キハ3062 最後の旅立ち

 昨年の12月1日に定期運用を終了した久留里線の国鉄型気動車たち。13両いた幕張車両センター木更津派出のキハ38.37.30は定期運用終了後もしばらく構内の片隅に留置されていたが、12月6日にキハ38の3両が郡山工場へ帰らぬ旅路に発ち、12月11日には後を追うようにキハ38,37,30で組成された6両が磐越西線経由で新津に向かい、第3弾ではキハ38×3両が12月19日に郡山へと、続々とドナドナ列車は木更津を旅立っていった。そして残されたのは・・・

キハ3062

ただ1両だけになってしまった。二度と帰らぬ多くの仲間の葬送行進を見送って来た3062は、木更津派出の片隅で新鋭のキハE130の活躍を見守りながら、ひなたぼっこをする毎日が続いた。そして年が明けて1月16日。この3062がついに旅立つ時がやって来たのだ。一緒に働いた仲間たちは全員スクラップか遠い異国の地に送られてしまったが、この3062だけは同じ千葉県内のいすみ鉄道への譲渡が決まっており、配給列車として鉄路で木更津→大原まで運転されるというのだ。施行日、運行時間、経路。すべて未公開であるが数日前からネットでは憶測で大騒ぎだった。房総半島の反対側への移動。北回り?南回り? 個人的には3062にとっては最後になるかもしれない海との共演で南回りだったら感慨深い。仕事は何とか調整がつく。とにかく1/16午後から翌17の早朝にかけてキハ3062は新天地に住まいを移す。このことしか分からなかった。

2013.1/16

 14時過ぎ木更津にクルマで到着した。すぐさま留置線に向かう。すると検修庫からたった1両取り残されたキハ30の顔だけが見えた。エンジンはまだかけていないようだ。いくつかネットで上がった運転時刻でもっとも信憑性の高いものを信じて訪れたのわけだが、これがもし本当ならば、

配9181レ

木更津16:49
竹岡17:32-43
浜金谷17:50
館山18:26-58
千倉19:12
安房鴨川19:46

配給9282レ

安房鴨川19:51
勝浦20:26-29
大原20:57  

ということらしい。この季節、日没前にぎりぎり走行を撮影できそうなのは木更津出発直後の1回のみ。今日はどうしても外せない仕事が19時にあり、竹岡の11分停車をバルブ撮影してすぐにアクアラインを爆走して帰れば間に合うことができそうであるので、仕事のカバン持参とネクタイをしめての参戦だ。大原に20:57に到着してからいすみ鉄道本社や工場のある大多喜までどうやって回送するのかは分からないが、0時に仕事が終わるので、再び東京湾を横断すれば何かしらの動きを拝見できそうである。

 さて木更津駅前のコインパーキングにクルマを停め、入場券を買って駅構内に入るとやはり数名の同業者の姿がそこにはあり、まだ沈黙しているキハ30の様子を全員でうかがっていた。よく見るとキハ3062の館山方には牽引を担当するDE10がすでに連結されており、またその3062にも後部標識が取り付けられていて、すでに旅立ちの準備は整っているようだ。





旅立ち前の一コマ。乗務員の皆さんも記念撮影。
2013.1/16  久留里線   木更津   EOSKissX3 17-55/55-250mm

 やがて16時前。DE10のエンジンがかかり始め、いよいよ出発の準備が整えられる。機関車に押され構内を千葉方へ移動。一旦停止ののち逆転して駅構内を通り過ぎ館山方に出場。しばらくした後、構内の中線に戻ってきた。ここで出発信号を待つ模様だ。



構内を端から端まで移動。エスコートの任務に就くのは宇都宮のDE101202だ。
2013.1/16  久留里線   木更津   EOSKissX3 55-250mm



駅構内を1往復して中線に待機中。木更津で見る夕日もこれが最後か。
2013.1/16  久留里線   木更津   EOSKissX3 17-55mm

 出発前の態勢に入ったDE101202+キハ3062を一通り撮影すると、出発までもう時間がなかった。すぐに駅前のクルマに戻り、下見しておいた撮影ポイントへと急いだ。背景は住宅とかでゴチャゴチャうるさいが、ロケーションを求めてこれ以上南下してしまうと、今度は光が足りなくなってしまうのでここで妥協することにする。自分の背後の民家の番犬にキャンキャン吠えられながら住宅地の真ん中で三脚を伸ばしセット完了。直前の普通列車で構図とブレ具合を確認すると、すぐ通過時間となりDE10のヘッドライトが見えてきた。ゲッ! とんでもなく飛ばしている。止まるか? 止まってくれるか!?



ビミョ〜だね。サービスタイムもご愛嬌。
2013.1/16  久留里線   木更津〜君津   EOSKissX3 55-250mm

 配給列車を見送るとすぐに出発だ。ここからは高速道で後を追う。すぐ近くの木更津南ICから館山道を南下。25km先の富津竹岡ICを目指した。君津から先の館山道は片側1車線の対面通行区間が連続しており、もしチンタラ70キロぐらいで走る軽トラの後ろなんかについてしまったら最後だ。しかし順調に交通は流れており、むしろ後続車に追いつかれるほどの快走の末、竹岡には列車到着10分前に乗りつけることができた。駅前にはすでに8台ほどのクルマが停まっているがほとんどが県外ナンバーで、駅構内に入ると停車目標の位置にはすでに入り隙間がないほどの三脚が並べられていた。「すいませ〜ん、前通りま〜す」なども言ってられない状況だったので仕方なく一番端に陣取ったため広角でバルビーすることにした。待っている間も続々と同業者の方が到着。すでに空き場所は無く、何人かは諦めて撤収していった。そして17:32。事前の情報通りDE10に牽かれた配給列車が静かに顔を現した。











内房線にキハ30というありそうでなかった、この非現実。
2013.1/16  久留里線   いずれも竹岡   EOSKissX3 17-55mm

 この配給列車の出発を見届けすぐにクルマに飛び乗り、さっき降りたばかりのICから横浜に向かって爆走し始めた。もし仕事が今日無ければこの先、館山、安房鴨川、大原なんかで存分に思い入れの多い久留里線キハ30の最後の旅路を写真に収めることができたはずで、今日ばかりは日にちをずらしてでもできる仕事をこの大事な日にプランニングしてしまった自分の運の無さを悔やんだ。横浜の職場へは無事に定時前に到着し、クルマの中で革靴に履き替え、何食わぬ顔で出勤した。しかし職務遂行中もことあるごとに「あ、今頃鴨川で休んでいるな」とか「そろそろ大原に着く時間だ」などと要らぬ妄想をして、仕事はほとんど手につかなかった。そして勤務終了0時! 0時1分にはまた房総半島へ舞い戻りたいのだが、今日に限ってバイト君がマヌケなミスをしたりとかでその処理にかなり時間を費やす。心の中で「テメェ、ブッ殺す」と思いながらも顔は菩薩。出発予定を大幅に過ぎた1:15。至近の首都高速の入り口から湾岸線〜アクアラインを経ていすみ鉄道の中核、大多喜駅に向かった。配給列車は終着でもある大原には前日21時前に到着しているのだが、この大原からいすみ鉄道に入り大多喜に向かうとされる「いすみ鉄道線内配給列車」の時刻は不明で、おそらく一番列車の前に一仕事終えてしまうのだろうからすでに動きはあるものと見ている。3時前。大多喜到着。しかし駅前は静まり返っており、様子をうかがうためエンジンを切ってみたが、アイドリングしているディーゼルカーはいなさそうで、念のため構内が見渡せる踏切から覗き込んでも動きは全く無いようだ。どうやらまだ到着はしていないようだ。ではこれから線路沿いに大原に向かうとしよう。気付かずにすれ違ってしまわないように慎重に線路の様子を見ながら並行する道路を進んだ。1駅過ぎ2駅過ぎ。やがて比較的まとまった集落にある国吉駅に到着した。駅前の小さなロータリーに入ると構内に明かりが灯っている。クルマも停まっていてこんな時間にも関わらず人の出入りもあるようだ。すぐに駅構内外れの側線にやってくると、ちょうどまさに9時間前に見送ったキハ3062が、小さなモーターカーに押され、ゆっくりと側線に取り込まれる最中だった。ホームには大原からここまで牽引して来たと見られる、同じく国鉄色のキハ52125がガラガラとDMH17のエンジン音を響かせながら闇夜に佇んでいた。月明かりもない真っ暗闇の中、係員の懐中電灯に誘導されて慎重に慎重に歩を進める。一方渾身の力で20m級の気動車を押し込んでいるモーターカーは、氷点下の夜空にもうもうと白煙を立ち上げながら3062を側線の奥まで押し込めると切り離されどこかに行ってしまった。この深夜のショーを見守ったギャラリー20名以上。モーターカーやキハ52が引き上げてしまうと大勢の見物人たちも早々に解散となった。一人残された自分はバルブ撮影。目が慣れてきたせいもあってか星空が本当にきれいな夜だった。



星空に見守られ新天地にやって来たキハ3062。本当に寒い夜だった。
2013.1/17  いすみ鉄道   国吉   EOSKissX3 17-55mm

 その後、国吉駅にほど近いセブンイレブンの駐車場で一夜を明かし、翌朝、駅に戻って見学することにした。当然昨夜と同じ位置に3062は居たが、よく見ると今停まっている側線はどうやら新設された線路のようで、線路周辺の古ぼけ方とかバラストが周囲のそれとは少し違和感があった。この車両のためにわざわざ敷き直したのかは分からないが、この新天地で大切にされ、走り慣れた同じ房総の地で末永く大切にされ活躍してほしいと願った。