショックを受けたものの、ビールを飲んで休憩室に転がり込むとすぐに意識を失ってしまった。

本日の走行距離 316km


2013.9/13

 翌朝6時過ぎ起床。すぐに健康ランドを出発し撮影地まで南下を開始した。本日狙うは「いなほ8号」。運用番号で言えばA606に当たるのだが、前日のA605の前半にT18編成が就いた情報はあったものの、気になる上沼垂出区後の後半の目撃情報が出ておらず、T18の可能性はあるものの、車両センターでの差し替えも頻繁に行われることも多々あるので、その今日の「いなほ8号」の充当車両は何が出るか見てみなければ分からない。といってもまぁ秋田車両センターを覗けば本日の「いなほ8号」充当車両は待機していて分かるはずだが、気づいたのは秋田市街を出発してから20kmほど進んだところだったのでそのままスルー。そして撮影地を目指す。秋田から100km弱。時間もまだまだ余裕があるので並行する高速は使わずに、ひたすら一般国道7号線で南下する。休憩も途中のどこかの道の駅で一服した程度に過ぎず、暑くなるであろう今日のために、クールダウン用の水を空のペットボトルに補充。途中暑くなったら服の上から水を浴びて走行するのだ。やがて羽越線屈指の撮影地として名高い鳥海山バックの南鳥海〜本楯に到着したものの、目当ての名峰鳥海山の山頂は雲に覆われており、広大な裾野がかろうじて見える程度だった。あと1時間近くあるのでこの間に晴れてくれれば、と願ったが結局薄曇りのまま列車通過時間になってしまった。天気は諦めて編成は!? やがて日向川を渡る橋梁を列車が通過する轟音が聞こえてきた。しかし頭から登場した485系は水色のT編成であった。昨日の新潟車両センター取り込みの際に編成交換があったのだ。しかし撃つことを躊躇わなかった。




2013.9/13   羽越線   南鳥海〜本楯    EOS5D  24-105mm

 足元をうろつく何千匹という大量のショウリョウバッタに少しビビリながら撤収して、いよいよ帰り道を往くことにする。時間はまだ正午前であるのでこの旅の目的というか原点に還って最後のツーリングを楽しもうと思う。羽越線沿いに南下して笹川流れをみながら新潟経由か、かつて何度も走ったことのある米坂線沿いの国道113号か、まだ未通行のルートか? コンビニの駐車場で昼飯を食いながら出した結論は、まだ乗車したことも無い陸羽西線沿いで新庄を目指し福島に至るルートだった。雄大な流れの最上川と陸羽西線沿いに走り、疲れたころふと立ち寄った駅で休憩することにした。ある程度まとまった集落にある駅で、古き良き地方交通線の中核駅の様を呈している好ましい情景がそこにあった。古口という駅だった。








2013.9/13   陸羽西線   古口    EOS5D  24-105mm

 その後、新庄〜山形〜米沢を経て栗子峠を越えた。夕方、福島市内に入り東北道に乗り、一気に関東地方を目指し、4日間と言えど久しぶりに充実したロングツーリングは幕を閉じた。

本日の走行距離 658km

今回の旅の総走行距離 2023km  終了。