国鉄色新幹線を撮る旅が、レンタカーでクモヤ143。

2011.11/8

 開業時より活躍していた200系が東北新幹線から撤退すると知ったのは、すっかり秋も深まった10月下旬だった。200系新幹線は、東北、上越新幹線を共通運用とする10編成が最後の勇士を見せているのだが、ちょうどそのころ発売された某鉄道情報誌にその200系の運用が詳細に掲載されていたので、立ち読みのつもりが迷うことなく買ってしまった。唯一の国鉄色K47編成含む200系は上越新幹線にはそう長くない先までだが残ることになるのだが、東北から撤退することとなれば運用も大いに変更されるだろう。確実に日々の見たまま情報をもとに出撃の予測を立てるなら今しかない。月刊誌にしては割高の¥1200を支払い本屋を出て作戦を立てることになった。狙うは次の休みの日。別に東北新幹線でなくてもいい。グリーンとアイボリーの唯一のK47をどこでもいいから撮影できるなら・・・とネットで目撃情報を当たった。

 ある休みの日の朝。通勤ラッシュで激混みの首都高をバイクで都内に向けて走り出した。本日のK47は昨日の夜、高崎で滞泊。通勤運用で東京まで一往復したあと、上り「たにがわ478号」でもう一度都内へやってくる。それを都心で狙うためだ。湾岸から中央環状線に入り王子で一般道へ。目指すは新幹線や在来各線の超俯瞰撮影スポットとして知られる北区役所、通称「北とぴあ」展望台だ。バイクのお陰で渋滞も何とかすり抜け、間に合うかどうかの瀬戸際で出発したのだが、現地に着くとまだ20分ほど余裕があった。まず駐輪場を探すべく付近をうろつく。区役所なのでそれなりの利用者のためにそれなりの駐輪場くらいはあるかと思っていたが、とんでもなかった。「北とぴあ」の建物の周辺を探してみるが、どうやらそんなものは用意されてなさそうで、さらに徘徊を続けていると東北本線の線路の反対側に来てしまい、戻ろうにも一方通行で足掻けば足掻くほど目的地から遠ざかってしまい、時間はますます無くなってくる。一旦駅周辺を離れて遠回りでエスケープ。もう時間がないので無理やり地下の4輪駐車場に入れてしまおうと入口の遮断棒に近づくと、インターホンから声がした。「すいませんねぇ〜、バイクは入れらんないんで裏の公園に止めてくださいねー」 公園に止めろだとぉ〜?? 時間も本当になかったため素直にバックで引き返し、その裏にある公園の一角にバイクを止めた。もうすでに「たにがわ478号」は大宮を出ている頃だ。機材一式を出している暇もないのでカメラバックだけをかついで猛ダッシュ。最上階に向かうエレベーターに乗り込んだ。ほどなくしてエレベーターは最上階の展望台に止まった。最上階はこの展望台といくつかの小さなテナントが入っている程度で、こんな平日の午前中にわざわざ見物にやって来る人は少ない。安心してすぐ北側の展望台に陣取り大宮方を望むと、すぐに緑色の帯を纏った200系新幹線は姿を見せ始めていた。露出を決めている暇も全くなかったので、咄嗟にプログラムオートにして画角を決め架線柱の間から200系が顔をのぞかせた瞬間、シャッターを切りこんだ。




大都会にゆっくり歩を進めてきたK47編成。
2011.11/8  東北新幹線  大宮〜上野  EOS5D  100-400mm

 眼下を通過してゆく新幹線を見送り地上に戻る。さてこれからどうしようか。今上って行った「たにがわ478号」は東京に到着すると回送として上野第一運転所で午後まで昼寝して、夕方の「とき327号」で新潟を目指す。だいぶ時間ができてしまった。ていうかどこで撮ろうか?高崎以北ではトンネルは多いものの大自然を行く新幹線を撮ることはできる。ただしこの季節だと日照との厳しい戦いになりそうである。そうならば駅撮り。高崎駅か本庄早稲田か。ともかく時間もたっぷりあるので北上してみることにした。時間をつぶすように新大宮バイパスから国道17号線を走り、途中吉野家で牛鮭定食を食った後、本庄市内に入った。本庄早稲田の駅前はまだまだ開発の始まったばかりという感じで、建物らしい建物は見当たらず、広大な駅前駐車場だけが広がる荒野だった。人の気配の消えた閑散としたコンコースで入場券を買い求め、駅構内へ。広く長いホームに出るとちょうど列車が来ない時間だったためか無人の貸切状態だった。狙うべきK47編成「とき327号」まであと1時間以上時間があるが、優等列車の「とき」だけあってこの本庄早稲田には止まらず通過してしまうため、高速の新幹線のベストなタイミングでいただくには連写に任せず一発撃ちで仕留めなければならず、その1時間を利用して事前の通過列車でカラ撃ちの練習をしてその時が来るのを待った。やがてその時。遠くから轟音が聞えてくるや否や、ビデオをスタート。ファインダーに全神経を集中させて一発入魂した。




ちょい早切り。最古参の新幹線と言えどもやはり速い。すんでのところで止まってくれた。
2011.11/8  上越新幹線  本庄早稲田  EOS5D  100-400mm

 再び静寂に包まれるホーム。本日はこれにて撤収することとした。天気もあまりよくなく、残念な感じになってしまったが、11月中にもう一度リベンジを果たそうと、その日は帰宅することにした。

2011.11/10

 その2日後のことである。頻繁にネットで200系の情報収集をしていると、意外にも運用順通りに流れておらず、頻繁に差し替えしていることが分かった。特に新潟や上野で滞泊すると、あくる日何事もなかったかのように別運用に置き換わっていることが度々あるようだ。そして今日もそんな日。おととい撮影したばかりの70運用にまた今日も就くらしい。ちょっとした訳あって今日は通勤で混雑する東海道線上りで東京に向かい、機材を満載した重いリュックを背負い京浜東北線に乗り換えて、前回と同様、王子の「北とぴあ」の展望台に向かった。今回は前回と同様、俯瞰編成写真と、長タマでK47の流しに挑戦するつもりだ。空調の音だけがする無人の展望台で持ってきた巨大なリュックを広げ三脚、ビデオ、一眼2台、白レンズと次々に取り出し自分なりのフル装備をセッティングする。まるでビルの非常階段からターゲットを狙うスナイパーのようだと、一人ニヤニヤしていると、前回と寸分違わぬ定時刻で緑の200系がビル群を縫って向かってきた。あいにくの曇り空ではあるが、スコープで、あ、いやファインダーで慎重にビームの間から顔をのぞかせるタイミングをうかがう。すると連写開始してすぐに画面下の方から別の車両がヌルヌルと姿を現してきた。マズイ・・被る。アワワワ・・・と独り言を発する間もなく連写を終え、すぐに気を取り直して流し用のサブ機を構えた。




5つの新幹線が共存するところなので仕方ないか・・。こまち+はやてが切ないほどにグランドクロス。
2011.11/10  東北新幹線  大宮〜上野  EOS5D  100-400mm



かなりの低速なので、きちんといただけたのはこの一枚のみ。
2011.11/10  東北新幹線  大宮〜上野  EOS kissX3  55-250mm

 と、こんな感じで北とぴあでの撮影を終え、下界に降り、電車移動だったのでずっと我慢してきた煙草をビル前の喫煙ゾーンで2本ほどモクモクやってから都電の王子駅前電停に向かう。時間には余裕があるので人生2回目の都電に乗って移動しようと、低いプラットホームに立った。最初にやってきたのは形式はよく知らないが新型の車両だった。確か釣り掛け車も走っているようなことは知っていたので、初めに来た新型は見送ってその釣り掛け車を待つことにした。この時間でもかなり利用者は多く、乗車口を知らせる看板の前に自分を先頭に列がすぐできてしまうのだが、入ってきた電車を見るとそそくさと次の人に順番を譲って次の電車を待つ、という怪しい行為を繰り返すこと3回。ようやく旧型車が入線してきたので乗り込んだ。ゴォーというスピードの割には重厚なサウンドを轟かせ下町を走ること数十分。終着の三ノ輪橋に到着した。




7000系というらしい。よく見りゃトップナンバーじゃん。
2011.11/10  都電荒川線  三ノ輪橋  EOS kissX3  18-55mm

 そんなこんなで三ノ輪橋到着後、地下鉄日比谷線の三ノ輪駅まで商店街の中をトボトボ歩き、銀色のチョッパ車に乗り、上野駅にやってきた。目的地までの切符は券売機で購入できないのでみどりの窓口に入場。窓口氏は若い女性の係員だった。「ご、後閑まで・・」 2,3秒の沈黙のあと「?」と聞き返される。「じょ、上越線の後閑まで・・」 ようやく理解したのかマルスをたたき始めた。高崎まで新幹線ですか?と尋ねられたので渋川までの在来線特急の自由席券も依頼。2枚の切符を手に特急用ホームに入場した。乗るべき「草津5号」の入線までしばらくあったので、コンビニ仕様の安い幕の内弁当とビール500mlを購入。それでもまだ列車はやってこないので我慢しきれずに喫煙所でモクモクしながら1本やってしまった。少し気持ち良くなってきたところで185系が入線。水上方の7両は最近塗色変更された湘南色の編成だった。写真では見たことあったけど初めて見る実物。なんだかな〜、遠目からなら80系に見えなくもないんだがな〜と記念撮影をした後、お替りビールを追加購入ののち、車内の人になった。発車と同時に2本目開栓。弁当も食ってしまうと心地よい在来線の走りとジョイント音に大宮を手前にして眠りこけてしまった。




せめて200番台ならグリーンの帯を希望。
2011.11/10  東北本線  上野  EOS kissX3  18-55mm

 新前橋で後ろ7両が切り離され、やがて渋川13:45着。乗ってた185系は吾妻線に向かって進路を変えてしまうので後からやって来る普通電車に乗り換えた。107系は快調なスピードで高度を上げ目的地、後閑に到着した。後閑は上越新幹線の上毛高原に同じキロ程を奢っているほどで、言わば横浜と新横浜の関係と同等であるが、ホームに降り立つと平屋の有人駅舎と2面のホームがあるだけという典型的な地方の幹線駅で普通列車からはパラパラと数人が降りるほどだった。なぜこんな駅で降りたのか。この後閑駅は河岸段丘の利根川を挟んで向かいに上越新幹線の上毛高原駅がある。上毛高原駅すぐの高崎方には撮影地として名高い赤谷川橋梁が架かっており、今朝撮影したK47編成は上野第一で昼寝した後、新潟を目指して間もなくやって来るのである。それだけを撮るためだ。とはいっても後閑からは数km離れているので、事前に上毛高原駅方面に行くバス便を調べると結構あるらしく、ちょうど今乗ってきた普通列車に乗り継ぎ0分で接続していることが分かっていた。このバスがなかったら素直に新幹線で上毛高原から歩くに違いないが、こうも接続がよくちゃのんびり在来線特急を楽しんだ方がいいに決まっている。というわけで改札を抜けると駅前のロータリーを挟んで2世代前くらいの少々くたびれたバスが乗り継ぎ客を待っていた。5人ほどが乗り込むとすぐにバスは発車。運転席すぐ後ろに陣取り、ウテシの華麗なダブルクラッチ操作を見ながら10分ちょっとで上毛高原駅前に到着。ここで降りるわけでなく次の「公民館前」というバス停で下車した。ここが撮影地にもっとも近いということはリサーチ済み。しばらくリンゴ畑を歩きいよいよお立ち台に。しかしそのお立ち台へのアプローチは少し入るのをためらわれる「何か」があった。しばらくそこで躊躇すること約5分。禁断のゾーンへ突入した。いわゆる「鉄チャン道」で整備(?)された獣道をしばらく行くと新幹線の高架橋を俯瞰できる斜面にたどり着いた。足場はかなり悪く、運んできた機材を下すこともできないような急斜面だった。足を踏ん張りながらカメラ2台をセット完了。次の「とき327号」は上毛高原通過なので飛ばしてくるに違いない。なので2台連写で偶然の瞬間を狙うしかなさそうだ。やがて中山トンネルを出てきた列車の音が近づいてきた。姿が見えるや否や2つのレリーズを押し込む。しかし、緊張のあまり同時に押し込んでしまったため、同じ3枚/秒の2つのカメラは同じタイミングでパシャッ パシャッ と時を刻んでしまった。


もう架線柱に衝突寸前。もう1台のメイン機はさらに悲惨なことになっていた。
2011.11/10  上越新幹線  高崎〜上毛高原  EOS kissX3  18-55mm

 落ち込む間もなく、このお立ち台の林から脱出。上毛高原の駅まで徒歩で移動。やがてやって来た「MAXたにがわ418号」の乗客となり薄暗くなった高崎に到着し、すぐに東口にある予約していたレンタカー屋へ直行し軽自動車を借りる。今回の旅は事情でいつもの自家用車が使えなかったため1日目電車移動、2日目レンタカー移動の予定だ。明日のために車を借りるのは実質12時間ほどで十分なのだが、宿代をケチるため24時間レンタルにし車中泊を決行。翌朝すぐに行動に移せるメリットに加え、24時間契約にしても差額1000円弱のなのでかなりお手軽だ。個体差なのか低速域で異音のするワゴンRを操り国道18号バイパスへ。まだまだ時間もたっぷりあるので一般道で市外へ抜け、途中でコッテリ系の大盛りネギラーメンを食し、わざわざ碓氷峠旧道を越えて長野市内に向かった。目的地も近いころ、今夜の寝床を探そうと快適に一晩車を止められそうな場所を探しながら進んだのだが、どうしてもお気に入りの場所が見つけられず、やむなく高速に一区間乗って、間にあるサービスエリアで夜を明かすことにした。と、その前にコンビニで晩酌用のセブンプレミアムを2本仕込み、更埴ICから高速に乗り、乗ってすぐの松代SAを今夜の宿泊場所と決めた。

2011.11/11

 翌朝、目が覚めると外は雨だった。今日は篠ノ井線姥捨駅開業111周年号として運転されるクモヤ143+115の撮影だ。111周年を11月11日というゾロ目の日に祝うネタ列車だが、昼間動く国鉄色のクモヤを撮影できるとだけあって、前々から仕事を休みにしていた。わざわざそこまでしなくてもと自分でも思うのだが、たまにはこういうのも良かろうとも思って出撃した次第だ。おととしくらいにも同じような臨時列車があったのだが、その時はスカ色のクモヤにスカ色の115で、自分的には仕事で行けなくなってしまったことをかなり悔やんではいたが、情報誌によると今日率いるのは115系長野車とあるので、主役は断然先頭のクモヤになるだろう。長野発も10時台ということもあってかなりのんびり寝ることができ、することもなくなって暇になってきたのでロケハンでもしてみようと車を山に走らせた。晴れていれば眼下に広がる善光寺平を望む雄大な車窓が売りの篠ノ井線だが、本降りの雨はますます激しさを増すばかりで、遠景を白いモヤの向こうに隠してしまう。2,3か所巡ってみてたどり着いた、やや篠ノ井線っぽい下界との高度差を見て取れるところに1発目の陣を構えた。


徐々に高度を上げる「姥捨駅開業111年号」  スカ色かと思っていたら湘南色だった。
2011.11/11  篠ノ井線  桑原(信)〜姥捨  EOS5D  24-105mm

 すぐに追撃を開始する。と言ってもこの列車は次の姥捨駅でイベントのため30分ほど停車。そこで客扱いを終了して回送列車として長い冠着トンネルを越え聖高原まで回送され、すぐに折り返し回送9411Mとなって戻ってくる。ちょうど長野道の姥捨SAにスマートICチェンジがあるのでそこから高速に潜り込み、列車より先行して長いトンネルを越え聖高原に抜けた。やはり皆考えることは全く同じで、雨の中、一同は姥捨界隈で撮影した後、一気にスマートICに殺到。全員一塊となってたった1区間だけである次の麻績ICで高速降り、思い思いの場所へ散らばっていった。峠を越えても天候は回復せず。変わらぬペースのまま降り続く雨の中、全員傘を差しながら「回9412M」を待った。時間を追うごとに徐々にマニヤの数は増え、線路と平行する農道の通行に支障をきたし始める頃、ミカン色の車体が遠目に見えてきた。




降りやまぬ雨の中、折り返しのため聖高原に向かう回送列車。
2011.11/11  篠ノ井線  冠着〜聖高原  EOS5D  100-400mm


今度は長野色115が先頭。
2011.11/11  篠ノ井線  聖高原〜冠着  EOS5D  100-400mm

 往きと同じように付近にいたマニヤ諸氏のほとんどが麻績ICに集結。またダンゴ状態で高速のトンネルを抜け続々と姥捨のスマートICで一般道に降りた。自分もその一団に混ざりながら雨脚がさらに強くなる中、姥捨駅を遠望する踏切に到着。すでにクモヤ+115の編成は到着しており遠目に見るとホーム上は結構混雑しているようだ。こんな雨の中駅撮りをしてもしょうがないので構内外れにある踏切で出発の時を待っていた。




貨物列車も特急退避のためスイッチバックで入線してきた。
2011.11/11  篠ノ井線  姥捨  EOS5D  100-400mm

 出発を見送ると本日の業務は終了。この駅からダイレクトに麓の坂城市街に降り、上信越道で高崎にクルマを返却しに行った。すっかり雨の上がった高崎市内で給油を済ませてからレンタカー屋へ。あとはもう東海道線直通の湘南新宿ラインをひたすら待ってグリーン車の2階席で祝杯のビールを空け、旅の無事とささやかな成果に乾杯した。