最後の聖地巡礼。最後の紅葉、山田、岩泉線の国鉄色を追う。
2007,10,23
 ついにその時が訪れた。盛岡のキハ52・58の引退。2002年、その52・58の一部が国鉄色に塗色変更され、一躍脚光を浴びた盛岡の国鉄色たちではあるが、今年3月の改正で花輪線から運用を離脱し、残された山田・岩泉線の区間もそう長くはないだろうと誰もがそう思った矢先の発表だった。昨年夏、2両のキハ52が国鉄色に塗り戻され、しばらくは安泰だとわれわれ盛岡ファンを安心させておいて・・。時代の趨勢だろうが、現実を突きつけられるとショックだった。1996年に初めて訪れ、その聖地に魅了され、以降ほぼ毎年聖地巡礼を繰り返してきた山田岩泉線には思い入れはひとしおである。まぁ40年以上昔に製造されたDCが現役であること自体、希少価値であるが、やはり来たるべき時が来た。また今年は取れないだろうと諦めていた夏季連続休暇もこの時期になってようやく取れ、何かの因縁を感じざるを得なかった。迷うことはない!ともかく北を目指す。

 午前2時35分。いつものように撮影機材と生活道具を満載したFORZAに火を入れ横浜を出発。首都高から東北道へ入る。前日も出発直前まで仕事だったため、一睡もしていないので東北道に入った瞬間から猛烈な睡魔に襲われた。埼玉から群馬、栃木に差し掛かるとFORZAはATO運転に切り替わった。つまり居眠り運転である。上河内SAで限界を感じ食堂の片隅の地べたに横になる。2時間ほど仮眠して出発。以降も安達太良SA、前沢SAで仮眠を繰り返して、盛岡に着くころには15時前になっていた。これなら自宅で睡眠を取ってからノンストップで来たほうがはるかに早かった。やがて盛岡に近づいたころ、ちょっと急げば今日は国鉄色キハ52が就いている658Dのを撮影ができることに気づいた。盛岡発が16:30なので市内だったら撮れるかもしれない。盛岡ICで降り、まっすぐに北上川をまたぐ線路を目指した。


岩手山バックに北上川を渡る658D。 よく見ると岩手山頂付近は冠雪している。
2007.10/23    山田線   盛岡〜上盛岡    EOS5D  100-400mm

 いよいよ区界峠を越えて聖地に入る。これから3日間は盛岡のような都会には出られない。スケールの大きな山田線撮影ではいったん沿線に滞在してしまうと、途中大きな町がないため山篭りの生活になってしまうのは毎年のこと。列車運転頻度も極端に少ないので、これから3日間、ヒマ潰しに読もうと市内の書店で村上龍の文庫本を1冊買って峠に挑む。標高約900mのサミット、区界を通過。日没した高原は思いの他寒く、国道に設置された気温計は3℃を表示していた。寒い。暗くてよく分からないが時折FORZAのHIDに照らされた道路脇の樹木は真っ赤に紅葉しているようだ。明日の一番列車をこの近辺で紅葉と絡めて撮影しようと考えがよぎったが、あまりの寒さにもう少し宮古方へ進み標高の低い駅で野宿しようと考え、茂市の手前、腹帯でビバークすることにした。近年まで木造の渋い小さな駅舎だったが、真新しいログハウス風に立て替えられ、趣味的にはそそられなくなってしまったが、駅寝するには快適になった。ホームに上がり星空を見ながら、おやすみ前のプラークコントロール。歯ブラシを咥えたまま最終列車のバルブ撮影場所を思案する。ホームのホーロー製の駅名板と木製電柱がいい味だったので三脚をセッティング。今日は国鉄色ではないが52×3連の最終666Dを待った。




静寂に包まれた星空の駅。遥か遠くの山の向こうから最終列車の警笛が聞こえてきた。
2007.10/23    山田線   腹帯    EOS5D  24-105mm

 ファインダーをのぞきながら進入してくる列車を見やると、!!!。なんとキハ52で来るはずの666Dはキハ110×4連でやって来た。そういえば昨日から一部の列車がキハ110に置き換わるというポスターを駅で見ていた。お前かぁぁー!呆然と立ち尽くす俺をあざ笑うかのようにキハ110は軽快なエンジン音と共に闇の彼方へと消え去っていった。国鉄色の運用は盛岡支社のホームページで更新されているので間違いなく国鉄色を頂戴することはできるのだが、その一部のキハ110になった列車が分からない。つまり更新色を撮るつもりでもキハ110が来るかもしれないということである。まずは情報収集と情報整理のため缶ビールを飲みながら携帯片手に明日からの傾向と対策を練りながら寝袋にくるまった。

2007,10,24

 列車の音で目が覚めた。目の前のホームには昨日の夜に見たキハ110が停車していた。これって631D?。山田線名物の朝の国鉄型気動車5連は、無情にも新鋭に置き換わっていた。やっぱり・・。気を取り直して寝具を片付け隣駅の茂市へ。R340へ左折して岩泉線へ。朝一は間もなく国鉄色52でやって来るので、急いで撮影場所を探し、朝日の差し込むコンクリートアーチを見つけ照準を合わせた。




ピンポイントで朝日が当たる場所。紅葉はもうチョイかな?
2007.10/24    岩泉線   岩手刈谷〜中里    EOS5D  24-105mm

 昨日の区界峠と同様、今朝も霜が降りるほど気温は下がっている。しかし都会の冬の「冷たい寒さ」とは違っていて、土と緑の匂いのする、凛とした冷涼感が清々しい。ところでこの季節、普段は単行で運行されている岩泉線だが、線路に積もる落ち葉により急勾配で車輪が空転するため、レールとの粘着力を増す目的でキハ52は2両で運転される。そのため国鉄色が運用に入っていたとしても赤鬼色が先頭になる恐れがあるので注意が必要だ。一番列車681D撮影後、返しの683Dを撮影するため更なる奥地へ入っていく。落ち葉の積もった峠道でFORZAもタイヤを空転させながら押角俯瞰に到着。すでに4人がカメラを構えて眼下彼方の押角駅を狙っていた。軽く挨拶をし仲間に入れてもらうことに。10月では山が両側に迫った押角駅周辺では谷底の線路には陽が当たらず、暗い写真になりそうだったが、露出調整をしながらシャッターを切ってプレビューで確認していると、これはこれで絵になることが分かった。やがて683Dが押角に進入してきた。




直線距離で約2km。400mmのレンズでも豆粒のよう。差し込む光に紅葉具合が顕になってきた。
2007.10/24    岩泉線   押角    EOS5D  100-400mm

 683Dの返し684Dはどこで撮影しようか。特に決めないまま峠を越え岩泉側へ抜ける。時間もあまりないため、グランドマスター俯瞰、新伐採地俯瞰は諦め、大川〜浅内付近を右往左往しながら撮影場所を捜すも時間切れ。やむなく浅内の駅撮りになってしまった。




浅内駅を出発する684D。構内は蒸機時代の給水塔が残る。往時はかなりの規模だった駅だということが分かる。
2007.10/24    岩泉線   浅内    EOS5D  100-400mm

 朝の列車が行ってしまうと、次は夕方まで列車は無く空白の6時間が岩泉線に流れる。これが撮影効率の悪さに繋がり、短期滞在で岩泉線のショット数を稼ぐことができず、逆にありがた度がUPする。一箇所一箇所を大事に撮影しなければならない岩泉線。これも聖地と言われる所以だろう。さて自分は峠を越える時、工事のため国道が時間帯で通行止めになる旨の看板を見たため、8時半の通行止めにかからないよう急いで浅内を後にしたが、ギリギリで通行止めにかかってしまった。2時間半通行できないと看板に書かれていたが、見かねた交通誘導のおっちゃんが重機を退けて15分ほどで通してくれた。茂市に抜け、夕方までやることがなくなったので、ガソリンを入れに宮古市内へ。途中の線路沿いのコンビニで朝飯を食っていると、この時間には列車が無いにも拘らず、突如として踏切が鳴り出した。そうだ!今日は水曜日。落ち葉掃きDE10が運転される日だ!と思うや否やDE10単機が通過。迂闊ーっ!すぐに追っかけを開始しようかと思ったが、食べかけのメガチキンカツ弁当を手放すのが惜しく午後の返却を撮ることにした。昼寝をするため30km先の道の駅「川井」の広い芝生に大の字になり2時間ほど仮眠。しばらくして暑さで目が覚め、寝起きの頭の体操。頭の中で返しの落ち葉掃きDE10の時間を計算する。3年前、川内で快速リアスと交換していたのでその時間から距離と表定速度を割ると・・もうすぐ宮古を出発する時間ではないか。すぐさまバイクにまたがり茂市を目指す。なるべく茂市周辺で撮らないと午後の岩泉線685Dも逃してしまうためだ。結果かなり下流の花原市(けばらいち)で望遠レンズを構えた




大きな砂箱が特徴の落ち葉掃き列車。作業しない区間ではかなりの速度で飛ばしていく。
2007.10/24   山田線   花原市    EOS5D  100-400mm

落ち葉掃き列車といっても線路に積もった落ち葉を除去するのではなく、急勾配区間の線路に積もった落ち葉で車輪が空転しないよう、摩擦係数を上げるために線路に砂(ガラス質を含んだ珪砂)を撒くために運行される、山田・岩泉線の秋の風物詩だ。いずれの路線も30‰前後の長区間の急勾配を擁しておりDCの砂まき程度では太刀打ちできないのであろう。
 この落ち葉掃きDE10の1時間後、午後の岩泉行きが後追いでやってくるので茂市手前の紅葉バックのストレートで撮ろうと思い1駅移動し、谷深いが順光の線路脇に三脚を立てた。しかし通過時間20分前になると、後ろの山影が猛烈な勢いで迫ってきた。まだ15時前なのに太陽光線は夕方そのもので、この季節の山田岩泉線撮影は日中の列車空白時間も災いして日照時間との戦いである。685Dまで時間もないのですぐに撤収し今来た道を戻り、山の開けた下流で新規撮影地を探すが時間切れ。昨年夏に58を撮った蟇目の川沿いカーブで広角レンズに付け替え685Dを待った。




昨年夏と同じポイント。今日も赤鬼を従えて岩泉を目指す。
2007.10/24    山田線   蟇目〜花原市    EOS5D  24-105mm

685Dはこの先、茂市で盛岡からの快速リアスの接続のため20分近く停まり、その気になれば追っかけも可能だが、岩泉線は東の山裾をかすめているので、この時間だとほぼ日照は望めない。よって走行撮影はやめて茂市で685Dの発車を見学した後、黄昏迫る山里の茂市駅待合でしばし読書タイム。17時を知らせる町内放送が山々にこだまして響いている。誰もいない駅。時折通りで遊ぶ子供の声と、駅務室から聞こえる駅員と保線係のたわいもない世間話が聞こえてくる。静かな午後のひと時。贅沢な時間を3時間ほど過ごし、完全に日没した国道340号を押角へ。あまりにベタだが押角バルブをやったことがなかったので、最後の記念に無人の山中のホームしかない押角駅に到着。秘境駅として有名な押角駅の周辺は完全な無人地帯で、駅舎はなく、山中の線路に朝礼台のような木製のホームがポツンとあるだけ。またこの駅を利用するには川を挟んだ対岸から幅1mもない木製の橋で小川を渡らなければならない




静かだ。利用客は皆無なので列車はあっという間に発車していった。
2007.10/24    岩泉線    押角    EOS5D  24-105mm

 押角バルブ撮影の後、再び茂市に戻り宮古市内へ。国道沿いに、はやっていないラーメン屋があったので興味本位で入ってみると、見事期待を裏切らない激マズのラーメンだったので嬉しくなり、口直しに餃子を注文。1200円(!!)を支払い店を出て市街をうろついていると、いい雰囲気の銭湯発見。今日は時間がなく諦めていた風呂にありつくことが出来た。入るとこれまた昭和30年代にタイムスリップしたようで手回しの肩たたき椅子、鋼鉄製のボロい扇風機など、普通の立ち振る舞いで機械が仕事をしていた。最近、昭和の古き良き時代を偲ぶ風潮が巷では流行っているらしいが、バリバリ現役にはかなわない。




10年前訪れた別の銭湯は潰れていた。ここが末永く山田岩泉線訪問者たちのくつろぎの場であって欲しい。

風呂上りの火照ったままバイクにまたがり、今日の宿となる蟇目駅へ。この駅も新駅舎に数年前に建て替えられていたが、最終列車を見送りながら普段は飲まない日本酒が回ってきたのか、風情に浸る間もなく寝袋に入るなり泥のように眠りこけた。

2007,10,25
 昨日と同じように目の間に停車する631Dを目覚ましがわりにして5:30起床。霜が降りるほど寒く、バイクを暖気させながら家財道具をしまいこみ、出発。今日も快晴。放射冷却で冷え切った路面と温まっていないタイヤのμは極端に悪く、テールスライドを幾度かやりながら岩泉線岩手刈谷に到着。ちょうど1番列車681Dの警笛が遠くに聞こえた頃、駅構内に朝陽が差し込み始めた




まるでおとぎ話にでてきそうな箱庭の駅に光が届くと同時に681D到着。キハ52だからこそ画になる。
2007.10/25   岩泉線   岩手刈屋    EOS5D  100-400mm

この刈屋駅には同業者はいなかったものの、和井内返しのため短時間で4ショット撮れるとあって、この時間帯の国道340号は右往左往するテツたちの車で一瞬活気付く。自分もすぐに出発。15分後にやってくる682Dは昨日目をつけておいた針葉樹バックで後追いした。




ギラリを狙ったがちょっと失敗。もうすぐ霜月。秋の風と光をいっぱいに浴びて下ってゆく682D。
2007.10/25   岩泉線   岩手刈屋〜中里    EOS5D  24-105mm

 昨日と同じ時間に同じ列車を撮り、同じ時間に峠を越えて大川側へ。昨日は時間がなくて駅撮りに終わった683Dのロケハンを開始。秋らしいところ・・秋らしい・・秋・・、と経験と勘でたどり着いたところはバリ順光の「はさがけ」ポイントだった。




「はさがけ」にブルーシートをかぶせるのが最近の農家の流行らしいが、ここはOK。ただし支柱が鉄製で減点1点。
2007.10/25   岩泉線   浅内〜二升石   EOS5D  100-400mm

 出来栄えにやや満足し、返しの634Dもここで別のアングルで狙ったが失敗。今から茂市に抜けるにはまた峠の時間帯通行止めにかかるので、岩泉を通過し太平洋側に出て海沿いの国道をのんびりツーリングしながら宮古市内へ。またまた夕方まで時間がたっぷり余ったので和井内のホームで昼寝したり本を読んだりして心の洗濯。今日の夕方の685Dのロケハンを開始する。エビスビールの広告で一躍有名になった通称「エビス俯瞰」にも上ろうかと思ったが30分の登山に心折れ、エビスよりは幾分お手軽な「新伐採地俯瞰」に初めて足を踏み入れた。バイクを麓に止め急勾配の林道を汗を掻き掻き登ること15分、眼前に絶景が広がった。・・・にしても厚い雲が出始めた。現地入りしてから3日目にして初めて曇ってきた。685Dには日照は間に合うだろうか?無人の山中で熊におびえながら1時間ほど列車を待った。




完全に曇った。ここはやっぱり朝用のポイントだった。
2007.10/25   岩泉線   浅内〜二升石   EOS5D  100-400mm

 携帯で天気予報を見ると今日の夜から天気は下り坂。明日に至っては昼からの降水確率80%となっている。今のショットが自分の人生最後の岩泉線だろうか。急に寂しくなったが、各運用掲示板で見たままを確認して総合すると、明日のA62運用(キハ110導入までの変則運用で、午前午後共に岩泉線に入る運用)に予備車であった国鉄色キハ52153が明日入りそうな気配が濃厚。予備車のため岩泉線の増結用になるので、昨日今日とは異なり国鉄色は茂市側よりに付くことになる。また金曜なので落ち葉掃きも運転される。となると撮影のバリエーションも広がるってもんで、急に頭の中で高速演算を開始。あそこのポイント、あそこのポイント・・・あーするとあれがこーなって・・・30分ほど山の上で葛藤を繰り返した挙句、朝の684Dだけをあきらめて山田線落ち葉掃きDE10にシフトして、そのまま晴れている午前中に盛岡に抜けおさらばするということに決定した。この旅何度目だろうか?また茂市に戻り駅で岩泉からの折り返しをバルブすべく待った。ホームで撮ろうと駅員氏に「入場券くださ〜い」と窓口越しに声をかけると「いいよ、いいよ、入っちゃって〜」とあっけない返答。「いいんかよ!」と思いながら構内へ。52同士の接続をお気軽に撮影後、最終日の宿営地、岩手和井内駅へ。今日は最後の夜とあって、ちょっとリッチにエビスビールを買ってきた。




運転士さんもしばし一服。山間の分岐駅は静かに更けていく。
2007.10/25   岩泉線   茂市    EOS5D  24-105mm

2007,10,26
 3日目の朝も日の出と同時に快晴だった。本当に雨が降るんだろうか?朝の和井内返しはやはり宮古寄、国鉄色。それぞれを近場で撮影。




昨日より2,3分、日が短くなっていることを実感。和井内送り込み681D。
2007.10/26   岩泉線   岩手刈屋    EOS5D  24-105mm




サイトで見たことのあるアングルを偶然発見。和井内から下ってきた682D。
2007.10/26   岩泉線   中里〜岩手和井内    EOS5D  100-400mm

 雲は多いものの午前中は持ちこたえてくれそうな雰囲気。3日連続で、紅葉絶頂期の押角峠を越え岩手大川に到着。昨日ふらりと立ち寄ったこの駅の紅葉が見事だったので、最後のチャンスとばかりに次の岩泉行きを絡めるために再訪した。ピンポイントで日陰を作る、いわゆるゲリラ雲にヒヤヒヤしながらこの旅最後の52を待つ。自分にとってもこれが最後の盛岡の国鉄色撮影になるだろう。たぶんここには当分来ない。感慨に浸りながら何枚かシャッターを切った。



   




初めてこの地を訪れて11年。いつも楽しかったです。ずいぶん先になると思うけどまた来たいと思います。
2007.10/26   岩泉線   岩手大川    EOS5D  24-105mm

 大川に別れを告げ山田線沿いの国道106号へ。見たまま情報によればDE10は今日も早朝区界峠を越えたとのことで、それを迎え撃ちに川内方面へ。箱石付近ですれ違うと予想して踏み切り脇で三脚を立てていると、警報機が鳴り出しDE10通過。追っかけを開始して途中、三石付近と茂市進入の計3発を頂戴した。




秋の閉伊川を渡る。よくみると「バフーッ」と砂をまいている。
2007.10/26   山田線   腹帯〜陸中川井    EOS5D  100-400mm


茂市手前でようやく追いついた。旋回窓が北国の機関車をアピールしている。
2007.10/26   山田線   茂市〜腹帯    EOS5D  100-400mm

 このDE10落ち葉掃きを茂市手前で見送り、今回の撮影紀行は終了。自分なりに区切りをつけるためカメラを肩にかけたまま線路脇で一服。次に来るときは山田線・岩泉線はどんな情景を展開してくれるだろうか。新鋭のキハ110が1日も早くこの閉伊川沿いの美しい情景に馴染んでくれることを願っている。本当にそう思う。