最後になるか!? あいづライナー583


2011.2/14


 この冬2度目の583「あいづライナー」をお送りしよう。つい最近まで知らなかったのだが、この春をもって仙台583が運用を離脱するということで、最後にもう一度あの雄姿を目に焼き付けたいと思った。今回も相棒はK1トップ氏。彼の車に便乗させていただくことになっていたので、待ち合わせの東大宮まで電車に行くことにしたため、超軽装備で駅に向かった。横浜から湘南新宿ラインに乗車。1時間ほどだがグリーン車に潜り込む。検札が終わり鶴見川を渡るころ、さきほど検札業務を行っていたアテンダントが「冷たいビール、缶酎ハイ、おつまみはいかがでしょうか?」とにこやかな笑顔で営業してきた。「いかがですか?」と言われりゃ、当然のごとく「あ、じゃぁ」とスーパードライを購入。しまった。誘惑に負けてしまった。缶のタブを開けた時点で2交代制で運転するはずの東北道は、早くも彼のソロ活動に決定だ。済まない・・K1トップ氏・・・。ゴクリと呑み干し池袋を過ぎたころ、またもやホスピタリティ溢れる笑顔でアテンダントさんが2度目の営業開始。危うく誘惑に負けそうだったが、ほどなくして東大宮に到着した。駅前のロータリーで氏と合流。岩槻ICから東北道に乗り郡山を目指した。途中那須高原で仮眠。7時過ぎに起床して磐梯熱海に向かった。現地は12月に訪れた時とは比べ物にならないくらい雪は解けており、道床が見える程度だ。自分の案内で、前回先客がいたため諦めた、見通しのいい踏切でヤマを降りてくる583を待った。




到着してすぐにやって来たのは郡山工場入場のためと思われる配給キハ40。
2011.2/14  磐越西線  磐梯熱海〜安子ヶ島  EOS5D 100-400mm




そして本丸登場。あいづライナー2号。
2011.2/14  磐越西線  磐梯熱海〜安子ヶ島  EOS5D 100-400mm


 今回は超軽装備だったためいつもの三脚は持ってきたいないので一眼は手持ち。ビデオ撮影のためだけに場所取り用のおもちゃ三脚を持参した。手持ちの一眼は自分の「左に1°傾く」クセに細心の注意を払ったため見事レベル出しに成功。出来上がりのプレビューに少し満足し次の目的地に向かう、その途中、485系の掲示板に不穏な書き込みを発見した。「金沢で489が待機中」  もしや「はくたか」代走か!? この時間からならいつも通り昼過ぎの「はくたか」に入り湯沢往復ってとこだろう。今の2号の返しである1号をやっつけてから磐越道を飛ばせば十分間に合う。一応念頭に入れて中山峠を越えて、いわゆる福島県人のいう「中通り」から「会津」に入った。すると目の前に現れたのは、曇りであったために諦めていた山頂まで見通せる磐梯山だった。次は適当に翁島あたりで撮影しようと計画していたのだが、急遽変更。磐梯山がキレイならアソコしか他にない。布藤の磐梯山バック。到着するとすでに何台もの県外ナンバーのテツ車が止まっており、立ち位置はあるのだろうかとドキドキしながらお立ち台に出ると・・・20人くらいの先客が素敵な休日過ごしておいでだった。かろうじて一番端っこが空いている。遠望すると磐梯山は頂上までクッキリ入るが、手前の真一文の電線がどうやっても入ってしまう。昔来た時には無かったような気がするが、どこでどう撮ってもその電線は入ってしまうようだ。なるべく電線が目立たないよう引きで待っていると、雪煙りをあげながら「1号」がやって来た。




あいづライナー1号。
2011.2/14  磐越西線  更科信号所〜翁島   EOS5D 24-105mm



同じ地点より。2003年は特急として国鉄色485が運用されていた。やっぱりね、当時は邪魔になるモノがなかった。
2003.4/28  磐越西線  更科信号所〜翁島   EOS10D 75-300mm

 無事この布藤での撮影を終えたが、次の撮影を考えていなかった。489の新たな情報は何もないし、かと言って489に動きがあってから上越方面へ急行しても間に合わないのは確定だ。ここに2時間以上留まっていて583返しの4号を待っている間に「ボンたか」が登場してしまったらどうしましょうということで、そうならば583の撮影は二人ともやや満足したので100km以上離れた信越海線に高跳びする賭けに出た。そして磐越道に乗る。自分は前日の寝不足もあって車の中では爆睡。気がつくと新潟市内を走行中だった。そして黒崎PAで給油&作戦タイム。どうやら489の朝の思わせぶりな行動はそのまさかで、いつも決まって代走に入る時間を過ぎても「はくたか」に就いているという情報は無かった。これでは仕方が無いので話合った結果、北越運用に入っている485国鉄色485、T18編成を撮るため鯨波に向かうことになったが、ここでついにハンドルを握っていたK1トップ氏が寝不足でダウン。何度も訪れたことのあるオレが道案内も兼ねてハンドルを替わり鯨波へといざなう。現地に到着すると曇り。前も書いたがオレが鯨波で晴れたことは1度しかない。しばらく2人して仮眠し、通過直前に目が覚め、慌てて今にも泣き出しそうな曇り空の下セッティングに入った。




北越5号。
2011.2/14  信越本線  青海川〜鯨波   EOS5D 100-400mm


 結局489ボンネットは思わせぶりな行動だけで何もなく、我々は晴れののぞき始めた会津地方での583撮影を捨て、結局どん曇りの鯨波での撮影が最後になった。最後と言えば583。もう磐越西線であの流麗な姿を見ることは無いだろう。初めて磐越西線を訪れたDD51磐越貨物撮影から始まり、485特急「あいづ」、DD53の「ばんえつ物語」、そして583「白虎」「あいづライナー」・・・。数々の想い出を刻んできた磐越西線へはもう行くことは無いかも知れない。また一つ自分のホームグラウンドが消えてしまったような気がした2011年晩冬の午後だった。