大糸線 冬練 その2

2010.1/27

 ついにといか、とうとうというか、大糸線のキハ52引退が発表された。急カーブ急勾配を擁する大糸北線では車両の重量があり、2台車駆動のキハ52ではないと空転してしまうという理由から、西日本のスタンダードなローカル気動車であるキハ120の投入は見送られてきたのだが、最近になってセラミック粉末を噴射するという新しい砂撒き装置が開発されると、これを大糸線用にキハ120に搭載して一気にキハ52を淘汰するのだという。このことは我が国の動力近代化に大きく貢献したキハ20系列の形式消滅ということにも繋がる。衝撃の国鉄色復元から6年。幾度となくこの地を訪問したことはあったが、年を追うごとにボロボロになってゆく52たちが、新型のエンジンに換装されることもなく黙々と任務に就くその姿は見た目にも可哀想な印象を拭えない。ようやく第一線から退くことができることに、私は少々安堵した。情報によるとキハ52引退が知らされると日を追って沿線のテツはかなり増えているらしい。容易に人を寄せ付けない豪雪と列車本数の少なさでもこの状態だから、撮影はなるべく早めにしたほうがいいと、月末の3連休を利用して糸魚川を目指した。

 深夜の中央高速を走る。明日は予報でも晴れだし、ここ数日まとまった雪もなかったので、労力を使わず激晴れの大糸線を頂けるかもしれない。豊科ICまですんなり到着。高瀬川に沿って一般道を北上するが、いつもと違って路面にところどころ凍結が見て取れ時折カーブでもズリッとタイヤがスライドする。気温は・・・マイナス12度!本当かいな?と思って進んでいたが、しばらくしてあった気温表示にもマイナス10度以下の表記であった。今日はかなりシバれる夜だった。南小谷近くの路肩のパーキングで3時間ほど仮眠して行動を開始。この季節では7時近くになっても露出が厳しいので、なるべく一番列車の折り返す南小谷周辺で撮影地を探し始めた。そうするとあそこしかないわな・・。保育園前の信号を右折して橋を渡ると、おぉーいるいる・・・。全てのスペースが車で埋め尽くされるほど、なかなの盛況ぶりである。ほとんど全員南小谷から折り返す列車を山バックで狙っているようだが、自分は反対方向の南小谷行きから撮影しようと、車を少し離れたところに停め外に出た。車を降りるといつも以上に猛烈に寒い。かじかむ手でセッティングを始めるが、なかなか上手くいかず、ようやく準備ができたころにはすでに通過1分前だった。




凍てつく朝をやって来たキハ52125。れ?運用が違う?
2010.1/27  大糸線 南小谷〜中土  EOS5D  100-400mm


 本日の運用は一般色であるキハ52115がもっとも数をこなす1運用。タラコのキハ52126が2運用。黄+青のキハ52125が検査という個人的に最も美味しい日だったのだが、この一番列車である422Dの2運用に来るべきはずのタラコではなく125がやってきた。急な不具合なのか単なる差し替えなのか分からないが、今日一日、全列車運休もなく無事動いてくれたらなと思う。さてとりあえず今行った一番列車がすぐに折り返してくる。例の山は頂上付近に陽が当り始め神秘的な容姿があらわになってきており、青+黄の125でもなんとか絵になりそうだ。小走りで移動し、何十人ものテツの砲列に混ざって場所を確保。有名撮影地とあって一般人や散歩の途中の地元の人なども加わって、とても朝に似つかわしくないほど賑やかになってきた。北アルプスは、これまた神々しくビカビカに輝いているが、谷間の線路にはまだ陰の中。ちょうど青+黄の125なので、列車をドアンダーにしてブッつぶすことにした。



 
折り返し423D。とにかくここにいることが幸せだった。
2010.1/27  大糸線 南小谷〜中土  EOS5D  100-400mm


 とりあえず朝のひと仕事終えると腹も減ってきたので、近くのローソンで今日一日分の食料を買い込む。大糸北線沿線は南小谷〜糸魚川の全線に渡ってコンビニが存在しない。特に大きな集落があるわけでないが、それなりに交通量の多い国道148号線なので小滝あたりに1軒くらいあれば、大糸線撮影者にとっては非常に重宝すると思う。そんなことはさておき、一日分の食料を仕入れてさらに山に入り込む。ちょっと寄り道してロケハンを繰り返しながら北小谷や中土周辺で撮影地を開拓する。やがてさきほどの125と根知で交換してきた国鉄一般色のキハ52115がやって来るので中土駅の南側のスノーシェッドで広角で狙ってみることにした。昨晩の強烈な寒波で川面に氷が浮かんでいる。それがキラキラと太陽を反射してきれいだ。はるか上空の国道のバイパスがうるさいが、ここは別天地。照りつけてきた真冬の日差しに少しほっとしながら426Dを待った。




ここでは穏やかな姫川だが手のつけられないほどの暴れ川だとは到底信じられない。
2010.1/27  大糸線 南小谷〜中土  EOS5D  24-105mm


 さてこの426Dの返しの425Dは、朝イチで撮った北アルプスバックに戻る。さきほどいた撮影者たちは倍以上の数に膨れ上がり、もう定番のポイントでは立ち位置もない様子。南小谷の折り返しもあと6分しかないのでもう時間はない。そういえば朝来た時、踏切から山バックで正面から狙えることを確認済みなのでこちらに一人陣取ることにした。少し列車と山に間ができてしまうことや、線路際の標識やポールやらが目障りだったが、上手く処理すればかろうじて行けそう。もう三脚で構図調整している時間もないので、勢い手持ちでEOSを構えた。




線路に陽が当たった。美しい八方尾根と一般色。
2010.1/27  大糸線 南小谷〜中土  EOS5D  100-400mm

 
 撮影後糸魚川方へ急ぐ。急ぐといっても追っかけするつもりはないが、この天気ならどこで撮ってもイケそうだ。安全速度でいくつかトンネルをくぐると、すぐに北小谷でキハ52を捕捉。小滝駅で幾枚か撮影し
列車を見送ると再び車を南小谷方面へUターンさせた。向かうはかねてから挑戦したかったサファリパーク俯瞰。平岩の至近にあり、ダイナミックな俯瞰撮影ができる場所らしい。場所は大体は分かっているがポイントへのアプローチがいまいち分からない。幸いこの52引退と、この好天候で他のテツがいれば登り口に車や足跡の痕跡が残っていると予測して、予想していた林道に向かうことにした。平岩の発電所を横目に踏み切りを渡り、集落の手前を右折して林道へ。グングン高度を上げ少し心配になりながらも頂上を目指していると、路肩に県外ナンバーの複数の車が止まっていた。ここですネェ・・・。先人の踏み跡を目印にして1.5mほどの路肩の雪壁を這い上り、足跡に沿って尾根を目指す。一応今回もカンジキを持参しているが雪は固く締まっているのでノープロブレム。運動靴で10分ほど軽登山すると視界がパーと開けた。先客は5名ほど。前に出ると見事な絶景が広がっていた!




折り返してきた428Dが鎌倉山トンネルから飛び出した。
2010.1/27  大糸線 小滝〜平岩  EOS5D  24-105mm


 あまりにも景色が雄大すぎると、それを稚拙なテクニックを使ってどう2次元の画像にしようかプレッシャーがかかる。俯瞰到着から列車通過まで15分ほどあったが、あーでもないこーでもないとモゾモゾしているうちに列車が来てしまったといのがホントのところ。撮直後は満足してニヤニヤしながらヤマを降りたが、車の中に戻ってからプレビューに映し出された風景は、ちと物足りない。己の腕の悪さを呪った。気を取り直し
このまま追っかけを開始。南小谷で折り返してくる427Dを狙うべく、朝のロケハンで決めていた中土のポイントへ急ぐ。トンネル飛び出しのカーブのガーター橋を広角で狙うのが有名なアングルだが、それだけは避けたかった。なぜならこの穏やかな天気と一面を埋め尽くした積雪が刺激的過ぎて、別アングルでやってみたかったからだ。果たして現場に到着すると、さきほどは陰っていた線路に陽が当り、まさに冬の一瞬の晴れ間。誰もいない跨線橋の中央で列車を待つことにした。



427D。照りつける日差しに氷点下だというのに汗ばんできた。
2010.1/27  大糸線 中土〜北小谷  EOS5D  24-105mm


 雪の強烈な照り返しに目をやられてしまい、雪目になってしまったようで視界が全て紫色だ。薄眼を開けながらこの427Dを追跡する。この天気と雪景色ならどこで撮っても下手なオレでもそこそこ「作品」になるだろう。追い抜いたら適当に撮ってみようと鼻歌まじりで気楽に追っかけをした。すぐ次の北小谷で425Dを捕捉。トンネルをいくつもくぐり、気付くと毎度訪れる頸城大野駅まで来てしまった。ホームに立てば・・・ンフーッ。ため息がでそうに冠雪した雨飾山。ホームでもうすぐやって来る列車を待つ。気温はまだ氷点下だというのにこの美しい雪晴れと少々の興奮で、寒さのことなどすっかり忘れていた。




映画のワンシーンにもつかえそうな頸城大野の情景。特徴的な雨飾山が見守る小駅。
2010.1/27  大糸線 頸城大野  EOS5D  24-105mm


 タイフォンを短く鳴らしてキハ52が去ると再び静寂に包まれる頸城大野。日差しは強くまるで春の陽気だ。前夜からの徹夜の運転で疲れ切っていたので、駅前の広場に車を止めて少々の仮眠。車のエンジンをかけなくても日差しで温かい。1時間ほど寝て起きるとすぐに次の撮影を考えた。そう言えば腹が減っているのもすっかり忘れ、午前中はずっとキハ52を追いかけていたが、陽のあるうちで一般色を撮れるのは最後だろうから、本日のシメとして頸城大野俯瞰に向かう。踏切を渡りごみ処分場に続く狭い急登坂路を行くと、だんだんと轍が深くなってきた。フカフカの雪ならば良いが、溶けて凍った雪が時折車の腹をゴリゴリと気味悪くこする。しかし所々に深い吹きだまりがあり、2WDでは少々危険な状況になってきた。身動きできなくなったらヤバい。こういう時は勇気ある撤退も必要だ。道は依然狭く転回できるようなところもないので、そのまま1kmほどバックで下山。時間もなくなってきてしまったので俯瞰はあきらめてストレート正面を狙うしか他無かった。400mmに付け替えてファインダーをのぞくと、はるか遠くにヘッドライトが見えてきた。途中に頸城大野の停車があるので時間は多少あるが、わざと落ち着いてカメラとビデオの電源を入れた。




25‰を駆け上がってやって来るキハ52115一般色。美しい。
2010.1/27  大糸線 頸城大野〜根知  EOS5D  100-400mm




根知で交換してきた429Dは青+黄。せめてタラコならばと感慨しきり。
2010.1/27  大糸線 頸城大野〜根知  EOS5D  24-105mm




黄昏の根知交換。大糸北線唯一の交換駅はさながら展示会のようだった。
2010.1/27  大糸線 根知  EOS5D  24-105mm


 その後根知に移動。テツで賑わう根知交換を撮り終えると気温はグンと冷え込むようになった。日中ほとんど何も食べていないので糸魚川市内に飯を食いに戻ることにした。いつもならば脂っこいラーメンと行きたいところだが、まだ今日はこのあとも撮影したかったのでマックスバリューで惣菜弁当を買い込み車の中でディナータイム。ひとしきりチャージすると平岩へ向かうのだった。また暗く雪の積もった国道を30分ほど走り平岩駅へ到着。一般色のテールライトと駅の構内照明が照らす静寂の雪の夜のイメージを抱いてホームに上ると、想像どおり幻想的な世界が広がっていた。しかもまたしても悪いクセでホームを三脚を担ぎながら行ったり来たり落ち着かず移動しているうちに列車がやってきてしまった。静かな構内にディーゼルのカランカランというアイドリング音を響かせている。列車は5分ほど遅れていたのですぐに発車するのだろう。幾度か焦点を変えながら撮影していると、予告もなく唐突に闇夜の中へ気道車は走り出していった。




交換設備が廃され棒線化された平岩駅。渓流の音とDMHの音だけが聞こえる無我の世界。
2010.1/27  大糸線 平岩  EOS5D  24-105mm


 平岩を後にして風呂に入りに姫川温泉に戻る。ホテルに併設されている公衆浴場なので料金が気になったが、¥1000とのこと。リーズナブルなのかそうでないのか微妙なところであるが、オフシーズンの閉館間際とあって誰もいない貸し切り状態の露天風呂を堪能した。少しぬるめであったが塩辛い温泉に浸かりながら、時たまちらつく雪を眺めながら「ん"ぁ〜」と何とも言えない心地良さが口をついて出る。風呂から出、気分が良くなるとさらに一発バルブをかましたくなった。ここからなら頸城大野が近い。駅を遠望する位置に三脚をセットして、最終列車を待った。




誰も乗客のいない終列車。かすかな排気臭を残して山に消えていった。
2010.1/27  大糸線 頸城大野  EOS5D  100-400mm


 これにて本日の撮影は終了。天気も良かったしなかなか満足して寝場所を探すことにした。天気予報では明日は午前中から雨。雪ではなくて雨。これでは撮影もままならないだろうから、明日はのんびり列車にでも乗って酒でも呑みながらキハ52を満喫しよう。そう閃くといい写真を残そうというささやかなプレッシャーから解放され、気長に朝まで熟睡することにした。夕飯を買った糸魚川のマックスバリューの駐車場に車を止め、テレビを見ながらビールを呑む。風呂上がり+アルコールで普段でもしないような深い眠りに就いてしまった。




2010.1/28


 翌朝、9時に目が覚めた。11時間も眠ってしまったようだ。外は予報通り小雨がぱらついている。今日はやはり乗りテツしよう。駅に向かう前にまずは情報チェック。携帯で天気予報、運行状況、あるわけないだろうが一応除雪系の掲示板、そして習慣で485系の掲示板を確認。すると485の掲示板によると本日の北越2号に国鉄色のK2編成が入っている模様。ならば返しはどこかでやれるんじゃないの?と踏んで時刻表をパラパラやっていると、その情報は上流の見たままで、北越2号はまだ糸魚川に到着していない様子。こちらに向かって来ている。さっそく撮影地を探すことにした。せっかくなので悪天候であるので、それらしい冬の日本海と絡めて撮ってみたい。海を入れられる撮影地は・・・ここから近くて有間川?いやそこまで遡っている余裕などない。糸魚川以西は急峻な山に阻まれて長大なトンネルにより海沿いを走る区間は少ない。地図で見つけた青海〜親不知で線路は海岸線に沿って走っているようなので、確認しておく必要があるだろう。車を走らせ糸魚川市街を脱出。国道と平行する姫川橋梁は海こそバックにできないが、念のため海バックが難しかった時の保険として撮影ポイントを確認。さらに西へ進む。目指す地点に到着して線路を見下ろすと、海バックはできるが6両が入るかどうか怪しい状況。いろいろ立ち位置を変えているうちに、さきほどの保険の橋梁まで戻る時間が無くなってしまい、ここで陣を取ることにした。




6両ギリ入らず。雨も海も穏やかになってしまい物足りなくなってしまった。
2010.1/28  北陸本線 青海〜親不知  EOS5D  24-105mm


 日本海の冬の荒天を突き進む485をイメージしていたが少し平和ボケの出来。返しは5時間後の北越5号で戻ってくるはずだから、この時間を利用すると大糸線で428D→427Dで南小谷往復ができてしまう。糸魚川駅前へ戻り駅前のコインパーキングに車を入れ改札へ。ホームにはやはりキハ52引退ということで数名のコンデジを持った怪しいヤツらがウロウロしている。彼らにまざりながらキハ52を待つと、やってきたのは青+黄の125だった。撮りテツが乗りテツする時、写欲のわかない125は好都合だ。ガラガラとオリジナルのDMH17のエンジンの音に身を委ね、南小谷まで1時間。すぐに折り返して糸魚川に到着した。北越5号はどこで撮ろうか。空は依然鉛色だし露出も得られないので、ここより新潟方面で撮影するとなると、ますます露出は厳しい。明日も一応休みになっているため、丸岡付近で日がな雷鳥補獲に充てたかったので西を目指す。途中のどこかの駅で撮れればよかろう。親不知、市振、越中宮崎・・・。何度もすぐ脇の国道は通ったことがあるのだが、どことなく哀愁漂う駅名に惹かれつつも訪れたことがなかったので、今日は国鉄色をその気になる魅惑の駅で撮影しよう。まずは親不知。日本海に接した猫の額ほどの平場に設けられた、いい駅だが、すぐ海側に北陸道の巨大な高架橋があり、おまけにICまであるもんだからとても海と絡めて撮影できそうにもない。駅周辺を何度も周回しながら撮影ポイントを探したが、あまりに高速道の存在がデカ過ぎて旨くない。では次の市振へ。大幹線の昔ながらの小駅で、普通列車しか停車しない駅だが堂々とした趣があって結構良い。ホームも往時の名残で有効長は非常に長く、赤レンガのランプ小屋まである。駅構内の撮影は後にしてK2を狙うため海が入りやすいようホームの先端で国鉄色の通過を待った。




広々とした市振駅構内。
2010.1/28  北陸本線 市振  EOS5D  24-105mm




2010.1/28  北陸本線 市振  EOS5D  24-105mm


 市振でK2を見送り一般国道8号線を西に進んだ。明日は今庄界隈で485で遊んでしまう予定なので急がなくても全然OK。のんびり西進しながら夕方、金沢ICから北陸道に乗る。今庄ICで降りて南今庄駅前の広場にて車内仮眠を取った。

 翌朝、午前の時間帯に通過する雷鳥を撮影するつもりだったが、夜半から降り続けている雨に嫌気が差して、北陸道〜東名で帰宅することにした。大糸線では珍しく雪晴れになってくれたが、後半は若干やる気なし。どうしてだかここんところ精力的に活動する気概が失せてきた。別に私生活でも仕事でも特段問題はないのだが、次第に数を減らしてくる国鉄色。来年、5年後、10年後は何を撮影して生き甲斐にしているのだろう・・・。ま、いいか。今は今を記録に残すのみ。その時はその時で考えよう。そう心に決め車内カラオケをしながら横浜町田ICを目指した。