春まだ遠い山陰で出雲に別れを告げる
2006,3/13
 
 早朝からの仕事を早目に切り上げ、車に撮影機材と必要最低限の荷物を積み込み、横浜を発ったのは20時近くになっていた。明日から2連休。今週末のダイヤ改正で廃止になる寝台特急「出雲」を撮影できる最後のチャンスである。折角遥か鳥取まで行くので、どうせならコマ数を稼ぎたい。ならば車で夜行で走り、下り出雲に追いつかれないよう山陰方面で待ち伏せすれば翌日、翌々日含めて2発は抜ける。なんとか1時間以上出雲に差をつけて先行し、東名のトラックの群れをかわし名神をスルーして、一人カラオケも絶好調で中国道に入った途端、突如睡魔に襲われ気を失いかけた。出雲より3時間ほど先行していたので1時間ほど仮眠しようと西宮名塩SAに緊急停車。・・・・目覚めるとなんと朝の8時だった。 こうなれば明日の出雲1本に絞ろうと決め、のんびり鳥取を目指すことにした。途中八鹿付近から小雪が舞い始め、県境のトンネルを越えると、新潟でも経験しなかったほどの猛吹雪だった。通行量の多い国道9号の路面でも圧雪になるほどの降り方で、先月の新潟ではほとんど機会に恵まれなかったスタッドレスタイヤがこんなところで初めて役立った。積雪が30cmあろうかという鳥取市内で食事と給油を済ませ、何もすることがなくなったので餘部鉄橋に向かった。



上りはまかぜ。かにシーズンで6両に増結。天空を駆け抜ける。
2006,3/13  山陰本線  餘部〜鎧 EOS5D 24-85mm


日本海を望む鎧駅を通過中のキハ181はまかぜ。これが国鉄色ならどんなに・・・・。
2006,3/13  山陰本線  鎧 EOS5D 100-400mm

 午後のはまかぜを撮影すると本格的にすることがなくなったので、餘部鉄橋の下の公園で車の中で昼寝をしたり音楽聴いたりして時間をつぶした。夜になり餘部鉄橋通過中の普通列車をバルビーした後、上りの出雲も撮影するため浜坂駅へ。しかし降りしきる雪の中ホームで待っていたが、到着時間になってもDD51は現れない。そして・・・

2006,3/13  山陰本線  餘部〜鎧 EOS5D 24-85mm


雪の影響か約30分遅れで到着。HMがハイビームでぶっ潰れ。
2006,3/13  山陰本線  浜坂 EOS5D 24-85mm

 浜坂バルブの後、明日の行動を考える。どこかのHPで東浜付近で出雲を撮って国道で追いかけ、松崎〜泊で出雲を再びゲットしたというカキコを思い出した。本当に可能だろうか?試しに実際に走って測ってみた。結果は、東浜〜松崎まで出雲ダイヤより5分ほど早く着く程度だった。朝の鳥取市街を考えると間に合わない可能性が高い。結局追っかけは諦め、明日は松崎〜泊1発勝負に決め、今夜の仮眠場所となる道の駅「羽合」に向かった。

2006,3/14

 若干寝坊し、撮影地には出雲通過40分前に到着した。すでに50人ほどの鉄が雪晴れの中、待機していた。それにしてもすばらしい快晴だ。すっかり雪化粧した線路は眩いほどで、f11で絞っても1/500秒で写しこめる。さぁこい!通過時間が近づき、100人ほどに膨れ上がった同志は一斉に無口になり、緊張感が周囲を包んだ。・・・。しかし通過予定時刻を5分、10分と過ぎても濃紺の艶やかな車体は姿を見せない。各々携帯で情報収集にあたる。やがて誰かの「今、湖山を通過したようだ」との発言に、また各々が通過時刻を推測した。約40分ほどの遅延である。

まずは練習。列車番号は失念したが、毎日タラコが4連組んで普通に走ってきます。
2006,3/14  山陰本線  泊〜松崎 EOS5D 100-400mm

カニ組んで堂々12連。最後の勇士を収めることに成功。来た甲斐あったッス!
2006,3/14  山陰本線  泊〜松崎 EOS5D 100-400mm


1発だけじゃもったいない。引いてもう1発。ハァハァしている自分がそこにいた。
2006,3/14  山陰本線  泊〜松崎 EOS5D 100-400mm
 たった1ポイントの撮影ではるばる山陰まで来てしまった自分を少し後悔していたが、撮影後、大満足で車に乗り込んで片道900kmの帰路についた。鳥取から国道9号線、舞鶴、小浜、敦賀を経て木の本ICから北陸道、東名で横浜に15時間かけて帰った。